サンデイ・サンデイ
たくぼう様

 日曜日、日曜日にはとっておきの服を着て
 いつもより1杯多く紅茶を飲む
 夢にも見たチャイムの音
 もう待ちくたびれちゃった

「今日もいい天気ですね、オスカー様」
 森の湖、水面から照り返す光に目を細めながら、アンジェリークは赤い髪の恋人、オスカーを見た。
 日の曜日なのに珍しく森の湖に人気はなく、アンジェリークは至極ご機嫌だった。
「オスカー様」
 艶やかな声が2人の背後で響いて、自分が呼ばれたわけではないのに思わずアンジェリークも振り返ると、そこにはまさに妖艶という言葉の似合う美女が立っていた。
「これ、この間忘れていかれましたよね?」
「ああ、そうか、あそこに忘れていたのか。ありがとう」
 オスカーも笑って彼女の差し出した本を受け取る。
 陽の光を受けて立つ2人は、まさに一対の絵のように美しく、アンジェリークは少し離れたところで2人を見ていた。
「それじゃあ、お邪魔様」
 美女は、アンジェリークの方をみて、ニコリと笑って去っていった。
 その笑みに意味はないことはわかっているけれど、なんとなくアンジェリークはムッとしてしまう。
「オスカー様…誰ですか? あの人」
「お嬢ちゃんはまだ会ったことがないか? 最近新しく入った王立研究院の職員だが」
「…忘れ物って?」
「ああ、この間次元回廊を使った時に、これを忘れてきたんだ。辺境惑星の資料さ」
 オスカーが、アンジェリークの目の前で本を開くと、その中は知らない文字や記号が並んでいて、アンジェリークには全く理解できなかった。
「お嬢ちゃんには難しいだろう?」
 からかうように言って、オスカーは本を閉じた。
「…キレイな人ですね」
「ん? なんだ、妬いてるのか?」
 オスカーを軽く睨んで、アンジェリークは背を向ける。
「あんなにキレイな人がいるんなら、私なんてお嬢ちゃんでしかありませんよね」
 まさに、嫉妬を形にしたような発言。
 言ってから、アンジェリークはしまった、と思った。
 卑屈な言い方。本当にこれじゃただの子供。
 オスカーは黙っている。
(怒っちゃったかな…)
 アンジェリークがそろりと後ろを振り返るのと同時に、アンジェリークの唇にオスカーの唇が重なった。
「…!?」
 まさにグッドタイミング。まるでアンジェリークが振り向く瞬間がわかっていたかのような。
「さて、それじゃあアンジェリークは今日は何をしたいのかな?」
 赤くなったアンジェリークとは裏腹に、オスカーは余裕たっぷりで笑っている。何もかもを見通した顔で。
 「アンジェリーク」と呼んではいるけれど、口調は子供に話しかける時のそれ。
 かなわない、と心の中で白旗をあげ、アンジェリークは子供という地位にあぐらをかくことにする。
「オスカー様のことを教えてください」
「俺のことを?」
「はい。オスカー様って、あんまりご自分のことお話しにならないじゃないですか」
 見晴らしの木の下に座り、オスカーを手招きする。
「だから、今日はオスカー様のこと知りたいんです。小さい頃どんな子供だったのか、どんな風に育ったのか、どんな友だちがいて、どんな風に遊んで、どんな風にケンカしたか。私の知らない間のオスカー様のこと、教えてください!」
 アンジェリークの隣に腰を下ろして、グリーンの瞳を見つめてオスカーは話しはじめる。両親の話、兄弟の話、友達の話。
 時の流れに阻まれて二度と手に入れることの出来ないものたちを慈しむように、低く深い声でオスカーは話しつづける。今まで、誰にも話したことのないことも。
 ふと、肩に重みを感じて横を見ると、アンジェリークがいつのまにかオスカーの肩に寄り掛かって寝息をたてていた。
「やれやれ…しょうのないお嬢ちゃんだ」
 アンジェリークが寝やすいように少し身体をずらし、オスカーの肩にアンジェリークの頭をのせて安定させてやる。
 いつかオリヴィエが、
「あんたがアンジェリークを見る時って、ホントに『慈しむ』って表現がぴったりよねー」
と言っていたのを思い出して、苦笑しながらアンジェリークの顔にかかった金の髪をかきあげる。
 聖地の時の流れの中で失ってきたたくさんのものの代わりに手に入れた金色の天使。
 肩の上のアンジェリークの頭に自分の頭を軽くもたれかけ、オスカーも目を閉じた。

 日曜日、日曜日にはとっておきの服を着て
 いつもより1杯多く紅茶を飲む
 大きな木の下で
 眠気がおそうまで話し続ける
 ああ、日曜のまどろみ

おわり