最初で、最後の。


 風の強い夜の森は、今にも闇に飲み込まれそうな不気味な雰囲気を醸しだしている。狭い小屋の中を照らすのは、小さなランプの頼りなげな炎だけだった。
 サクラは窓辺に寄って外を確認するが、周囲に敵の気配も猛獣の気配もない。とりあえずここは安全なのだろう。
 安心すると同時に、ふと、窓に映る自分の顔が目についた。
 今にも泣きそうにゆがんだ、ひどい顔をしている。
(泣いたらダメ)
 サクラは必死に涙をこらえた。
 忍び足る者、感情に流されてはいけない。感情を顕にしてはけない。いついかなるときも冷静に対応し、任務を遂行なければならない。
 たとえ、好きな人が、死の淵にいたとしても──。



 大蛇丸の木の葉崩しの後も、サクラたちには7班としての任務が与えられていた。
 中忍試験が木の葉崩しにより中断されてしまったため、まだ名目は下忍のままであるものの、うずまきナルトとうちはサスケは中忍に匹敵する力があると認められていた。その二人を含む7班の任務は、今までのようなDランクではなく、CランクBランクの任務が与えられるようになった。
 今回の任務もBランクだった。他国へ潜入して、機密文書を奪うという内容だった。
 潜入と、文書を略奪するまでは順調だった。
 だが、文書を奪還しようとする敵忍が、予想以上に多く強かった。激しい追撃を受けながら、サクラ達はなんとか火の国まで帰り着きはした。ここは木の葉の里が国内にいくつも置いてある小屋の一つで、木の葉の里まではまだ距離があるが、ここまで来ればもう敵忍の心配はほとんどない。
 だが────。
「サクラちゃん……」
 外を見ていたサクラに、気遣うように声がかけられる。
 その声に、いつものナルトの明るさはない。ナルトもサクラと同じように泣きそうな顔をしていた。
「あのさ、あのさ────」
 ナルトは何かを言いかけて、けれど言葉が見つからずに途切れてしまう。
 サクラも返す言葉がなくて、ただ黙っていた。
 何を言えばいいというのだろう。
『サスケは大丈夫だよ、助かるよ』などという気休めは言えなかった。サクラもナルトも忍びだ。あれが助からない致命傷であることくらい、分かっていた。
 サスケは今、隣の部屋に寝かされている。
 何とか火の国内にある山小屋まで来たものの、敵の攻撃を受けたサスケは重傷だった。どんなに手を尽くしても、もう死を待つしかなかった。おそらく、次の朝を待たずにサスケは死ぬ。それは決定事項だった。
 サクラは唇を噛み締める。
 忍びが死と隣り合わせであることなど、十分承知している。以前にも一度、サスケの死には直面している。まだ下忍になったばかりの、波の国で。あのときに、『死』に対する覚悟はついたと思ったのに、まだまだ自分は甘かったらしい。
 サクラとナルトの間に気まずい沈黙が落ちたとき、扉を開ける音がその静寂を破った。
「カカシ先生……」
 サスケの様子を見に行っていたカカシは、戻ってきたとき、その手にちいさなビンを持っていた。ビンには布が巻かれていて中は見えない。
 それに、サクラは不吉な予感をかき立てられた。
「……先生。……それ、なんですか?」
「ああこれ? サスケの眼」
「!?」
 あっさり言われた言葉に、サクラは息を飲んだ。ナルトも同じように、驚きに目を見開いている。
 その様子に気付きながらも、カカシはなんでもないことのように続けた。
「あいつ、もう助からないから、眼だけは里に持って帰らないと。だったら、死んでからより新鮮なうちに取ったほうが、後で移植もしやすいしね」
「……」
 サクラの握り締めた拳が震えた。何かを叫びそうになったけれど、必死でそれを飲み込んだ。気を落ち着けるために、静かに深く息を吐く。
 カカシの判断は正しい。忍びとして、何も間違っていない。写輪眼は里の重要な財産。みすみす捨てるわけにはいかないのだ。
 カカシはビンを小さな木の机に丁寧に置いて、それからサクラに向き直った。片目しか見えないが、その表情は落ち着いていて、部下が一人死にかけているようには到底見えない。忍びというのは、本来こうあるべきなのだろう。
「サクラ、おまえ、ピル飲んでる?」
「いいえ……」
 任務につく前、くのいちが薬を飲むのはよくあることだった。でも、サクラは飲んでいなかった。
「そう。じゃあさ、これからサスケのところいって、セックスしておいで」
「────」
「ちゃんと妊娠するように、中で出させるんだよ」
「なっ、何言ってんだよ、カカシ先生! こんなときに!! サスケがどういう状況だと思ってんだよ!!」
 状況を飲み込めていないナルトが、カカシに詰め寄る。
 それをカカシはいつもの読めない表情で軽くあしらった。
「バカだな、ナルト。こんなときだから、だよ」
 頭脳明晰なサクラには、カカシの言いたい事はわかっていた。
 別にサクラの恋心を汲み取って、最後に本懐を遂げさせてやろうということではない。
 それは、サスケの眼を抉り取ったのと同じこと。
 すべては、『うちは』の血筋のため。
 サスケが死ねば、そこで『うちは』は絶えてしまう。だが、今、サクラと交わらせることで、うまくいけば『うちは』の血を残せる。そのためだけの、行為。それをしろと、カカシは言っているのだ。
「カカシ先生……私は、────」
 言いかけて、サクラは口をつぐんだ。迷うように、視線が床をさまよう。何度か何かを言いかけ、結局何も言わないまま、サクラは無言でサスケが寝ている部屋の扉を開けた。



 サスケは布一枚だけをひいて床に寝かされていた。もともとベッドや布団など、この山小屋にはない。なんとか雨風をしのげるだけの、粗末な小屋だ。
 眼を覆うように包帯が巻かれ、そこには血がにじんでいる。その包帯を取れば、眼球があったところにぽっかり穴があいているのだろう。
 サクラが近づいても、サスケはぴくりとも動かない。
「サスケくん」
 呼んでも返事はない。もう意識もないのだ。かろうじて呼吸をしているだけで、後は死を待つばかりの身体。
「サスケくん」
 もう一度、サクラは名前を呼んでみた。もしかしたら、ほんのわずかでも反応があることを願って。でもサスケはやはり、なんの反応も返さなかった。
 そっと頬に触れてみる。血の気を無くした頬は、ひどく冷たかった。
「サスケくん。私ね、サスケくんが好きなの」
 告白など、何度もしてきた。態度でも、サクラの気持ちは十分伝わっていただろう。
 サスケがサクラを仲間として大切に想っていたことは分かっている。でも、それ以上の気持ちを持っていてくれたかは分からない。そしてもうそれを知ることはできないのだろう。
「サスケくんが、好き」
 サクラの声は、もうサスケに届かない。



 サクラは床に膝をつくと、サスケのズボンと下着を脱がせた。サスケの性器は当然だらりと力なくたれている。それをゆるく握ってこすり、舌を這わせた。口内に入れ、唇で扱くように動かした。嚢をやわく揉みあげながら、根元から先端まで舐めあげ、時折きつく吸ったり軽く噛んだり微妙な刺激を与える。
 巧みな舌使いに、サスケの意識は戻らないままだが、それでもだんだんと性器には力がみなぎってくる。先端からは、先走りの液が溢れ、サクラの唾液と混ざり、肉棒を伝って流れていった。
「サスケくん……気持ちいい?」
 返事がないと分かっていながら、それでもサクラは尋ねずにいられなかった。
 サスケが十分に勃起したのを見計らって、サクラは自分の下着を下ろした。サクラの秘所はまったく濡れていなかった。このままではうまく挿入できない。仕方ないから、自分で指を突っ込んでかき回した。自慰とは違う乱暴な動きにも、それでも身体は反応して、液を溢れさせてくる。
 サクラはふと、今の自分の姿に気付いて、おかしくなった。座り込んでサスケに向かって足を開き、自分で指を突っ込んでかき回している。
 もしもサスケの意識が戻って、今のこの姿を見たら、どう思うだろう。卑猥な姿に興奮するだろうか。それとも、醜く浅ましいと、軽蔑するだろうか。
 軽蔑してくれればいい、と思った。愚かな女だと、嘲笑って欲しい。
 だがサスケの意識は戻らないし、万が一奇跡が起きて意識が戻ったとしても、もう見つめる眼がそこにはないのだ。
 サスケにまたがり、勃起した肉棒を自分の膣に当て、そっと腰をおろした。熱い塊がサクラの中に入ってゆく。サスケの先走りとサクラの愛液に助けられて、スムーズに入ってゆく。
「うう……」
 それでも狭い膣にかかる圧迫感に、サクラは小さくうめいてサスケのシャツを握った。
 腰を完全に落とし、すべてを中に収めると、サクラは息を吐いた。
 今、自分の胎内に、サスケの肉棒がある。熱く脈打っているのがはっきりと感じられた。
「サスケくん」
 薄暗い室内で、それでも目を凝らしてサスケの顔を見つめた。
 サスケに意識がないことくらい分かっている。勃起しているのだって刺激による生理的な現象で、サスケは今自分の身に何が起こっているかも知らないのだろう。
 それでも。
「ねえサスケくん……私、今、サスケくんとしてるんだよ。サスケくん、私としてるんだよ。つながってるんだよ?」
 サクラは今まで、いろいろな相手とやってきた。処女を失ったのなど、思い出せないほど昔だ。里において強姦や輪姦は日常茶飯事で、あたりまえのようにそれを受け入れてきた。くのいちになるのに、貞操観念などいらない。誰にでも足を開いた。
 今までいろいろな相手とやってきたが──。

 好きな人とするのは、これがはじめてだった。

 サクラは腰を動かし始める。
 男を悦ばせる方法はアカデミーでも教わったし、輪姦を受ける中で身体に教え込まれてきた。相手に意識があろうとなかろうと、絶頂へ追い上げることができる。その証拠に、動くたびに、サクラの内部にあるサスケの肉棒はどんどんと硬さと大きさを増している。そしてサクラの秘所からも、蜜がとめどなく溢れ、自分の腿とサスケの肉棒をしとどに濡らしていた。
「はあ……っ、サスケ……く、ん……」
 ぬちゃりぬちゃりと、卑猥な水音が、静かな室内に響く。
 自分も楽しんで、相手も悦ばせる方法を学んできた。輪姦されても、別に平気だった。誰に抱かれても、この身体は悦んだ。
 それでも年頃の少女らしく、好きな人と結ばれる日を夢見ていた。それはどんなに素敵なことだろうと、思っていた。サスケを想いながら自慰したこともある。そのときサクラは、今までにないくらい興奮し、快感を味わった。だから、もしサスケと本当にできるなら、どんなに気持ちいいんだろうと思っていた。
 そして今、いつも妄想していたとおりに大好きなサスケの肉棒が、自分の中に深々と埋まっている。
 身体は蜜を溢れさせ、絶頂へと昇ろうとしている。
 それなのに。

(セックスって、こんなに痛いものだったっけ?)

 身体は確かに快感を感じている。悦んでいる。
 そして今自分の中に入っているのは、まぎれもなく大好きな人だ。
 それなのに、どうしてこんなに、痛いのだろう。
 輪姦されたときよりも、濡らしもせずに無理矢理突っ込まれたときよりも。
 こんなに痛いのは。
「あっ……ああっ……!」
 サクラが絶頂を迎えると同時に、サスケの身体も小さく震えて、胎内に精液を吐き出された。腹の中に、噴出される熱を感じる。その間もゆるく腰をゆすって残滓まで吐き出させるようにして、サクラはすべてを受け止めた。
 騎乗位の姿勢を取っているせいで、重力に引かれて、結合部から精液がこぼれてくる。これはサスケの最後の生の証になるのだろう。
 大事な大事な、『うちは』の遺伝子を秘めた精液。
 おそらく、一介の下忍であるサクラなどよりも、この白い液体のほうが、よほど価値があるのだろう。あるいは、サスケ本人よりも。
 そう、分かっていたのに。
「……一回でいいから、名前、呼んで欲しかったな」
 こんなふうに、意識のない相手にまたがるのではなく、名を呼ばれて、抱きしめられて、口づけられて、そんなふうに抱かれたかった。
「サスケくん」
 サクラは身体をかがめて、色を失ったサスケの唇に口づけた。
 冷たい唇は、血の味しか、しなかった。



 サスケが息を引き取ったのは明け方、まだ日が昇る前のことだった。
 サクラとナルトとカカシと、みんなで看取った。結局サスケの意識が戻ることはなく、そんなに苦しまずに逝ったことが、せめてもの救いだった。
 すでに眼球の外されている死体は、カカシの手により処理された。骨ひとかけらも残らないように。それが忍びだった。
 そしてその日の昼前には、3人は里へ向けて出発した。感傷に浸っている暇はないのだ。早く里に戻って機密文書を渡し、サスケの死亡を伝えなければならない。そして、取り出した眼球も、医療班へ渡さなければならない。
 3人はあまり言葉も交わさないまま、ただ黙々と里へと走り続けた。
 半日ほど走り続け、夕刻には里に着いた。
 カカシは報告などのために火影のもとへ向かったが、サクラとナルトはそこで解放された。 後日また招集がかけられるだろうが、とりあえず今日はゆっくり休めとのことだった。



 ちょうど夕餉の時間帯でにぎわう町を、サクラとナルトは並んで歩いた。里はまるでいつも通りで、仲間が死んだということがなんだか信じられなかった。
 それでも今隣に、いつもいた黒髪の少年はいないのだ。
「サクラちゃん。子供、ちゃんとできてるといいね」
 不意にナルトが言った。
 どういう状況だったにしろ、サクラが妊娠していればそれは大切な仲間の忘れ形見だ。写輪眼のことを抜きにしても、そうなればいいと、ナルトは心から願っていた。
「……無理だよ……」
 サクラは力なく首を振った。
「なんで? ちゃんとできなかったの?」
「ううん、したけど。私が駄目なの」
「サクラちゃん?」
「私ね、今まで何回も妊娠して中絶してて、何回目かの手術のとき失敗して、もう子供、産めないって」
「サ……」
 ナルトは言葉を失う。一瞬のうちにいろいろな感情が頭を駆け巡ったけれど、そのどれも言葉にはならなかった。
「こんなことして、忍者失格だって分かってる。私はどうせ妊娠できないんだから、他の方法を取らなきゃいけなかった。でも私、サスケくんと、したかったの」
 妊娠が不可能なら、無駄な性交をするよりも、たとえば眼球と同じようにサスケの精巣を切り取って里に持って帰るなど、わずかな確率でも『うちは』の血筋を残せる方法を遂行しなければならなかった。忍びとしては、そうしなければならなかった。
 サクラのしたことは、結果的に、『うちは』の血筋を絶やすことだ。でもあのとき、サクラはそのことをカカシに告げられなかった。
 写輪眼を持つ『うちは』の血筋が、木の葉にとってどれほど重要か分かっている。
 その『うちは』を絶やすことになっても。

「一度でいいから、好きな人と、したかったの」

「サクラちゃん……」
 今まで泣きそうな顔をしていても、決して泣かずにいた少女の目から堰を切ったように涙があふれていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 壊れた人形のように、その言葉を繰り返す。
 泣きじゃくるサクラを、ナルトは抱きしめた。
 ナルトだって小柄なほうだが、それよりもさらに小さな肩。この小さな肩は、一体何を背負っているのだろう。
 たとえばナルトも、『九尾』という大きなものを背負わされた。だがナルトだけでなく、この里に生きるすべての者が、何かを背負って──背負わされて、生きているのかもしれない。
 サスケの吐き出した精液は、何の結果ももたらさない。
 一人の少女のエゴによって、木の葉の里は『うちは』の血筋を失った。
 このことが上層部に伝えられれば、サクラには何らかの処分が下されるのだろう。
 でも、ナルトには、サクラを責めることはできなかった。
 そして、サクラが泣きやむまで、ただその小さな肩を抱きしめていることしか、できなかった。


 END.