目隠し鬼



 目隠し鬼さん、手の鳴るほうへ


 環や双子たちは最近はもっぱら庶民遊びに興味があるようで、暇さえあればいろいろな遊びに興じている。
 だるまさんが転んだにはじまり、色鬼、ドロケイ、花いちもんめ。本来なら庶民であっても幼い子供のみがそのような遊びをするもので、高校生の男たちが遊ぶようなものではない。だが、子供時代をこんなふうに友達と遊ぶことのなかった彼らはこのようなことが面白くてたまらないのだろう。幼い子供のように、夢中になって遊んでいる。
 実際、鏡夜も子供時代にこんな遊びをしたことはなく、馬鹿らしいと思いつつ参加しているのは、やはり心のどこかで楽しいと思っているからだ。
「「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ〜!」」
 今日の遊びは目隠し鬼だ。学園の中庭で、ホスト部総出で遊んでいる。
 鬼となった環は目隠しをされ、その周囲で双子とハニーが鬼を囃したてている。鬼を囃し立てる輪には加わらないものの、そう遠くない距離にハルヒとモリがいるのは、もし環が転んだときにすぐ対応できるようにだろう。
「目隠し鬼さん、ここまでおいで〜。タマちゃんこっちだよ〜!」
 その声のするほうへと手を伸ばし、探るように腕を動かしながら、よろよろと環が進んでいく。しかし当然、目の見えている者と、目隠しをされている者。どちらが有利かは明らかで、双子もハニーも環の腕をなんなくかわす。そして、わざと鬼にギリギリまで近寄ってみたり、手を叩いて変なほうへ誘導したりしようする。
 鏡夜はすこし離れた安全圏からその様子を眺めていた。
(目隠し鬼、か)
 庶民の、しかも子供の戯れとはいえ、よくもこんな残酷な遊びを考え付くものだ。よほどのヘマをするか、相手に捕まろうという意思がなければ、目隠しをした鬼が誰かを捕まえることなど出来はしない。それを分かっていて、わざと近くに寄って、声や気配で誘導しては逃げる。
 自分の絶対的な優位を確立して、目隠しをされた鬼という絶対的弱者をからかって遊ぶ。目の見えない鬼を、自分の思うままに操って遊ぶ。これはそんな残酷な遊びなのだ。
『花いちもんめ』は人買いの、『かごめかごめ』は堕胎の暗喩だという説がある。それならこの目隠し鬼は、何の暗喩なのだろう。
「キョウちゃんキョウちゃん。キョウちゃんは遊ばないの〜?」
 鏡夜の傍に、ウサギのぬいぐるみを抱えたハニーが走りよってくる。
「そうですね、もうすこししたら俺も参加させていただきますよ。俺のことはどうぞお気になさらずに、ハニー先輩も遊んできてください」
「そう〜?」
 にこりと笑って見せれば、ハニーはかわいらしく首をかしげてみせたあと、また目隠し鬼に混ざるべく、環達のほうへと駆け出していく。
 ほんのすこし駆け出したところで、不意にハニーは足を止めて振り向いた。
「ねえキョウちゃん。『目隠し鬼』って、面白いよね」
 無邪気な笑顔に、鏡夜も微笑み返した。
「そうですね。もっとも、鬼になるのはごめんですが」
「そうだね〜。鬼さんは大変だよね」
 むこうではまだ環が目隠しをされたまま、双子がそのまわりを駆け回っている。少なくとも鏡夜は、あんなふうに誰かに翻弄されるのはごめんだ。
 もしもやるなら鬼を翻弄する側だ。相手を自分の意のままに操って、望んだ方向に誘導する。もちろん、鬼に捕まるなんてヘマはしない。それが鏡夜の生き方だ。
「でもキョウちゃん、気をつけてね」
 ウサギのぬいぐるみを腕に抱えたまま、ハニーが鏡夜を上目遣いに見つめる。
「遊びに夢中になってると、いつの間にか本気になって、そのうち鬼さんに捕まっちゃうよ」
 鏡夜はほんのすこし目をすがめてハニーを見つめた。
 何故そんなことを鏡夜に言うのか、彼は何をどこまで知っているのか。この、皆からかわいらしいと形容される先輩が、中身もそのままではないということを鏡夜はちゃんと知っている。
「ま、僕は鬼さんに捕まるのも楽しいと思うけどね〜」
 くるりときびすを返し、まるで仔兎のように跳ねながらハニーが戻っていく。
「目隠し鬼さん、手の鳴るほうへ〜」
 無邪気で、残酷で、楽しい遊び。
 鏡夜はそれを遠くから見つめていた。──正確には、部員達に混ざって遊んでいるハルヒを。



「……っふ」
 鏡夜の肉棒を口一杯に頬張りながら、ハルヒが舌で先端を舐めあげる。口で竿を舐めながら、手はそっと後ろの嚢をやわく揉む。鏡夜がそうしろと教えたことと、自分でこうすればいいのだと気付いたことをうまく駆使しながら鏡夜を絶頂へ導こうとする。
 ずいぶんと慣れてきたものだと思う。はじめはどうすればいいのかも分からずに、たどたどしく表面を舐めることしか出来なかったのが、ずいぶんと上達したものだ。
 客もホスト部員もみんな帰り、他に誰もいない第三音楽室で、鏡夜は3人掛けのソファに座り、ハルヒはその前にひざまずいて彼に奉仕をしていた。
 これは鏡夜とハルヒだけの秘密だ。他の誰も知らない秘密の遊戯。
『借金を、減らしてやろうか?』
 そう言い出したのは鏡夜で、うなずいたのはハルヒだ。一回の行為と引き換えに、それなりの金額を借金から差し引く。そういう約束だ。
 庶民の、性的な知識の乏しい、見た目だけなら極上なのに、それに頓着しない娘。それを自分の意のままに変えていくのは面白い。別にマイフェアレディを気取るわけではなく、もっと下卑た感情だ。
 たとえるなら、目隠し鬼だ。ハルヒが目隠しをされた鬼で、鏡夜はそれを意のままに弄ぶ。 これは、そういう遊びだ。
 必死になって奉仕を続けるハルヒの髪に指を通せば、つややかな髪はさらさらと流れていく。
「先輩?」
 ひざまずいた姿勢のまま、ハルヒが鏡夜を見上げる。普段はしないようなその行動に、気持ちよくなかったのか、と問いかけたいのだろう。
 大きな黒い瞳が、鏡夜を映す。
 それに何故だか激しい不快感を感じて、鏡夜は自分の首からネクタイを引き抜いた。それでハルヒの目を覆う。
「ちょっ……鏡夜先輩?」
「たまには趣向を変えてみるのもいいだろう?」
 ネクタイで目隠しをして、頭の後ろでそれを結ぶ。それほど幅の広いものではないから、隙間から多少は見えているのだろうが、ほとんどは見えなくなっているはずだ。
「なんで、目隠しなんて……」
「言っただろう。趣向を変えてみただけだ。ほら、続けろ」
 目が見えないせいで、おそるおそるハルヒが手を伸ばしてくる。探るように鏡夜の肉棒に触れてそっとくちびるを近づけ、いちいち形を確かめるように舌を這わせる。びくりと鏡夜のものが動くたびに、動きを一瞬とめて、それからまた奉仕を再開する。そのたどたどしさは、まるで初めて奉仕を強要したときのようだ。
 けれど、彼女はもう何も知らない生娘ではない。鏡夜が汚した。そう思うと、暗い快感が湧きあがる。
 床にひざまずいていたハルヒの腕を取って、放り投げるようにソファに押し倒す。
「えっ……うわっ」
 やわらかなソファは、ハルヒの軽い体など、音も立てずに受け止めてくれる。驚いて目隠しを外そうと上げられる手を取って押さえつけた。乱暴に、片手だけでハルヒのズボンと下着を剥ぎ取る。
 彼女には奉仕をさせるだけで、まだ愛撫は何ひとつ与えていなかったというのに、それでも秘処は濡れていた。
「すごいな、ただ俺のを舐めているだけでこんなに感じたのか」
 鼻で笑うと、目隠しされたままのハルヒが頬を染めくちびるを噛み締めた。
「これだけ濡れてるなら十分だな」
「えっ……待ってくだっ……!」
 ハルヒの言葉さえ待たずに、そこに突き入れる。
「鏡夜せんぱ……っ、きょう、っやせん……っ」
 相手が鏡夜だと分かっているとはいえ、見えないまま犯されるというのは恐怖があるのだろう。ハルヒは必死になって鏡夜の名前を呼んで手を伸ばしてくる。目隠しをされたまま、必死に腕を伸ばして、鏡夜に触れようとする。
「──っ!」
 何故だかそれにわずかな恐怖を感じて、その腕に触れられることをためらって、腕が触れる前に、鏡夜は一度ハルヒの中から引き抜くと、彼女をうつぶせにさせて腰を上げさせた。そのまま再び貫く。激しく打ち付ければ、そのたびにハルヒの口から嬌声があがる。
 鏡夜に向かい伸ばされていた腕は、今はソファに置かれたクッションを握り締めている。何故かそれに安堵しながら、鏡夜はハルヒの胎内に熱を放った。



 乱れた格好のまま、ハルヒはぼんやりとソファに座っている。まだ行為の余韻で動けないのだろう。ズボンと下着は床に落とされたまま、着崩れたシャツがかろうじて体を覆っている。ふとももは中からこぼれた彼女自身の蜜と鏡夜の精液で汚れたままだ。
 そんなハルヒを横目に、鏡夜はきっちりとネクタイを締め直し、服を整えた。ハルヒに背を向け、テーブルの上に置いておいた黒いノートを手に取る。
「おまえの借金も、だいぶ減ったな」
 彼女の借金の残額についてが記されたページを見ながら鏡夜は呟いた。
 今日の行為の分の金額をそこから差し引いて、ノートに書き込んでおく。着々と減っていく借金は、それだけふたりが体を重ねた証拠だ。
「この調子なら、そう遠くないうちに借金完済も夢じゃないな」
 ハルヒにも常連の指名客が何人もつき、日々着々とノルマをこなしている。このまま順調にホスト部の営業をこなしていけば、おそらく1年経たないうちに借金を返せるだろう。
「そうしたらおまえは自由の身だな」
 ホスト部からも、──鏡夜からも。
 後に続く言葉をそっと飲み込む。それは別に言う必要のないことだ。
 もしもハルヒが借金を返し終え、ホスト部を辞めたいと言い出したら、環も双子もハニーもモリも必死になってとめるだろう。
 いちばんはじめ、借金の名目でハルヒをホスト部に引き込んだのは、桜蘭学院に紛れ込んだ庶民の特待生という存在がものめずらしくて、からかうためだった。それは双子だけではなくて、環も鏡夜も、おそらくはハニーも、モリですらそう思っていた。
 本当は、壷などどうでもよかったのだ。彼らにとって800万という金額は、安くはないものの、そう高くもない。それぞれのポケットマネーで十分補える程度の額だ。それに、800万の壷がひとつ割れたからといって、代わりなどいくらでもあるのだ。
 借金をネタに庶民をからかって遊んで、満足したら解放するはずだった。それが一体いつの間に、どう変わっていったのだろう。
 もはや彼女は、部にとってなくてはならない存在になっている。いや、部にとってではなく、部員個人個人にとって、だろうか。
 もしもハルヒがホスト部を辞めたいと言い出したら、この関係を終わりにしたいと言い出したら、──そのとき、鏡夜はどうするだろう?
 背後で、裸足で床を踏む音がする。まだ足に力が入らないのか、どこか頼りない足音が近づいてくる。
「鏡夜、先輩」
「────っ」
 ハルヒが鏡夜の服の背を掴む。
 震える細い腕が、鏡夜の腰に回されしがみつく。
「鏡夜先輩。自分は──」
 強い力ではないのに、背中に感じる熱に、鏡夜は動けない。
(遊びに夢中になってると、いつの間にか本気になって、そのうち鬼さんに捕まっちゃうよ)
 ハニーの声が、どこか頭の奥で響いた。


 目隠し鬼さん、手の鳴るほうへ


 ああ、ヘマをした。
 鏡夜は鬼に捕まってしまったのだ。


 END