妄想劇場 <子供>

※綱吉先天的女体化、数年後設定

「もう一人子供を作ろう」
「はあっ?」
 雲雀の言葉に、綱吉は書類にサインをする手を止めて、素っ頓狂な声を上げた。
 無理もない。普段は仕事であまり顔を見せない夫が久々に帰ってきたかと思えば、綱吉が仕事をしている執務室の扉をノックもなしに開けて、挨拶もなしにいきなりその台詞だ。
「もちろん外見も中身も君似の子供だよ。僕に似てるのはもういい」
「はあ……」
 ずかずかと歩み寄ってきた雲雀は、執務机の前にドンと立ち、そうのたまった。
 綱吉と雲雀の間には、すでに二人の子供がいる。
 上の子は男の子で、外見はどちらかといえば雲雀に似ている。黒髪に切れ長の黒目。けれど笑った顔などは綱吉に似ている、とみんなが言う。しかし、性格にも雲雀の性質が現れている部分が多分にある。まだ幼いながらも11代目ボス候補として、みんなの期待と愛情を一身に受けながら、厳しい黒衣の家庭教師様に鍛えられているが、嫌がるどころか、特に戦闘訓練のときなど、嬉々として武器を振るう姿はまさしく父親譲りだ。
 そして下の女の子は、どこからどう見ても雲雀だった。外見も中身も雲雀そのもので、沢田の遺伝子はどこに行ってしまったのだろう、と首を傾げたくなるほどだ。大人になった雲雀は世間を知って多少丸くなったと思うが、娘は幼さも相まって、中学生の頃の雲雀に負けず劣らずの天上天下唯我独尊状態だ。まだ幼い手に颯爽と武器を持ち、その体の小ささをハンデとせず、むしろ生かして敵を次々咬み殺していく。父親譲りの見事なほどの戦闘センスだった。綱吉に娘が生まれたと知ったとき、綱吉似のかわいらしい女の子を期待していた面々は、あまりの雲雀似に涙をこぼしている。
「で、何でいきなり三人目の話になるんですか?」
 綱吉は首をかしげる。
 綱吉は子供好きだし、愛する夫との子供だ。跡継ぎ問題だとか仕事が休めるかとかの心配はあっても、もう一人産むのもいやではない。しかし、何故帰ってきた途端にただいまの言葉もなくその台詞なのだろう。
「────」
 雲雀は嫌そうに眉を寄せる。
「なんですか?」
「帰ってくるなり、あの子達に玄関で、君を独り占めするなと言われた」
「あー」
 大体の事態を把握して、綱吉は小さく溜息をついた。
 つまり雲雀は、帰ってくるなり息子と娘に文句を言われたらしい。
 沢田家よりは雲雀家の遺伝子の勝っている息子と、雲雀家の遺伝子しか受け継いでいないんじゃないかと思われる娘は、当然のごとく好みも雲雀に似ていた。
 つまりは、綱吉大好きなのである。
 子供達は父親が嫌いなわけではないし、その強さは尊敬もしている。しかし単純に、母親が好きなのだ。大好きなのだ。母親だから好き、ということに加えて、その外見も性格も行動も、好みなのだ。
 しかし父親は独占欲が強く、近くにいるときは母親を手放さない。これは自分のものだとばかりに、自分の子供でさえも近寄らせない時がある。そして当然その独占欲の強さも、息子と娘は受け継いでいるのだ。
 普段仕事でいない父親が帰ってくるのは嬉しいが、それでその間母親に近寄れなくなるのは嫌だ。というわけで、帰ってきた父親に、早速釘を刺したということだろう。そしてその結果が冒頭の台詞だ。
 まだ十歳にもならない息子と娘相手に何してるんだとは思うが、トンファーで解決せず、一応綱吉との話し合いに持ち込んでいるあたり、これでも雲雀なりに譲歩しているのだろう。雲雀なりに、子供達を愛してはいるのだ。あくまで雲雀なりに、ではあるが。
「……俺似の子供、かあ……」
 書類にサインをしていた万年筆を机の上に転がして、綱吉はちょっと遠い目をした。
 雲雀に似ている子供達は、綱吉から見たらかわいくてかわいくてたまらない。もちろん自分に似ていたとしても綱吉にとってはかわいいだろうが──。
「何?」
「いやその……あんまり、俺に似てるのって、子供的にどうなのかなって……」
 二人の子供は、運動神経も頭脳もついでに美貌も、ばっちり父親譲りで、言ってしまえば性格以外非の打ち所がない。
 それに対して綱吉はといえば──今はマフィアのボスという座についているものの、もし黒衣の家庭教師様が来るようなことがなければ、『ダメツナ』と呼ばれていたように、運動神経も頭脳も今ひとつどころか二つも三つも足りなかったのだ。そんな自分に似てしまうのは、子供にとってあまり嬉しくないのではないだろうか。
 多感な子供時代に『ダメツナ』と言われていた綱吉は、総じて自分に自信がない。マフィアのボスとなった今でもそれは変わらない。前ほど卑屈になることはないが、それでも自分に対する過小評価は変わらない。
 その愛らしい容姿に、優しく包み込むあたたかさに、戦闘時の美しさに、どれだけの者が魅了されているのか、自分ではまるで正しく理解していない。
「それに」
 綱吉は伺うような様子で、上目遣いに雲雀を見上げる。
 すでに二児の母だというのに、かわいらしく拗ねるような表情は少女ままだ。あのいつまでも若々しい奈々と共に、沢田家不老説が世界の七不思議として囁かれるのもうなずける。
「……もし、俺似の女の子とか生まれたら、ヒバリさん、その子にばっかり夢中になっちゃうんじゃないですか?」
 男親というものは、総じて娘に弱いものだ。もし綱吉似の女の子でも生まれたら、雲雀はその子に夢中になって、綱吉のことを見てくれなくなるのではないだろうか。ただでさえ世界を飛び回って、夫婦であるというのに会える時間が少ないのに、さらに綱吉を見てくれなくなったら──とても、寂しい。
「馬鹿だろう、君」
「なっ!」
 ばっさり言われて、綱吉は顔を赤くした。
 馬鹿なことを言ってるという自覚はある。まだいもしない自分の子供に嫉妬しているのだ。しかも、普通なら夫が娘をかわいがることを喜びこそすれ──馬鹿な嫉妬をしているのだ。
 雲雀は腕を伸ばして、綱吉を執務椅子から抱き上げる。
 そのままソファまで移動すると、ソファに座り、綱吉を膝の上に乗せる。いつもの定位置だ。中学生で付き合いはじめた頃から、その位置は変わらない。
「君似の子供はかわいいだろうと思うけどね、僕にとっては君がすべてだよ」
 一番、なんて言葉は使わない。
 雲雀にとって綱吉は、何かと比べることすらできないのだ。それがたとえ自分と綱吉の子供であっても、比較対象にすらならない。
「君似の子供が生まれたら、あの子達はその弟だか妹だかに夢中になるでしょ。その間に、僕が君を独り占めできる」
「なっ……」
 雲雀は顔を赤くする綱吉のくちびるを、自分のくちびるでふさぐ。
「うるさい守護者やら家庭教師やらも、そっちに流れるだろうしね」
「父親としては、その発言どうかと思いますよ」
「仕方ないでしょう、君のことが好きなんだから」
 雲雀は膝の上に抱き上げた綱吉の髪にくちびるを寄せて、痛いくらいに体を抱きしめてくる。独占欲をあらわにするようなその姿に、綱吉は苦笑する。
 イタリア最大マフィアであるボンゴレファミリーの最強の守護者と呼ばれ、自ら立ち上げた風紀財団の総帥として世界中に名を轟かせているこの男が、こんな子供のような独占欲をむき出しにする姿など、きっとほとんどの者は知らないだろう。
 子供をなだめるように雲雀の髪を撫でていると、髪から額、瞼、頬と落ちてくるくちびるに、いつの間にかあやしく体を辿りはじめた手に、綱吉はいささか焦る。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! まだ俺仕事終わってないんです! あとちょっとなんで、仕事終わってから、終わってからにしてください!」
 机の上には未決済の書類が山のようにそびえている。今日は雲雀が帰ってくるということで、その量はいつもよりは多くない。このまま何事もなく順調に進めれば夕方には終わる量だ。もともと久しぶりに家族でゆっくり食事をする予定だった。明日以降も、完全な休暇ではないけれど、いつもよりは時間が取れるように調整してある。
 雲雀がちょっと待ってくれれば、残った仕事を終わらせ、誰に文句を言われることもなくゆっくり過ごせる。しかしここで事に及ばれてしまえば、終わるものも終わらない。急を要する書類ではないが、仕事に厳しい黒衣の家庭教師様は、期日までに終わらせなかったことを怒るだろう。
「いやだ。待てない」
 綱吉の言葉を聞く気はないようで、雲雀の手もくちびるもとまることはない。耳殻をやわらかく咬みながら、低く笑う。
「君似の子供を作ってましたって言えば、みんな喜んで協力してくれるよ」
 何で仕事が遅れたのか、そんなあからさまな理由を告げられるわけがない。
 綱吉は真っ赤になって抵抗しようとするが、雲雀から逃げられるわけもなく、あっさりソファに横たえられてしまう。上から覆いかぶさる男は、明らかに草食動物を食べんとする肉食動物だ。
 それでも必死で抵抗しようとする綱吉だが、そんな仕草は獲物を前にした肉食獣を煽ることにしかならないと、いまだ気付かない。
 執務室の扉の向こうで、聡い子供達が、母親似の妹か弟ができるのならと、扉を開けずにいることにも気付かない。


 END.