妄想劇場 <うたたね>


 今日は天気がいい。
 望美がさっぱりと乾いた洗濯物を抱えて縁側に戻ってくると、縁側から続く部屋で、弁慶がうたた寝をしていた。いつも薬師として忙しく働いている弁慶にしてはめずらしい。
(あらあら)
 しかも、寝ているのは弁慶ひとりではなかった。
 畳に仰向けに転がった弁慶の胸の上に、まだ1歳になったばかりの一番下の子が乗っかって眠っている。弁慶の右側には、投げ出された右腕を枕にするようにして今年8歳になる一番上の子が。何故か足元のほうには膝を枕にして6歳の真ん中の子が寝ている。
 子供たちの相手をしているうちに、みんなで眠ってしまったのかもしれない。あまりにしあわせな光景。望美の頬も思わず緩む。
 けれど、それを見ているうちに、なんとなく、望美は不機嫌になった。ちいさく頬を膨らませる。
(別に……バカみたいなことなんだけど)
 浮かんだ自分の考えに、自分でも呆れてしまう。
 馬鹿なことを考えていないで洗濯物を取り込んでしまおうときびすを返しかけたとき、ちいさな声が望美を呼んだ。
「望美さん」
 振り向けば、寝ていたはずの弁慶が目を開けていた。子供たちを起こさないように、小声で、顔だけこちらに向けて語りかけてくる。
「弁慶さん、起こしてしまいましたか?」
「いいえ、たまたま目が覚めたんですよ。そうしたら君が急に不機嫌になったようだったので……どうかしたんですか?」
 相変わらず聡い弁慶は、望美のそんな気持ちの変化にもすぐに気付いてしまう。しかし望美は言葉に詰まった。
「望美さん? ちゃんと言ってください」
「……だって、バカなことですよ?」
 望美は顔を赤くしながら、ちいさな声で言う。
「子供たちが弁慶さんにくっついて寝てたり腕枕されたりしているのを見て、ちょっとヤキモチ焼いちゃったんです。それは私の特権なのにって」
 その言葉に弁慶は目を丸くした。望美はますます顔を赤くする。
 まだ幼い自分の子供に、こんなヤキモチを焼くなんて。しかも三人のうち二人は男の子だ。望美は自分で恥ずかしくなって、それを隠すように洗濯物を抱えてむこうへ行こうとした。それを弁慶の声が引き止める。
「望美さん」
 弁慶は空いている左腕で、望美を手招く。
「こっちへ来ていただけませんか。できるならそっちへ行って君を抱きしめたいんですが、あいにく僕は今動けないので」
 望美はすこし考えたあと、抱えていた洗濯物を縁側において部屋に上がると、音を立てて子供たちを起こさないよう膝立ちで弁慶のもとへ近寄った。
 弁慶の空いている左腕を枕に、隣に寝転ぶ。そんな望美をあやすように、弁慶は髪を撫でてくれる。
「弁慶さん、重くないですか」
 胸の上には幼児とはいえ子供が乗っかっていて、両腕と足にも人が頭を乗せている。弁慶はほとんど身動きも取れないような状態だろう。けれど弁慶は笑って答えた。
「しあわせの重さを、噛み締めていますよ」
 なんでもない、しあわせな日常のお話。


 END.