Wish you were here


 ……キィィィィ、カシャン

 門が閉じられて、あとに残るのはかすかな静寂。
 永遠の別れが今訪れて、そして遠く隔てられた。
 あとはもう、記憶の中でしか、きっと会えない。



「……行っちゃったね、オスカー様とアンジェ……」
 沈黙を破り、つぶやいたのは緑の守護聖。
 閉ざされた門を涙で潤んだ紫の瞳が見つめる。マルセルだってもう少年といわれる歳は過ぎたから、みっともなく泣いたりしないよう、必死で我慢していた。けれどもうすぐ限界が来そうだった。
「マルセル……」
 ランディが心配そうにマルセルの肩に手を置く。
「けっ、仕方ねーだろ、サクリアがなくなったんだからよ。俺達は皆サクリアがなくなりゃここを出ていくんだ。そんなの最初から分かってただろ」
「そうだけど……」
 ゼフェルの乱暴な物言いに、こらえきれなくなったように、紫の瞳から涙が溢れる。
「ゼフェル、そんな言い方ないじゃないか!」
「俺は何ひとつ間違ったことなんか言ってねーぞ! …………」
「……」
 ふたりは喧嘩になりかけるが、ふと、そこで止ってしまう。
 少し前なら、そこでルヴァの仲裁が入った。困ったようなのんびりしたような声で、穏やかな笑顔と共に。
 けれど、ルヴァは聖地の時間で約一月前にサクリアを失いここを出ていった。もう、喧嘩の仲裁をしてくれる人はいない。
「…………。ちっ。なんか調子狂っちまうぜ」
「そうだね……」
 去っていってしまった人達の面影が心をよぎる。現女王ロザリアとその補佐官であったアンジェリークが女王候補だったころにいた守護聖は、これでもうゼフェルとランディとマルセルだけになってしまった。
「もう、何をしんみりしているのよ、貴方達は!」
 突然飛んできた大声に3人はすくみあがる。
 振り向けば、女王ロザリアが仁王立ちで立っていた。
「補佐官が退位してしまった分、これから貴方達守護聖に働いてもらわなければいけなくなったんですからね! 仕事は山のようにあるのよ! しんみりしている暇なんかないわ! さっさと執務にお戻りなさい!」
 女王としてはしたないほどの大声でそう言うと、ロザリアはくるりと背を向けてひとり宮殿の方に、やっぱりはしたないほどの大股で歩いていく。
 けれど、怒ったように握りしめられた拳が、震えてる。
 ロザリアだって哀しいのだ。いや、最愛の親友であり補佐官であった少女をなくして、彼女こそ一番つらいかもしれない。
 アンジェリークがサクリアをなくしたオスカーと共に下界に降りると言ったとき、ロザリアが叶わないわがままであると分かっていながら、ここにいてくれとアンジェリークに泣いて頼んだことを知ってる。アンジェリークがどれほど苦しみながら、それを断わったかも。
 だからこそ今日見送るとき、ロザリアは一滴の涙も見せなかった。去りゆくアンジェリークが、苦しまないように。
 きっと、今日の別れが一番つらかったのは彼女だろう。
 それでも、必死に気丈な振りをして、精一杯沈む守護聖達を慰めているのだ。表現方法は相変らず素直ではないけれど。
「……執務に戻るか」
「うんっ、アンジェの分も、頑張らないとね!」
「ロザリア! ……じゃなかった、陛下! お待ちください!」
 ランディがロザリアを追いかけて走り出す。ゼフェルとマルセルも、門に背を向けて、並んで歩きだす。



「……泣いてるのか?」
 オスカーは隣にいるアンジェリークの肩をそっと抱き寄せる。
「ううん……泣かない。だって…………」
 語尾が小さくかすれて消える。それでも必死になって、泣くまいと震える姿がいじましい。
 あの気丈で誇り高いロザリアが泣きながらアンジェリークに懇願した。どうか補佐官を辞めないでくれと。置いていかないでくれと。
 けれどアンジェリークは即答していた。それは出来ない、と。一瞬も迷うことなく。
 だってそれは出来なかった。本当に愛する者を見つけてしまったから。オスカーと共に生きることを選んでいたから。
 友情より愛が大事とかそんなことではなくて。ロザリアのことは大切だけれど、愛しているけれど、それでも譲れないものが存在していた。
 見送るとき、ロザリアは泣かなかった。泣けば、またアンジェリークが苦しむと分かっていたから。
 ロザリアが泣かなかったのに、アンジェリークが泣けるわけもなかった。
「本当に……君と陛下の友情には、やきもちを焼いてしまうな」
「ごめんなさい……」
「どうして君が謝ることがある? 陛下から君を奪ったのは俺の方なのに。そして君は俺を選んでくれた。俺はこれ以上ないくらい幸せ者だよ」
 柔らかな金の髪にくちびるを埋めて、オスカーはアンジェリークを強く抱きしめる。
「さ、行こう。君に、俺の故郷の草原を見せたいんだ。きっと、あそこだけは昔のままだろうから」
「……はい」
 オスカーの胸から顔を上げたアンジェリークのまぶたにキスをひとつ落として、微笑みかける。アンジェリークも微笑み返す。
 そうしてふたりはまた歩きだす。遠くへ。



 置いていかれる者と、置いていく者と。
 どちらがよりつらいかなんて計れないから。
 ただ、遠く想う。
 想いは静かな門に阻まれて届かないけれど。
 ただ想う。
 しあわせも、哀しみも、喜びも。


 ただ強く、貴方を想う。


 END