fragile


 もしもそこに大切なものがあって、大切にしたらずっとそのままこの手の中にいてくれるのなら、いくらだって大切にしよう。
 それこそ全身全霊をかけて。他の何を賭けたっていい、捨てたっていい。
 ずっと変わらず、この手の中にいてくれるのなら。

 でも、どんなに大切にしても、どうせいつかは壊れてしまうのなら。
 ──さあ、どうしようか。



 鏡夜はハルヒの中に入れたものを、一度ギリギリまで引き抜いたあと勢いをつけて胎内に押し込めた。その刺激に、ハルヒは悲鳴のような声を上げる。繰り返し与えられる強い快楽は、すでに彼女の許容量をこえているのだろう。鏡夜はすでに彼女の中に二度ほど精を放っていて、彼女はその倍ほど絶頂に押し上げられている。足にはもう力が入らないのか、だらしなく広げられたまま小刻みに震えて、彼のなすがままだ。
「ハルヒ」
 名を呼べば、快楽に潤んだ大きな瞳がぼんやりと鏡夜を映す。
「きょ、……やせん……、いっ……」
 頬を上気させ、だらしなく口をあけて息をして、言葉ではなく表情でもっととねだっている。こんな情欲に溺れたハルヒの顔を、他のホスト部員は知らない。部員だけではない。彼女を男と信じて部に通う女子生徒も、彼女の父親も、他の誰も知らない。
 知っているのは、鏡夜だけだ。
 そう思った瞬間、電流のように背筋に快楽が走り、ハルヒの中に入れたままのものがまたわずかに質量を増した。



 鏡夜とハルヒがこんな関係になったのは、成り行きといえば成り行きだった。
 はじまりはほんの些細なこと。
 いつものように環と双子が企画をして、休日にホスト部みんなで遊びに行くことになっていた。けれど当日になって、ホスト部の他のメンバーが家の用事だとか他の部の助っ人だとかで出かけられなくなり、鏡夜とハルヒのふたりだけになってしまったのだ。
 もっと事前に分かっていれば、遊ぶ約束自体をキャンセルすることも出来たのだろうが、他のメンバーが来られないと分かったのはすでに集合場所についてからだった。休日に朝早く起きてわざわざ来たというのに、この無駄足に、低血圧な鏡夜の機嫌は急降下した。それでもそのまま帰って寝なおそうとは思わず、ハルヒとふたりで本来ならみんなで行くはずだったテーマパークに行った。
 そのときに、『人間関係とメリット』の話になったのだ。
 鏡夜は以前ハルヒに言った。メリットのないことはしない、と。環やホスト部の連中とも、メリットがあるから付き合っているのだと。
 それならこうして他の部員もいないのにハルヒと共にいることに、何かメリットがあるのか。精神的メリットなんて曖昧なものでなく、具体的に何かメリットはあるのか。おそらくは深い意味なんてなく、ただ思いついたことを口にしただけのハルヒのその質問に、それならメリットをよこせ、と鏡夜は言った。
 そしてこれが、その『メリット』だ。
 自分の感情とまわりの恋愛感情にひどく疎いハルヒは性的にも疎くて、冗談半分であった鏡夜の申し出をすんなりと受け入れた。貞操観念がないわけではないのだろうが、こういうことにさえあまり頓着しない、ということだろうか。
 実際のところ、この件に関して、鏡夜はハルヒの気持ちが分からない。それでもあれから鏡夜とハルヒはたびたび校外でふたりで会うようになり、そのたびにこうして体をつなげている。



 体を折り曲げて、ハルヒの胸元──鎖骨の数センチ下あたりに口づけて跡を残す。
 明日からホスト部では浴衣で接客することになっている。女物の浴衣なら襟元が詰まっているが、男物の浴衣はすこしゆるく着崩す。そのときにちょうど隠れるか隠れないかのギリギリの場所。この赤い跡に、目ざといオタク少女たちは気付くだろうか。一見鈍いように見えて一番鋭い三年生組は気づくかもしれない。鈍い環ははっきり見せてやっても虫喰われだと思うのだろう。
 そう考えると、鏡夜の顔に笑みが浮かぶ。ハルヒとの行為は、直接的な快楽だけでなく、秘めた優越感とスリルをくれる面白いゲームだ。
 たとえこの赤い跡がみんなに見つかったところで、いくらでもごまかすことはできる。むしろオタク少女たちは黄色い悲鳴を上げて喜ぶだろう。鏡夜はハルヒが真っ赤になって慌てるさまと、周囲の反応を楽しむだけだ。
 ハルヒとのこの関係は楽しい。そう、ずっとこのままでいたいとさえ、思うほど。
 でもこの関係はいつか壊れる。そう遠くない未来に。
 超鈍感おバカの環も、やがていつかはハルヒへの想いがなんなのか正しく理解する日が来るだろう。双子も──正確には光も、やがては自分の気持ちに気付くだろう。馨は気付いていて、まだ動かないだけ。
 そしてハルヒも、やがては気付くだろう。誰かへ向かう、未発達の恋心に。

 それが、おしまいの合図。

 擬似家族ごっこを楽しんでいるホスト部も、この密やかな関係も、そのとき終わるだろう。
 環や双子たちの性格からいって、昼メロといわれる庶民ドラマのような泥沼にはならないと思うが、それでも何かが壊れ、何かが失われることだけは確かだ。
 そのときに、鏡夜の手の中から、ハルヒもいなくなる。そんなことは、最初から分かっていた。
 どうせいつかは壊れてしまうのなら。
 ──さあ、どうしようか。



 一度動きを止めて、ハルヒの両腕を取って、押さえつけるように顔の脇に縫いとめる。ハルヒの顔を、真正面から覗き込む。
「ハルヒ、まだ気付いてないのか?」
「え……?」
 何のことか分からないという顔をするハルヒに、鏡夜は酷薄に笑ってみせる。
「今日は避妊しないで中出ししてるんだぞ」
 本当に今まで気付いていなかったのだろう。驚きに、ハルヒのもともと大きな瞳がさらに大きく開かれる。
「ほら」
 鏡夜がゆるく腰を動かせば、粘着質な水音がして、繋がった隙間から白い粘液があふれてくる。彼女にだってそれが何か分からないはずもない。
「やっ……だめ……!」
 ハルヒは身をよじって、急いで鏡夜のものを抜こうとする。そんなハルヒを軽々と押さえつける。
「馬鹿だな、今更遅いに決まってるだろう? もう2回中に出してるよ」
「あ……」
「安心しろ、ハルヒ」
 にこりと優しく笑ってみせる。
 ホスト部で、客である令嬢たちに見せるとの同じ笑顔で。
「もしも子供が出来たら堕ろせばいい」
「な、──」
「ちゃんと鳳系列の、腕が良くて口の堅い病院を紹介してやるし、費用も俺が持つ」
 今までハルヒに浮かんでいた快楽はぬぐうように消えて、ハルヒは頭から氷水でもかけられたかのように真っ青になってガタガタと震えだす。
 母親を亡くしているハルヒが、生死に関して敏感になっていることは知っている。親子の絆を大事にしていることも。その上であんなことを言えば、彼女にとってそれがどれほどひどいことか、どれほど心を傷つけるか、分かっていて言った。
 鏡夜から逃げようとするハルヒを押さえつけて、彼女の快楽なんて考えずにただ腰を振って、その最奥にもう一度放った。
 その間ハルヒは一度も鏡夜を見なかった。



 体力的に限界が来ていたのか、精神的に限界が来たのか、ハルヒは気を失うように眠り込んでいる。
 ハルヒは自分の生理周期なんて把握していないだろう。もちろん確実とはいえないけれど、おそらく今日の行為で彼女が妊娠することはない。でも鏡夜はそれをハルヒに教えてやる気はない。次の生理が来るまで、せいぜい妊娠に怯えればいい。
 目を覚ましたハルヒはどうするだろう。鏡夜に怯えた瞳を向けるのか、軽蔑をこめた眼差しをよこすのか、怒りに満ちた目か。別にそのどれでもいいし、どれであっても想定内だ。
 ただ、すべてを許す慈愛の笑みだけは向けて欲しくないと思う。それは彼女がみなに振りまくものだ。鏡夜はその他大勢と同じになりたいわけではないのだ。
 それともいっそ、本当に孕ませてみればいいのだろうか。
 まだ成人もしていない身分で、同じく未成年の女子を孕ませるなど、鳳家にとっては大きな恥だ。もしそんなことになれば、鏡夜が鳳家を継ぐ道は絶たれるだろう。
(それでも、もし)
 代わりに手に入るものがあるなら──。
 そこまで考えて、鏡夜はその自分の考えを嘲笑った。ありえもしない、ただの妄想だ。くだらない。そんな夢を見るくらいなら、現実を見るべきだ。
 鏡夜はハルヒの髪を数度梳くと、体を傾けてそのくちびるにそっと口づけた。王子様のキスに、お姫様のまぶたが小さく震え、ゆっくりと開かれていく。まだ完全に覚醒しておらずぼんやりとしている瞳は、やがてはっきりと鏡夜を映すだろう。
 その瞳にあるのは怯えか、軽蔑か、怒りか、それとも?
 ──さあ、どうしようか。


 END