未来の想い出 0


 アンジェリークは家のテラスから、頭上に広がる星空を眺めていた。
 愛する子供が向かった先は、この星空のどこかにある。聖地。かつて自分も訪れた……そしてもう二度と足を踏みいれることは叶わない、かの地。いや、彼女が訪れたのは、もっと未来の聖地だ。すべては、遥かな時の先でのことだ。
「そんな格好でそんなところにいると、風邪ひくぞ」
 不意に、うしろからショールで包まれた。
 そのまま抱きしめてくる、やさしい腕。
「オスカー」
 髪にそっとくちづけられて、アンジェリークは自分を抱きしめている腕に自分の腕をからめた。そのままふたりで空を見上げる。オスカーもアンジェリークと同じことを思っているのだろう。
「……不思議よね。まさかあの子が、あの『ジュリアス様』だったなんて……」
 ちいさくアンジェリークはつぶやいた。
 アンジェリークは思い出す。執務室で話をしたとき、ジュリアスが親のことを覚えていないと言ったことを。ジュリアスが嘘を言ったとは思えない。おそらく彼は、自分達のことを忘れてしまうのだろう。そして、間違った記憶のまま生きていゆくのだろう。
 忘れられてしまうことは哀しいが、そのほうがジュリアスにとってしあわせなら、仕方ないとも思う。ひとりきりで聖地で生きていかねばならない彼に、もう戻らないしあわせな記憶は重すぎるだろう。
 これから彼は、長い時間を聖地で生きていかなくてはならない。
「大丈夫かしら、ジュリアスは…………」
 抱きしめられていた腕の力が、すこし強まる。
「大丈夫だよ。俺達の子供は、誰よりも立派に育つ。俺達が尊敬してやまないくらいにな。それは、君もよく知っているだろう?」
 オスカーの言葉に、アンジェリークの顔にも笑顔が戻る。
「ええ……そうね」
 かの地で出逢った『ジュリアス』を思い出す。
 遠い未来か遠い過去に、また出会うだろう。
 お互い、そうとは知らないままに。
 アンジェリークはまた無数の星空を見上げた。このどこかに、彼女達の愛する子供がいる。
「ジュリアス……しあわせになりなさい」
 届かないと分かっていながら、それでも、祈りを込めてつぶやく。
 いや……祈りは、届くだろう。きっと。


 瞳を閉じれば、すぐに思い出す。
 緑あふれる楽園で出逢った、…………大切な、子供。
 そうとは知らずに過ごした、共にいた記憶。

 それは、大切な、…………未来の想い出。


 END.