爪切り(足)
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マジシャンにとって、指というのは大切な商売道具のひとつである。
指のちょっとした動きひとつが、マジックの成功にもかかわってくるし、観客を魅せることにもなる。
快斗も、毎日指を動かす訓練をおこたることはない。また、綺麗な指の動きの研究というものもする。綺麗な指の動きをする人を観察したりするのだ。
だから快斗は、新一の指先をじっと見つめていた。彼の動きはとてもとても綺麗だったから。
新一の手の動きには、いつも魅せられる。細く長い指の形自体も綺麗なのだが、何気ないしぐさや動きが、とても綺麗なのだ。
まあ、こんなに魅せられてしまうのは、別に指が綺麗だからという理由だけではなく、指の持ち主が新一だから、という理由もあるのだが。
指先を目で追っていた快斗は、何気なく、心に浮かんだことを口にした。
「新一、爪綺麗だね」
「ん? ああ、昨日服部に切ってもらったからな」
「は?」
思わず、動きが一瞬止まる。
快斗は、爪の形や色が綺麗だと褒めたのだが、新一は、切った形や切り口のことを言われたと思ったらしい。
いやそうではなくて。この会話で注目すべき点は。
「新一って……服部に爪切ってもらってるの?」
「ああ。自分だとすぐ深爪しちまうからな。あいつ爪切るのうまいよな」
あっさりと、新一は答える。
確かに深爪は痛い。切られた爪の形も整えられて綺麗である。
しかし、そういう問題ではない気がする。そういう問題ではなくて。
そう、ここでいちばんの問題は!
「ずるい! 俺も新一の爪切りたい!」
快斗にとってはそれだった。
「はあ?」
快斗のいきなりの要求に、新一はあきれる。
しかし、爪を切りたいと言われても、爪は昨日切ってもらったばかりで、綺麗に短く切りそろえられている。これをさらに切ることは出来ないだろう。
しばらく経てば、また爪は伸びるが、わざわざ伸びるのを待って、快斗に切らせるのもめんどくさい。
どう快斗を言いくるめようか考える新一に、ふと名案が浮かぶ。爪は、何も手だけに付いてるわけじゃない。足の指にも付いているのだ。
「足の爪なら切らせてやるぞ」
「え」
手の爪は切ってもらっても、足の爪までは切ってもらっていない。足の爪はしばらく切っていなかったので、切るのにちょうどいい程度に伸びていた。
「ほら」
新一は靴下を脱いで、ソファに座ったまま、素足を快斗の方に突き出して揺らしてみせる。
実際のところ新一は、快斗が爪を切りたいなどとは言っても、まさか足の爪なんか切りたがらないだろうと思っていたのだ。快斗をからかうつもりで、足を差し出してみせたのだ。
だが新一は甘かった。
「では、お言葉に甘えて……」
不意に、快斗のまとう雰囲気が変わった。さっきまでの、いつもの明るくて茶目っ気のある黒羽快斗ではなくて。
まるで、キッドのように。
別にあの白い衣装を着けているわけでもないし、モノクルをしているわけでもない。さっきまでと変わらない、黒羽快斗のはずなのに。
雰囲気や流れるようなしぐさなどが、怪盗キッドのものになっていた。
快斗は優雅な動きで、新一の座っているソファの前にひざまづいた。投げ出されている新一の足に手を伸ばす。
「…………っ」
そっと素足に触れられて、新一は一瞬身体がひきつる。
高価な美術品、それも、ほんのすこしでも乱暴に扱ったら壊れてしまう硝子細工か何かに触れるように、快斗は新一の足に触れる。その形や材質や手触りを確かめるように。
快斗がくるりと手を動かすと、何もなかったはずの右手に爪切りが現れた。
快斗は片膝をついたまま、丁寧に新一の足の爪を切っていく。それは、平次が爪を切るのとはまた違った丁寧さで。爪を切るという俗っぽいしぐさまで、なんだか優雅だ。
今は別にキッドの衣装を着けているわけではないが、あの誇り高い怪盗が、こんなふうに自分の足もとにひざまづいていて、それを見下ろすというのは、とても変な気分だった。くすぐったいような気がするが、悪い気分ではない。
全部の爪が切り終わっても、快斗はまだ新一の足を離そうとしなかった。
切った爪の具合を確かめるように、一本一本爪の先を指でなぞっていく。
そして、ふっと、快斗のくせ毛がすねのあたりをくすぐったかと思うと、足の甲にやわらかな感触。快斗が足にくちびるを寄せていた。触れるだけの、やわらかなキス。
新一は、一瞬何が起こったか分からなくて、ただぼんやりと快斗を見下ろしていた。
そっと足からくちびるが離れて。快斗は顔をあげると、新一を見てにっこり笑った。
「…………っ!! なにすんだコノヤロー!!」
やっと新一も正気に返る。真っ赤になりながら蹴りを入れようと足を振り上げるのを、快斗は持ち前の身軽さでなんとかかわす。
「新一、落ちついて落ちついて」
「落ちついてられるかっ」
蹴りを避けるためにテーブルの向こう側まで逃げた快斗が、新一に向かって言った。
「新一の足の爪切るのは、今度から俺の仕事だからね」
「バーロオ」
ぶっきらぼうに言うものの、顔中どころか耳まで熱い。これでは迫力もないし、否定にもなっていない。
でもまあいいかと、新一は思った。
END