snow dance
|
降りしきる雪の中、今もひとり、君を待っている。
空は冬晴れで、雲一つなく晴れ渡っていた。太陽がでているから多少暖かいけれど、それでも、吐いた息は白く変わっていた。
「工藤。何見とるん?」
平次は、隣を歩いている新一の視線がある一点で止まっているのに気づいて、声をかけた。
「……いや、たいしたことじゃないんだけど。あのひと、何してんのかなって思って」
平次は新一の視線の先を追う。外は寒いというのに、道の端にたたずんでいる中年に足をかけた感じの男がいた。
「人でも待っとるんと違うか?」
「いや、そうだったら、もうちょっと時間とか確認するはずだろ? あのひと、全然時計見てない。だとすると……」
新一は、彼は何をしているのかをいろいろと推理し始めた。人待ちなのか、何かを探しているのか、他の理由があるのか……。
やがて、その男性が、立ち尽くすのをやめて、歩きだした。
「ほら見ろよ。俺の考えたとおりだ。あのひと、人待ちじゃなくて、あの店に入るかどうか迷ってたんだよ」
その男性は、道の反対側にある、しゃれた可愛い感じのカフェへ、少し恥ずかしそうにおずおずと入って行った。若い女性ばかりが集まるようなそのカフェに、自分一人では少し入りづらく、それで表で少し迷っているところだったらしい。新一の推理したとおりだった。
「ほんま、お前の推理通りやな。さすが東の名探偵やな」
そんなことにはしゃぐ新一が可愛くて、平次も少し大げさにほめてみせる。
こんなささいな推理ごっこが、新一は好きだった。実際の事件に関わっているときとは違う、気軽で気楽な楽しい推理ごっこ。何気ないことや物に、ふと推理を働かせて、クイズを当てるように楽しむのだ。
「なんやお前、生まれ変わっても、探偵やってそうやな」
それは、何気ない感想だった。推理好きの新一に対する、ある意味ほめ言葉でもある、何気ない一言。
けれどそれに返ってきたのは、意外なほど、冷たい声だった。
「ならないよ」
驚いて、平次は、自分より少し背の低い新一を見つめる。
新一は、ほんの少し、その綺麗な黒い瞳を伏せて、つぶやいた。
「もし……生まれ変わりなんてのが本当にあって、自分の望んだものになれるなら、……俺は、探偵になんて、もう、ならない」
どんな想いで、彼がその言葉を口にしたのか。平次は胸を締め付けられるような痛みをかすかに感じて、眉根を寄せた。
「それじゃあ、お前は、何になりたいん?」
自分にできる限りの優しい声音で尋いた。
新一の、黒い瞳が、空を見上げる。青く蒼く澄んだ、凍るような青空。そこにない幻を、見つめるように。
「雪」
「え?」
一瞬わからずに、聞き返した平次に、新一は笑ってみせる。
「雪に、なりたいな。生まれ変わったら」
現実主義の新一が、そんなことを言うのは、めずらしかった。そして、そんなことを言うとは思ってもみなかった。
少し驚いている平次に、なめらかに踊るような明るい口調で、新一は言葉を続ける。
「俺、生まれ変わったら、ひとひらの雪になって、お前の上に落ちて。それで」
新一は微笑む。きれいに。きれいに。
「お前の体温で、溶けて、消えるんだ」
まるで本当の雪のように。白く、綺麗な、溶けて消えてしまいそうな、儚い微笑み。
「お前の体温、好きだから。そうしたら、多分、俺はすごくしあわせだと思うんだ」
彼のそんな微笑みに、訳もなく、苦しくて、苦しくて。走り出したいような、叫びだしたいような焦燥にかられて。
平次は新一を抱き寄せて、抱きしめた。きつくきつく。ぬくもりを、伝えるように。
「あほ。なんでそこで、溶けて消えんねん。こんまま、こうして、ずっとおったらええやん。雪なんかやのうて、お前はお前のままでおれば、抱きしめたかて、消えへんやろ」
言葉が何故だか、ほんの少し、震えてしまった。
こんなにきつく抱きしめては、新一が痛いだろうと思ったけれど、どうしても腕をゆるめることができなくて。いっそう力を込めて、抱きしめた。
「そう、……だな」
腕の中の新一は、痛いと言うこともなく、そっと、弱い力で平次の背中を抱きしめ返した。
彼は、知っていたのだろうか。気づいていたのだろうか。やがて来る、未来を。壊れゆく、自分の身体を。
だから。そんなことを、言ったのだろうか。
今も雪が降ると、ひとり外に立つ。
傘もささずに空を見上げ、そっと両手を差し伸べて。
君が落ちてくるのを、待ってる。
END