The point of lovers' night


 強い風が窓を鳴らしてる。
 荒野に風をさえぎるものは何もなくて、そこに建つ粗末な家に激しく打ち付けてくる。
「……寒いか?」
 オスカーはアンジェリークの小さく震えている肩を抱き寄せて、そっと尋ねる。
 月のない更けてゆく夜に、暖房のない部屋はしんしんと冷えていく。
 ここには小さな毛布一枚しかなくて、ふたり身を寄せ合って寒さをしのぐしかない。
「……平気」
 その言葉が小さな嘘であることは、お互い分かっている。
 だから、それ以上何も言えない。
 時々、ふたりは近すぎて、言葉を失う。
 ……もしあのとき、この恋を諦めていたなら、こんな処で寒さに震える日なんて決して来なかった。
 女王と守護聖。許されない恋を、それでも諦められなくて、ふたりで楽園から逃げた。
 後悔はしていないけれど、つらくないというのも嘘。
 だからこんなときはいつも、近すぎる心が嘘を見抜いて、言葉じゃ何にも伝えられない。
 抱きしめる腕の力を少し強める。伝えられない言葉の代わりに。
「オスカー……」
 そっとアンジェリークの指がオスカーの頬に触れる。
 なめらかだった指先は、いつしか荒れて硬くなり、いくつかのあかぎれやひび割れができている。
 頬に添えられた指を取って、オスカーはそっとくちづけた。
 ふたり見つめ合って、引き寄せられたようにそっとくちびるを触れ合わせる。
 背中に腕を回して抱き寄せる。
 後悔なんてしていないけれど、…………時折、ふと思う。
 こうして傍にいることに、一体どれほどの価値があるのか、意味があるのか。
 傍にいるからできること。
 声を聞いて、姿を見つめて、触れて、抱きしめて、抱きしめられて。
 言ってしまうなら、それだけだ。
 それなのに、その代償はあまりにも大きすぎる。
 この宇宙すべて。
 そして自分達も、追っ手に脅えながら、こんな処で寒さに震えていなければならない。
 それなのに、何故そうしてまで傍にいるのか。
 ただ、こうして抱きしめるためだけに、他のすべてを引き換えにしている。
 自分でも愚かしいと思う。許されることなどない罪だと思う。
 それでも、どうしても、離れることなんてできなかった。
 ただ、このぬくもりがすべて。
「……そんな、泣きそうな顔しないで」
 言われて、オスカーは自分が今どんな顔をしているか知る。
 だけどやっぱり伝える言葉を持ってはいなくて、言葉の代わりにもう一度深くくちづける。
「やっぱり今夜は、少し寒いよ。こんなに、肌が冷えてる……」
「うん……」
 痛いくらいきつく抱き締めあって、ふたり、ぬくもりを分け合いながら夜明けを待つ。
 ……本当は、夜明けなんて来ないこと、知っているけれど。
 風が窓を鳴らしてる。
 今夜は風が強い。
 だから……少し寒い。


 END