妄想劇場 <ワンピース>


 シュヴァルトラントよりも南西に位置する島国ティバードは、温暖な地域だ。今は季節が秋から冬に向かうところだというのに、シュヴァルトラントよりもずっとあたたかい。季節の変化は一応あるが、真冬でも雪が降るようなことはないという。さらに、まわりを海に囲まれているため、貿易や航海の拠点にもなっている。そのため、街にはいろいろな国から来る品物であふれ、活気に満ちていた。
 リーゼがハインツと共にティバードに来て、すでに数日になる。ハインツは、正式な仕事ではないにしろ、この旅で交易や情報収集なども兼ねているようで、今日は朝から出かけていた。ひとり暇になったリーゼは宿にこもっていても仕方ないので、街に出かけてみることにした。
「ほわぁ〜」
 すでに滞在してしばらく経つが、活気のあふれる街並みに圧倒される。見るものすべてが新鮮だ。雪の深い田舎町で育ったリーゼにとって、母国の王都も華やかだったけれど、ここはまた違う活気に満ちている。
 街並みや並ぶ品物もめずらしいが、特に印象的なのがティバードの女性達だ。南方の国にふさわしく、髪を結い上げ、健康的に肌を露出させ、颯爽と歩くティバードの女性を見て、憧れないわけはない。シュヴァルトラントの女性達とはまた違った魅力がある。
 リーゼは自分の服を見下ろした。黒い厚手の生地で出来たドレス。おかしいというほどではないが、ティバードではあまり見かけない格好だ。
 今は冬だからティバードの人も長袖が多いが、半袖の人もいる。夏になるともっと露出の多い服を着るのだという。女性だって、胸元や足を露出させたデザインの服が多い。色も、まぶしい陽射しに似合うような、明るい色をよく目にする。
(私も、あんな服、着てみたいな)
 この国に着いたばかりのころ、もうすこし露出の高い服を着てみようかと言ったとき、ハインツにとめられてしまった。けれど、大人の魅力……とまではいかなくても、もうすこし華やかな服を着てもよいのではないだろうか。
 今までは、何故か黒い服ばかりを選んで着ていたが、最近になってそう思えるようになった。自分に明るい色など合わないと決め付けてきたが、そうではなく、すこしずつでも似合うようになりたいと思えるようになってきた。きっとハインツのおかげだろう。
 そう考えたリーゼは、思い切って街の洋服屋に入ってみた。かつて彼女が働いていたような仕立て屋ではなく、すでに出来上がった服が置いてある店だ。
「いらっしゃい。今、秋物を値下げしてるからお買い得よ! どうぞ見て行って!」
 陽気な笑顔の店員が迎えてくれる。
 並んだ服は、どれも明るく華やかでかわいらしい。かつてリーゼが仕立てていたようなきらびやかなドレスとは違うが、どれも魅力的だ。どれも素敵で、目移りしてしまう。
「お嬢さんにはこれなんかどうかしら」
 店員が一着のワンピースを持ってきてくれる。明るい色の大きな花柄で、胸元がすこし大きく開いたデザインだ。
「これ、秋物だから値下げしてるんだけど、上に何か羽織ればこれからの季節も十分着られるわよ」
 値札を見てみると、確かにそんなに高くはない。リーゼの手持ちの金でも買えるだろう。なにより今まで着たことがないようなかわいらしいデザインに目を引かれた。
「試着だけでもしてみない?」
「いいんですか?」
「もちろんよ」
 早速試着室に入って、リーゼは黒いドレスを脱ぎ、ワンピースを身に着けてみる。似合う似合わないにかかわらず、やはり年頃の少女らしく、かわいらしい服に心が躍る。そして鏡を見て──動きが止まった。
「どう? もう着た? サイズは合ってる?」
「あ、あ、あのっ……いえ……っ」
 試着室の外から聞こえてくる店員の声に、思わずリーゼはしどろもどろになってしまう。その様子に、何かあったのかと、店員が試着室のカーテンを開ける。
「あー……」
 一目見て、リーゼがうろたえている理由を悟った店員は、気の抜けたような声を出した。
 今までは襟のつまった服に隠されて見えなかったが、露出された首筋、肩から胸元にかけて、赤い跡がいくつも見える。それが何の跡か分からないほど、店員も間抜けではないだろう。リーゼは隠し切れはしないけれど、両手で肩を覆ってその場で座り込んでしまう。あまりの恥ずかしさに、涙が浮かんでくる。
「えーと……ごめんね、勝手に開けちゃって。そのワンピースの他にもかわいい服いっぱいあるから、どれでも試着してみて。ね?」
 店員は、困ったように笑って、試着室のカーテンを閉めた。明らかに気を使われた対応に、羞恥でもう何がなんだか分からなくなる。
 逃げるように洋服屋を出て宿へ帰ると、宿の近くで同じくちょうど帰ってきたらしいハインツに出くわした。
「おかえり、リーゼちゃん。出かけてたんだ。何か気にいったものあった?」
 のほほんと出迎える元凶に、羞恥と怒りがこみ上げてくる。
「ハインツさんの馬鹿! 馬鹿!」
「ど、どうしたのリーゼちゃん」
 顔を真っ赤にして涙目になりながら怒る少女を、ハインツは優しく抱き寄せる。
 リーゼはもう感情が追いつかないのか、抱き寄せられた腕の中で、顔を真っ赤にして震えながら、ハインツに対して文句を言いつつも、その手はしっかりとハインツの服を掴んでいる。
 犬も食わないなんとやら、馬に蹴られちゃかなわない、と、まわりの人が目をそらしてその場を立ち去ったことに、リーゼは気付かなかった。


 END.