In paradisum <イン・パラディズム> -6-


 外傷は特になく記憶障害だけだったので、少女は数日ですぐに退院した。
 すでに家族は亡くなっていて、故郷の家もすでにないということで、それから少女は男の家で暮らしている。世話になることを申し訳なく思ったが、記憶のはっきりしない状況では男に頼るしかなかった。
 いや、それはただの言い訳だ。幸いなことに少女の身元はしっかりしているし、国軍大佐という地位を持ったその男の後見もあるので、記憶などなくても働くことも一人で暮らすこともやろうと思えばできるはずだった。
 本当は、ただ心細くて、誰かに傍にいて欲しかったのだ。ひとりになりたくなかったのだ。 そんな少女を、男は快く受け入れてくれた。むしろ、一緒に暮らして欲しいと望んでくれた。それが本当に嬉しかった。
 時間が経つ中で、断片的に思い出したことはいくつかある。のどかな田舎で暮らしていたこと、錬金術を学んでいたこと、母が病気で亡くなったこと、弟がいたこと。けれどどれも断片的でぼんやりと霞みがかり、多くを思い出せないのだ。
「何か、思い出したのかい?」
 男の問いに、少女はゆるく首を振る。
「思い出せないんだ……」
「無理に思い出そうとすることはない。君は君だ」
 少女が不安を感じるたび、すぐに男はそれに気付いて彼女を慰めてくれる。優しく抱きしめて、気持ちが落ち着くまで、髪や背を撫でてくれる。
 けれど、聡い少女は、その手の中にあるわずかな戸惑いを敏感に感じ取っていた。戸惑いというよりも、ただ幼子を抱きしめるのとは違いそれ以外の意図を含んで、けれどそれを抑えている男の気持ちが。
 男が何を望んでいるのか、さすがに少女にも分かっていた。
 一緒に暮らしているといっても、今のところ言葉どおり、ただ一緒に暮らしているだけだ。以前恋人であったというのなら、それなりのこともしていたのだろう。けれど、少女が記憶のない事を気遣って、自分の欲望を抑えてくれているのだろう。
(ロイ)
 男と恋人であったという記憶はいまだ戻らない。これからも戻らないのかもしれない。
 それでも──それでもいいと思った。
 少女は男の腕の中から顔を上げ、すこし背伸びをすると、自分から男のくちびるの端に軽くくちづけた。子供の戯れのような軽いものであったが、それだけで少女の気持ちは明確に男に伝わったのだろう。
 男は抱きしめる腕の力を強くすると、そのまま少女を抱き上げて寝室へと連れて行った。
 寝台の上へ横たえられ、慣れた手つきでくちづけられ、服を脱がされていく。少女はそれをどこか不思議な気持ちで見ていた。
 かつての自分も、こんなふうにされていたのだろうか。そのときどんな反応をしたのだろう。たとえばかわいらしく媚びてみせたり、自分から積極的に男に奉仕したりしたのだろうか。けれど、記憶のない少女にとってはこれが『はじめて』で、男のなすがままに身を任せていることしかできなかった。
 その初々しい反応を楽しむかのように男は指や舌を滑らせていく。
「あっ……」
 男に触れられるたびに快感が走り、声をあげてしまう。少女の性感帯はすべて知り尽くしているとでも言いたげな動きに翻弄される。男の動きに合わせて体が揺れる。濡れた音が響いて羞恥を煽る。下肢ははしたなく濡れ、自分ではどうにもできない熱とうずきが募ってゆく。
「ロイ……」
 腕を伸ばして、目の前の男の首にしがみついた。この熱をどうにかしてくれるのは、この男だけだと分かっていた。
 熱く硬くなった肉棒が、腿のあたりに触れる。今の少女にとっては『はじめて』で、それを怖くも思うのに、自然と体は受け入れるように震える足を開いていた。
「大丈夫かい?」
 耳元で囁かれ、ちいさくうなずく。それを確認してから、男は肉棒を少女の性器にあてがい、ゆっくり中へと沈めてきた。
「んっ」
 きっと痛いのではないのかと思っていたのに、予想を裏切って、少女体はすんなりと男の肉棒を飲み込んだ。痛みはないが、圧迫感はある。けれどそれが嬉しかった。自分の足りない何かを埋めてくれるような気がした。記憶はないけれど、体が覚えているのかもしれない。
 けれどもうそれ以上何も考えられなくなった。



 少女は男の腕の中で、抱き合ったあとの心地よいけだるさに身を任せていた。
 黒髪の男は抱き枕のごとくに体に腕を回して抱きめて、そのまま少女の髪を撫でたり額に軽いくちづけを落としてきたりする。少し気恥ずかしい気もするが、そうされるのは嫌ではなかった。
「そういえば、もう君は、16になったんだな」
「?」
 男がつぶやいた言葉に、少女は顔をあげて男を見つめた。
 男の黒い瞳が、少女をまっすぐに見つめていた。
「私と結婚してくれないか?」
「ロイ?」
 同じことを、前にも言われたような気がする。いや、きっと言われていたのだろう。自分はそれを忘れてしまっているけれど。
 そのときもきっと今と同じようにしあわせでしあわせで、胸がいっぱいだったのだろう。
(────……)
 何かが胸をよぎった気もしたが、それがなんなのかは分からなかった。
 少女は涙を浮かべた顔でうなずくと、泣き顔を見られたくて男の胸に顔をうずめた。男は優しく抱きしめて、髪や背を撫でてくれる。
 いまだ記憶は正しく戻らないけれど、それでもいいと思った。
 こうして男が傍にいて、抱きしめてくれるのだから。多分、それでいいのだ。


 それから半年後、皆に祝福されながらふたりは結婚した。


 To be continued.

 続きを読む