羽根
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教えて。
どうすれば、その羽根をもげる?
しわの寄ったシーツの上に無防備に投げ出されたアンジェリークの裸体が、月明かりにぼんやりと浮かび上がる。少しだけ背を丸めて、どんな夢を見ているのだろう。
オスカーはベッドの端に腰掛けて、その柔らかにうねる金の髪を撫でる。
その白い肌には、まるで烙印のように無数の紅い跡が刻まれている。今日刻まれたものだけでなく、昨日刻まれたものも、一昨日刻まれたものも、肌一面を覆い尽くすかのごとく、無数に。
けれどそれらは、そのうち全部消えてしまう。どんなにオスカーが烙印を押しても、次々消えていく。オスカーとの情事なんてなかったかのように、また白い肌に戻っていく。
いっそ、決して消えない刀傷でも付けてしまおうか。アンジェリークは自分のものだと、決して消えない印でも付けてしまおうか。
そうすれば、ほんの少しでも、この不安は癒される?
君は、何処へも行かない?
オスカーには、アンジェリークの背に生える、真白の羽根の幻が見える。
それはオスカーからアンジェリークを奪うものだ。いつか、アンジェリークはオスカーを置いて、その羽根で飛び立ってしまう。決して、オスカーの手の届かない処へ。
だからその羽根をもぎたくて、もう飛び立てないくらい汚したくて、何度も何度も汚れた欲望を叩き付けるのに。
天使は与えられた汚れさえ浄化して、いつまでも汚れないまま。
何度汚せば、君は汚れる?
その美しい真白の羽根を失う?
教えて。
どうすれば、その羽根をもげる?
オスカーは横を向いて寝ているアンジェリークの肩を掴んで無理矢理仰向けにすると、その上に覆い被さってくちづけた。
「……オスカー様っ……」
寝ていた処に突然与えられる激しいくちづけに、アンジェリークは息が出来なくなって小さくもがく。オスカーはそれを軽々と押さえ付けて、くちびるを貧る。肌をたどる。
優しさも、甘い言葉もなく、ただ欲望のまま乱暴にアンジェリークを抱く。
そうやって、何度も何度も傷つけるのに、その羽根は消えない。
このままではアンジェリークはいつか、オスカーのもとから飛び立ってしまう。
「アンジェリーク……っ!!」
悲鳴のような声が、咽から漏れた。
「……オスカー様……? 泣いて……いるんですか……?」
オスカーに押さえ込まれたままのアンジェリークが、自分の肌を濡らす水滴の感触に気付いて、かすれた声で言った。
「……違う……」
「…………オスカー様」
アンジェリークはふわりと笑う。優しい瞳でオスカーを見つめる。押さえ込まれているのに、傷つけられているのに。
「私は、オスカー様のものです」
その名に冠される、天使のごとくに、アンジェリークは優しくオスカーを包む。
「だから……泣かないで」
ああ、また、真白の羽根の幻が見える。
アンジェリークのその背から、大きく広げられる真白の羽根。
いくらアンジェリークが愛していると言っても、その気持ちが本当でも、その羽根がその背にある限り、いつかアンジェリークは飛び立つ。その羽根で羽ばたく。アンジェリークの意志に関わらず。
そして、オスカーには決して手が届かなくなってしまう。
いっそ憎んでくれればいい、恨んでくれればいい。そうすれば、きっとその羽根は汚れて地に落ちる。
それなのにどうして、君は俺を許す?
「オスカー様っ……ああっ、やああ」
声にかすかな抵抗の色が見えても、かまわずに身体を押し進める。
「……っ」
その痛みに翡翠の瞳は固く閉じられ、震えるまぶたから涙が一筋こぼれ落ちる。
それをくちびるで受け止めながら、オスカーはそれでも身体を動かすことはやめない。
これが他の女なら、いくらだって優しくしてやる。ただ快楽だけ与えて、嘘でも甘い言葉だけを与えて。実際そうしてきた。
でも、アンジェリークだけは。
「……っ、ああっ…………」
そしてオスカーは、汚れた欲望を、汚れない天使に叩き付ける。何度も何度も。
汚したくて、その羽根をもぎたくて、何度でも。
けれどそのたびに、汚れていくのはきっと自分だけ。
教えて。
どうすれば、その羽根をもげる?
END