だから永遠を誓う


 ……眠れない。
 アンジェリークは隣で眠るオスカーを起こさないようそっとベッドから降りると、窓辺へ寄った。今日は月が綺麗だ。金の髪が月明かりを受けて淡く輝く。常春の地とはいえ夜は少し冷え込む。けれどそれも気にならなかった。
 明日は大切な結婚式。寝不足の赤い目なんて嫌だから、ちゃんと眠らなければいけない。分かっているけれど、眠れなかった。
 緊張、ともまた違う。不安……なんだろうか。
 アンジェリークは今まで自分がいたベッドで今も眠るオスカーを見つめた。
 明日、この人と結婚する。
 何を不安に思うことがあるのだろう。愛する人と、皆に祝福されて結婚する。不安になることなんて、何ひとつ……ないはずなのに。
 アンジェリークはまた月を見上げた。満月を少し過ぎた月。
「……眠れないのか?」
「起きてたの?」
 不意にかけられた声にアンジェリークが振り向くと、オスカーはゆっくりと身体をベッドの上に起こした。
「隣から君のぬくもりが消えて、それでも寝続けるほどまぬけじゃないよ」
 そのままベッドの端に腰掛ける。
「おいで」
 手が伸ばされる。アンジェリークはその手を取って、オスカーの正面に立った。
 薄氷色の瞳がアンジェリークを映す。
「怖いのか?」
 アンジェリークは答えない。
 オスカーはアンジェリークの左手を取って、薬指の付け根にくちづけた。熱いくちびる。明日、そこにはふたりの永遠を約束するリングが嵌められる。
「俺は……怖いよ」
「……どうして?」
「俺は、永遠なんてないことを知ってる。それなのに、明日君に永遠を誓う。君に永遠を誓わせる」
 永遠なんてないことを知ってる。どんなものでもいつかは終わりが来るし、変わってゆく。人の気持ちも、例外ではない。
 昨日と今日が違うように、今日と明日が同じであることはありえない。
 今日愛していても、明日憎むようになるかもしれない、他の誰かを愛すかもしれない。
 分かっているのに、永遠を求める。永遠を誓う。
「……オスカー」
「だけどそれでも、俺は永遠が欲しいんだ」
 永遠なんてないと知ってる。だからそんなもの、求めたことはなかった。
 だけど今、まるでわがままを言う聞き分けのない子供のように、永遠が欲しい。
 永遠の愛。永遠の約束。永遠に続く幸せ。
 どうしても、君を離したくない。
「私も同じよ、オスカー」
 アンジェリークはオスカーの赤い髪を胸元に引き寄せた。そっと抱きしめる。
 昔、何にも知らない少女でいた頃は、純粋に永遠を信じていた。今は大人のずるさも駆け引きも覚えて、永遠を信じるほど甘くはない。
 それでも心は永遠を求める。貴方を求める。
「永遠を信じたい。貴方の愛が永遠に続くと。だから誓って。永遠を信じさせて。私も、貴方に永遠を誓うから」
 月明かりが闇の中にお互いの姿だけを浮かび上がらせる。
 見つめ合う瞳の中や触れ合う熱の中には、いくらでも永遠が存在しそうなのに。

「永遠に、君を愛してる、アンジェリーク」
「永遠に、貴方を愛しているわ、オスカー」

 存在しない永遠をそれでも手に入れたくて、一時の夢だとしても見たくて、だから人は永遠を誓う。
 永遠を信じたくて、だから永遠を誓う。
 愛しているから。

「……永遠に愛することを、誓いますか?」
 神様ではなく、君に誓う。
 神様ではなく、貴方に誓う。
 永遠を。
「…………はい…………」

 そして、永遠がはじまる。


 END