天使墜落


「……もう……やめてください」
 少女は半分泣きながら懇願する。けれど残り半分はその言葉とは裏腹に、快楽にあえぎ、先を求めている。
 シーツの上に乱れた金の髪が散らばって、白い指先が赤い髪を力なく掴む。
「無理はしないほうがいいぜ」
 そんな姿をあざ笑うかのように、オスカーはアンジェリークの身体に触れる。この身体の何処がどう弱いかなんて知り尽くしている。
「やあ……」
 それでも必死に理性を保とうとする姿はいじらしく愛らしい。
「どうして……こんなことするんですか……」
 かすれた声が激しい息の合間からこぼれる。それさえくちづけでで絡め取られる。
 オスカーは毎夜アンジェリークを私邸に呼び出してはその身体を抱く。時には執務室で無理矢理、ということもあった。
 翡翠の瞳を涙で揺らしながら見つめてくるのを楽しげに受けとめながら、オスカーはくちびるの端を持ち上げて笑う。冷たい冷たい薄氷色の瞳が闇の中で光る。
「本当に嫌なら、ここに来なければいい。俺に乱暴されたと、ジュリアス様にでも訴えればいい。そうしないのは、君自身だろう?」
 一時、愛撫する手を止めて、少女の翡翠の瞳を真正面からのぞき込む。切れ長のその瞳に吸い込まれてしまいそうで、アンジェリークは思わず顔を背ける。すると逸らされた瞳の代わりに、今度は耳元に唇を当てて囁く。
「君が逃げたいのは、嫌なのは俺じゃない。……自分自身だろう?」
 囁かれる声に、ぞくりとする。耳元に当てられていたくちびるがずれて、首筋を舐め上げる。
「堕ちて、汚れていく自分が怖いんだろう? 俺を拒まず、悦んで受け入れて、もっと求めている自分が怖いんだろう?」
 言葉を否定するように、金の髪を振り乱して首を振る。けれど、実際はどうだろう。天使とうたわれ、誰からも愛されている少女は、今、娼婦よりも淫らにあえぎオスカーを求めている。
 オスカーの腕が伸びて、また身体に触れていく。そのたびアンジェリークはあられもない声をあげて、身体をくねらせる。わずかに残った理性は、そんな自分を否定し止めようとするのに、身体は言うことを聞かず、成す術もなくオスカーの前に屈服している。
 その姿を見て、オスカーは笑う。
「堕ちればいい、汚れればいい。そのまま、もっともっと」
 そして俺だけ愛せばいい。
 この世界に必要なのは、無垢で高潔な女神。汚れて地にまみれた天使などいらない。
 だから、もっともっと汚して、もっともっと堕として。女神になんて、させない。
「……アンジェリーク」
 天使の名を呼ぶ。閉じられていた瞳がうっすらと開かれて、鮮やかな翡翠の色がのぞく。
 ……きっともう、逃げられない。
 身体中を駆け巡る熱の熱さに気を失いそうになりながら、アンジェリークは浅黒い背中に爪を食い込ませながらすがりつく。
 いいえ、はじめから、逃げる気なんてなかった。
 罠と分かっていながら堕ちたのは。汚されることを望んだのは。……私、だから。
 残された理性で嫌がるのは、それさえも計算? 男を惑わすための、無意識の演技? それとも本気?
 自分のことなのに、それさえも分からない。ただ、ひたすらに狂わされて、堕ちて汚れていく。
「オスカー……様」
 呼ぶ声は甘くて、淫らで、誘っている。
 それを望んだのが誰であれ、堕ちていく自分がそこにいる。快楽にまみれて、甘い罠の底に堕ちていく。


 そして天使は堕ちていく。青年の腕の中へ。


 END