未来の想い出 5


 その瞬間が来るのを、その場にいた者達は皆、息を飲んで見守っていた。
 宇宙の移転。
 これから、その一大作業が行なわれようとしていた。新女王ロザリアの手によって。
 時空をつなげるという『星の間』の中心に立って、ロザリアは精神集中している。その気迫と満ちるサクリアはすさまじいもので、周りにいる者達は圧倒されていた。アンジェリークはロザリアの傍らで同じように精神集中している。
 ロザリアとアンジェリークのいる、祭壇のように一段高くなった場所をぐるりと取り囲むように立っているのは、9人の守護聖だ。同じくサクリアを持つ彼らも、宇宙の移転を手助けするべく、そこからサクリアを送っているのだ。
 前女王とディアは、少し離れたところに控えている。彼女らの役目は移転後の空になった宇宙を閉じることで、そのために移転が終る瞬間を待っていた。
「では、宇宙の移転をはじめます」
 凛としたロザリアの声が、部屋に響いた。
 皆が息を飲む。
 ふわりと舞うようにロザリアが両手を宙に掲げたのを合図に、大量のサクリアが星の間から宇宙に注がれ、移転がはじまった。
 それぞれの宇宙は、次元で区切られて存在していた。その壁を越えて宇宙を移転させるために、女王はそのサクリアを使って、次元に穴を開け、その隙間から移転させるのだ。
 移転自体は大した仕事でもない。サクリアを使えば、星を動かすことなど造作もないことだ。大変なのは、宇宙から宇宙へ星を移すために、次元に穴を開けることだった。
 それは大きな危険の伴うものだった。時空を切ったことによって、何処にどんな歪みができるかわからない。万一歪みに飲み込まれてしまえば、そのあとどうなるかなど、想像もつかなかった。
 そのため、時空の穴を作っても歪みがでないように、サクリアで支えるのだ。
 もとの宇宙は、ただでさえ終わりを迎えて、歪みが発生しやすくなっている。慎重に、最大限の注意と力で、移転は進められていた。
 すべては順調に進んでいるように思えた。
 何処にも歪みが発生することはなく、もとの宇宙にあった星は、皆、新しい宇宙へと移行した。あとは、前女王とディアの力で、開けられた次元の穴を、ふさぐだけだった。
 力を注いでいたロザリアもアンジェリークも、周りにいた者達にも、宇宙を無事移転させたことに安堵した。今までの極度の緊張から解放され、皆が、詰めていた息を吐いた。力をゆるめた。

 ────あるいは、それが、原因だったのかもしれない。

 ドン、と一瞬、部屋全体に大きな重力がかかった。
 何が起きたのか認識するよりも早く、部屋の中央の中空に、暗い穴が開いた。それは強い引力を持って、部屋の内部のものを引き寄せていた。時空の歪みが、こんなところに現れたのだ。
 意識するよりも前に、アンジェリークは、暗い穴の一番近くにいたロザリアを、そこから遠ざけるように突き飛ばしていた。突き飛ばされたロザリアは、高くなった台座の上から転がり落ちる。
 けれど、それは、ロザリアを突き飛ばした反動により、アンジェリークを穴へと引き寄せる結果となった。強い引力がアンジェリークを襲う!
「きゃああああ!」
 ブラックホールのような、歪みによってできた穴に、アンジェリークが引き寄せられていた。
「アンジェリーク!!!」
「アンジェっ!!」
 走り寄ったオスカーが腕を伸ばして、アンジェリークの手を捕まえた。
 けれど、穴の方へと引っ張られる力が強すぎて、アンジェリークを引き戻すことができない! オスカーごと、暗い穴へと引きずられる!
「くそっ!」
 引き戻すことが不可能と悟ったオスカーは、最後の力を振り絞ってアンジェリークを胸の中に抱え込んだ。そのまま、力の限り抱きしめる。
 引きずられてゆくアンジェリークを抱きしめたことで、オスカーにも強い引力がかかった。時空のゆがみへと引きずられる。
 もしかしたら手を離せば、オスカーだけは助かったかもしれない。けれどオスカーはアンジェリークと共にあることを選んだ。
 この先何があるか分からない。重力の歪みで体を引き千切られるかもしれないし、骨も残らないほど粉々に砕かれるかもしれない。何もない虚無の空間を、一生漂うことになるかもしれない。それでも、ひとりで助かりたくなどなかった。
 たとえどうなろうと、せめて最期までふたり離れることがないようにと、オスカーは強く強くアンジェリークを抱きしめた。
 その想いはアンジェリークにも伝わったのか、アンジェリークも、オスカーの背に腕を回してしっかりと抱き付いていた。
 抱き合いひとつになった影は、ぽっかりと口を開けた暗い穴に飲み込まれた。
「アンジェリークっ!! オスカーっ!!」
 人々の悲鳴が星の間にこだまする。
 ジュリアスが、無我夢中で暗い穴に駆け寄り、手を伸ばそうとした。自分も巻き込まれるかもしれないなどということは、その瞬間、頭に浮かばなかった。ただ、ふたりを助けようと必死だった。
 けれどその瞬間、また、世界が揺れた。
「ああっ!!」
 一瞬の出来事だった。
 はじけるように、目の前にあった時空の歪みが、消えた。
 確かにそこにあった暗い穴は、一瞬のうちに急速に収縮して、消えていた。
 歪みへと伸ばしていたジュリアスの手は、むなしく宙を切る。

 突如星の間に現れた時空の歪みは、跡形もなく消えていた。オスカーとアンジェリークを飲み込んだまま。

 あとは、まるで何もなかったかのような静寂が訪れる。
 それでも、そこには、先程までいたふたりがいない。
「…………ああっ!」
 ロザリアがその場に顔を覆って屑折れた。
 ふたりはいったいどうなってしまったのか。時空の歪みに飲み込まれたふたりは!
 ジュリアスは、ほんの数秒前まで、時空の歪みが存在していた空間を見つめた。けれどそこにはもうなにもない。なにもない!!
「オスカーーーー!! アンジェリークーー!!」
 ジュリアスの叫び声が、遠く星の間にこだまする。
 けれど、それに答える声は、返ってはこなかった。


 To be continued.

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