Kyrie eleison <キリエ・エレイソン> -7-


 イーストシティの駅には人が溢れていた。セントラルほどではなくても、地方の主要都市として各地へ向かう列車が走っている。
 人ごみの中でも、目当ての2人の姿はすぐに見つかった。弟の大きな体躯は人波よりも頭ふたつ分突き出ているし、少女の金の髪は人目を引く。
「鋼の」
 男の呼び声に、少女が振り向いた。
「大佐。わざわざ見送りに来てくれたのか?」
 1ヶ月近く入院した少女は、けれど元気に回復して、また弟と旅に出ようとしていた。またしばらくその姿が見られなくなる。
 少女の隣には当たり前のように鎧の弟が寄り添っている。そして彼らにとって、それは実際に当たり前のことなのだろう。少女と弟が、どのように和解し納得したのか、男は正しくは知らない。だが、その絆が以前より強まったことだけは確かだろう。
「今度はどこへ行くんだ?」
「大佐にもらった情報の中から、有力そうな北の町へ行ってみるつもりだ」
「そうか、気をつけてな」
 男は軍服の胸ポケットから、折りたたんだ紙を取り出す。
「石に関する追加情報だ」
「ありがとう大佐」
「ありがとうございます!」
 紙を受け取り、けれどほんの少しうかがうような表情で、少女が男を見つめてきた。もう今後、男から渡される情報も庇護も、すべては無償のものとなる。それを気にしているのだろう。
 男は少女の頭を軽く叩く。
「子供が遠慮するものではないよ。君はまだこんなに小さいのだしね」
「誰が豆粒どチビだーーー!!!」
「ね、姉さんっ」
 男がからかい、身長のことを言われて暴れだす少女を、弟がなだめる。いつもの光景だ。表面上は、まるで以前と何ひとつ変わらない。
 やがて出発時刻がきて、2人は汽車に乗り込んだ。
「じゃあまたな、大佐」
「ああ、気をつけて。無茶をするんじゃないぞ」
 汽笛を響かせて、少女らを乗せた汽車が遠ざかっていく。少女は窓から身を乗り出して、手を振っている。
 それを見て、男はちいさく笑った。
 あと1年か2年……、そのくらいできっと彼らは宿願を果たすだろう。そのための助力は惜しまないつもりだ。だがそれは、彼らのためではない。男自身のためだ。
(かわいそうに)
 彼らはまだ知らない。医者から言われたことを、まだ告げていない。
『あの子は、もう、妊娠することは』
 そのちいさな真実は、今はまだ、男の胸にだけ秘められている。彼らが宿願を果たし、元の姿に戻ったときに教えてやろう。
 そうしたら、どうなるだろう。
 自分が最愛の姉を、取り返しのつかないほど傷付けていたことを知って、弟はどれほどショックを受けるだろう。どれほど自分を責めるだろう。
 そうして彼女は、そんな弟を救うために、なんでもしようとするだろう。
 そのとき男は、その方法を提示してやろう。
 簡単なことだ。
 姉のしあわせを奪ってしまったと悔やむ弟に、そんなものがなくとも十分しあわせになれると実証してみせてやればいい。たとえば、真実を知ってなお、それでもいいという相手と結婚してみせるとか。
 幸いにも、男は子供など望まない。後継者が必要なら、養子で十分だと思っている。なんて、都合がいい。
(かわい、そうに)
 こんな男に目をつけられてしまって。こんな男に愛されてしまって。
 男は少女を手放す気は毛頭ないのだ。
 1年か2年……その間は、我慢しよう。望みを果たすため、自由にどこへでも行けばいい。だがそのあとは、少女は男のものだ。どんなことをしても、手に入れてみせよう。あふれるほどの愛を注いで、きっとしあわせにしてやろう。たとえ少女が望まなかったとしても。
 去ってゆく汽車に向けて、男は笑った。


(君はもう、逃げられないよ)



 END.