リバーシブル・エッジ 9


 いつも、放課後練習がはじまる前の部室は、制服からジャージやユニフォームに着替える部員達で混みあっている。あまり広くはない部室で、20人近くの部員が一斉に着替えているのだ。袖を通すために腕を伸ばせば、すぐに人に当たってしまいそうだった。
 練習が終わったあとなら、1・2年生は後片付けやコート整備があるため、部室を使うのに時間差ができ、それほど混まないのだが、はじまるときは別だった。授業が終わる時間はどの学年でもほぼ同じであるし、遅刻をすれば鬼部長に校庭を走らされてしまうから、時間差で着替えることもできないのだ。
 どの部員も皆、狭さに顔をしかめながら、ときどき人にぶつかったりしながら、急いで着替えを済ませようとしている。
 それでもやはりレギュラーには気を使うのか、着替える不二や菊丸のまわりにはまだ余裕があった。多少空間に余裕がある。それでも狭いことにはあまり変わりはなかったけれど、マシと言えばマシだった。
 そんな中で、不二は着替えながら、ロッカーのひとつへ目をやった。
 ロッカーは学年ごとに並べられている。不二からすこし離れたところにあるそれは、リョーマのものだ。混み合う人の隙間から、そのロッカーを見つめる。そこにはまだ何も置かれていない。その持ち主がまだ来ていないからだ。
 不二の視線に気付いたのだろう。隣にいた菊丸も同じほうへ目をやり、ちいさく呟いた。
「おチビ、今日は休むのかな」
「どうだろう。大石とかにでも連絡いってるかな?」
 昨日部活中に倒れたリョーマは、大事を取って、朝練には参加しなかった。
 だから朝迎えに来なくていいという電話が、ゆうべのうちに不二のところに来ていた。といっても、電話をかけてきたのはリョーマの母親で、電話に出たもの不二の姉だったため、不二はその伝言を聞いただけだった。
 不二はリョーマが気になって、昼休みに1年の教室まで行ってみたが、リョーマは休みだった。
 放課後練習がはじまろうとする今になっても、まだリョーマの姿は見られない。もしかしたら彼は今日はこのまま休むのかもしれない。
 不二はちいさく溜息をついた。
 ひとめでいいから、リョーマに会いたかった。
 つい昨日、この気持ちを自覚してから、ずっと胸が苦しい。

(すき)

 言葉で表すなら、それはそんなたった2文字でしかない。どこにでも転がっていそうな、陳腐な言葉だ。──いや、そう思っていた。今までは。
 今まで、不二は数多くの少女達から、その言葉を告げられてきた。だがそれに、まともな返事を返したことなどなかった。表面的には優しい言葉ときれいな笑顔で応えながら、けれど、その変わり映えのしない言葉達を、どこか小莫迦にしたような冷めた感情で見ていた。
 ──知らなかったから。
 なんにも分かっていなかったから。
 たった2文字で表されてしまうその陳腐な言葉が、こんなに重いものだとは。こんなにも胸を苦しくさせるものだとは。自分が実際に抱えてみるまで、気付くこともなかった。
 きっと彼女らも、こんな苦しいほどの胸のうちを抱えて、あるだけの勇気を振り絞って、その言葉を自分へと告げたのだろう。せめてもっと誠実な対応をしてやればよかったと今更ながらに後悔する。
(リョーマ)
 この心を、リョーマに告げたら、彼はどんな顔をするだろうか。
 嫌われているとは思わない。もし嫌われているのなら、彼ははっきりとそれを態度に表すだろう。先輩だからなんて理由で遠慮をしたりしない、そういう性格だ。ましてや、嫌いな相手と、たとえ気まぐれでもお遊びでも、『恋人』になんてならないだろう。
 それなら、どう想われているのか。
 たとえば、『テニスのうまい先輩』としては、ある程度慕われていると思う。彼にとって『テニスの強さ』は、それだけで好意を示すひとつ要素となるから。
 他には、いつも奢ってくれるとか、話していて退屈はしないとか、いくつかの点で、好意は持たれているとは思う。
 けれど、不二の『好き』と同じ意味で、リョーマも不二のことを想っているとは、到底考えられない。

『恋人同士』というこの関係は、正しい意味を持たない。

(もしも、好きだと告げたら)
 リョーマは、この関係から──逃げ出そうとするかもしれない。
 彼が不二と付き合うことを承諾したのは、不二のことなどどうでもよかったからだ。そして彼にとって不二が、不快を与える存在ではなかったから。
 不快を与える存在になれば、すぐに『恋人』という関係など解消されてしまうだろう。
 今まで不二が付き合ってきた女の子達の中には、「好きじゃなくてもいいから付き合ってくれ」と言ってきた子もいる。だがそれほど面倒くさく疲れる関係はなかった。
 たとえば体だけと割り切った関係ならともかく、大抵は、好きじゃなくていいと言いつつ、好きになってほしいという願いと期待を込めている。そんなふうに一方的に押し付けられる想いは、重荷でしかない。
 きっとリョーマも同じだろう。この想いを告げても、彼にとって重荷にしかならないだろう。
(それなら、何も言わないほうがいい)
 何も言わずにいたなら、このままの関係を続けられるだろうか。この『恋人』という関係を。そうすれば、彼から気持ちを向けられることはなくても、彼の傍にいることは出来る。いちばん近くにいて、一緒に帰ったり、たわいない話をして笑いあったりすることはできる。
 けれど、そう思う一方で、自覚してしまった想いは、不二の意志など無視して暴走しようとする。リョーマにも想いを向けてもらいたいと。
(ああ。僕は莫迦だ)
 自嘲に、不二は口元をかすかに歪める。
 今の不二の考えは、それこそ彼が今まで邪険にしてきた少女達と同じだ。好きじゃなくていいと言いつつ、好きになってほしいと言う願いを捨てられずに、うわべだけの関係でもつないでいきたいと願う。
 一体不二の何処に、彼女達を嘲笑う権利があったと言うのか。それとも、これは、彼女らの心を嘲笑った報いだろうか。
 不二は脱いだ学生服の上着をたたもうとして、ふと布の感触に違和感を感じる。何かがカサリと音を立てた。
(──あれ?)
 そして胸ポケットに入れたままだった一枚の紙の存在を思い出した。
 それは、昨日、乾にもらった、新聞のコピーだ。
(…………)
 人の多い部室で、それを取り出して眺めることはためらわれた。代わりに、服の上から、そっとそれに触れる。
 5年前の、あまり大きくはない新聞記事。
 そこに書かれていたことを、思い出す。そこに書かれているのは、5年前に起きた強盗事件だ。淡々とした言葉で、起こった事実だけが並べられている。ただそれだけ。その文字列の中には、何の感情も込められていない。
 けれど、実際にその事件に関わった者達にとっては、どんなに深い傷を残しただろう。
 5年前、リョーマの家に強盗が入り、子供がひとり殺されている。殺されたのは、リョーマのひとつ年上の兄だ。リョーマは無事だったものの、兄が殺される場面に遭遇しているのだ。この事件は、リョーマの心に、どれほど深い傷を残しただろう。おそらくは、思い出すのもつらいくらいに。
 昨日リョーマが倒れたことも、この事件のせいなのだろう。菊丸は、ちょうどそのとき兄弟の話をしていたと言っていた。きっとリョーマは、この5年前の事件を思い出してしまったのだろう。
 この事件が、今もリョーマの心に傷として残っていることは分かる。
 だが、それがどう手塚と関わっているのか、それはわからなかった。
 手塚がリョーマのはとこであるというなら、当然、ちいさいころから知っているだろう。この5年前の事件のことも知っているだろうことは、容易に想像つく。だがそれだけでは、彼らのよそよそしい態度の説明にはならない。
 ──あるいは、手塚もなにか、この事件に関わっているのだろうか。
 新聞記事で語られているのは、事件に関する事実のみだ。それ以上のことは、何も分からない。
「不二着替え終わった? んじゃ行こうよ」
「ああ。うん」
 菊丸の声に、不二は沈み込んでいた思考を引き上げられる。
 気付けば、部活開始時刻はすでに迫っていた。あれほどいた部員達も、着替えを終えて出て行ったのだろう。だいぶ数も減っていた。
 リョーマのことは、今はこれ以上考えてもしかたないだろう。こうしてひとりで悶々と考えていても埒があかない。とりあえず今は部活に集中しようと、不二は気持ちを切り替える。
 不二は菊丸と共に部室を出て、コートへと向かった。コートではすでに半数くらいの部員がウオーミングアップをはじめていた。
 不二も菊丸と共にいつものようにアップをはじめようとして、ふと動かした視線の先に、釘付けになった。軽く目が見開かれる。
 コートの向こうに、こちらへ向かってくる、ちいさな影を見つけたからだ。それは見間違えるはずもない。──リョーマだ。
「あっおチビ!」
 菊丸もその姿に気付いたようで、驚いたような声をあげた。
 それに反応してリョーマは部室へ向かおうとしていた足をとめて、コートへと入って来る。リョーマはすでにテニスウエアだった。おそらく部活にだけでてきたので、制服ではないのだろう。持っているのもスポーツバックのみで、学生鞄を持っていない。
「ちっす。不二先輩、英二先輩」
「おチビ……」
 いつもなら、菊丸はここでリョーマに飛びつくだろう。だが今日は、いつものように抱きつくのをためらっているようだった。彼なりに、昨日のことを気に病んでいるのだろう。気付かぬうちに、何かリョーマを傷つけてしまったのではないかと。菊丸の視線が不安定にさまよう。
 それを見て、リョーマは帽子のつばをすこし上げて、生意気そうに菊丸を上目遣いに見上げた。
「どうしたんすか。英二先輩。今日なんか変っすよ。昼に拾い食いでもして腹でも壊しました?」
「……拾い食いって、なんだよそれ! おチビ、俺がそんなことするように見えるか?!」
「見えるっすね」
「く〜〜おチビ生意気にゃ〜〜!!」
「わ〜〜英二先輩、ギブギブ!!」
 菊丸はリョーマに飛びつくと、その頭を抱きかかえてぐりぐりとなでる。それにリョーマは笑いながら応じる。いつもの二人のじゃれあいだった。菊丸にもいつもの笑顔が戻っている。
 二人のじゃれあいが一段落するのを待って、不二は格別の笑顔でリョーマに近づいた。
「リョーマ君」
 今日は会えないかもしれないと思っていたから、こうして会えて嬉しかった。
「具合、大丈夫?」
「はい。えっと……」
 リョーマは何かを言いたげに、リョーマは視線をさまよわせる。いつもはっきりした物言いの彼にしてはめずらしいことだった。
「? どうかした?」
「……不二先輩、昨日、」
 リョーマは何かを言いかけて、けれどそこでとめてしまった。不二は内心首をかしげながら、そのままリョーマの言葉を待つ。
「昨日、不二先輩が」
「おっ越前! なんだよおまえ、来て大丈夫なのか!?」
 言いかけた言葉が、大きな声にさえぎられる。ちょうど着替え終わってコートに来た桃城が、リョーマを見つけて寄って来る。
「大丈夫なのかよ。昨日はホント、ビックリしたんだぜ!」
「桃先輩もう大丈夫っす」
「まあ元気になったんならよかったな!」
「もうすぐ部活が始まるぞ。何を騒いでいる」
 不意に響いた厳しい声に、みんなの動きが一瞬止まる。声のほうを向けば、手塚がコートに入ってくるところだった。
 手塚も、リョーマの姿を見つけて、驚いたように一瞬動きを止める。彼も、今日はリョーマが来るとは思っていなかったのだろう。
「部長」
 リョーマは自分から手塚のほうへと近づいてゆく。
「……部長、昨日はありがとうございました」
 手塚の正面へ来て、ちいさく頭を下げた。
「いや。……無理はするなよ」
「はい」
 どこかぎこちない会話が交わされる。必要な要件だけを取り交わし、言葉が途切れた。短い沈黙が訪れる。
 けれど、ふと、手塚が手を伸ばした。
 そして、帽子の上から、ぽんぽんと軽くリョーマの頭を優しく叩いた。
 それはただそれだけの、ほんのちいさな行為だ。菊丸などはいつもリョーマに抱きついているし、それに比べれば、たわいもない行動だ。だからそれを見ていた他の部員達も、それに関して特に何も思わなかっただろう。
「練習をはじめるぞ!」
 手塚はコートの部員達に向かって声を張り上げながら、リョーマの脇を通り過ぎる。
「…………」
 手塚が去っても、リョーマはうつむいて、固まったようにその場に立ち尽くしていた。
 そして、その頬がすこしだけ赤くなっていることに、不二は気付いていた。どこか嬉しそうに口元がほころんでいることも。
「────」
 不二の胸の中に、不快な感情が湧きあがってくる。
 リョーマと手塚のあいだに何があったかなんて、不二は知らない。5年前に何があったかも、昨日何があったかも。でも、明らかに、昨日とは違っているようだった。二人とも、すこしずつだが歩み寄っているように見えた。
 それがひどく面白くない。
 リョーマの『特別』でいたいのだ。そのために、『恋人』になった。それなのに、彼の『特別』は、自分ではないのかもしれない。
(いやだ)
 自分の中に、どす黒い感情が湧き上がるのが分かる。
 これは醜い嫉妬だ。それは不二にもわかっている。それでも、あふれてくる感情をとめられない。
「不二? どうかした?」
「──なんでもないよ。僕らも行こう。練習はじまるよ」
 菊丸に問い掛けられて、不二はいつもの笑顔になろうと必死になった。けれど上手く笑えない。
 笑えなかった。



 だんだんと薄暗くなってゆく街並みを、リョーマは不二と並んで歩く。かすかに吹く風が髪を揺らす。いつものように、リョーマは不二と共に家路についていた。
 いつもと違うのは、リョーマがテニスウエアのままであることと、会話が弾まないことだ。
 いつもなら、帰り道、ふたりでいろいろなことを話しながら帰る。それはテニスの話であったり、今日見たいテレビの話であったり、軽い冗談であったり、いろいろだ。不二は聞き上手であり話し上手でもあって、リョーマを退屈させたことなどなかった。
 だが今日は、いつものように会話が弾まない。不二はめずらしく機嫌でも悪いのか、リョーマが話し掛けても、二言三言言葉を返すだけで話を途切れさせてしまうのだ。ときどきリョーマから話し掛けたりするのだが、長くは続かず、すぐに沈黙が落ちてしまう。
(なにか、あったのかな?)
 不二と一緒に帰るようになってから、こんなことははじめてで、だからリョーマはどうすればいいのか分からない。様子をうかがうように不二の顔を見つめても、そこにあるのはいつもの笑顔だが、どこか違うようにも見える。
 そのせいもあって、リョーマは、昨日迎えが来るまでずっと付いていてくれたのが不二なのかどうか、不二に尋けずにいた。
 不二だろうと思うのは、リョーマの願望でしかない。あるいは、それが不二であっても、先輩として後輩を心配したとか、理由はいろいろ考えられる。自分だけがうぬぼれているようで、尋くことが出来ない。
(────)
 多分いろいろなものが、すこしずつ動きはじめているのだと思う。
 たとえば、自分の不二への気持ちや、──それから、手塚のことも。
 ふと、リョーマは、今日手塚に軽く叩かれた頭へ手をやった。あの感触を思い出す。大きくて、優しい手。昔は、いつも手をつないだり頭をなでられたりしていた。なつかしい感触。
 昨日から、ほんのすこしだけれど、手塚との距離が縮まったような気がする。
 すぐに、何もなかったように戻ることは出来ないけれど。それでもすこしずつすこしずつ。ほんのすこしでも、歩き出せているのだろうか。
「リョーマ君?」
 不意に声をかけられた。顔を上げると、不二がこちらを見ていた。その瞳は、どこか冷たい。
「不二先輩?」
「……手塚のことでも、考えてた?」
 不意に言われた言葉に動きが止まる。
 たしかに手塚のことを考えていた。だが何故、こんな冷たい目で見つめられなければいけないのだろう。不二の気持ちが分からずに、リョーマは戸惑う。
 数秒の気まずい沈黙が落ちたあと、不二が口を開いた。
「リョーマ君は、手塚と、はとこなんだってね」
「……っす」
 手塚とはとこであることを、不二が知っていたことにすこし驚く。けれどそれは別に隠すことでも知られて困ることでもない。きっと手塚か竜崎あたりから知ったのだろう。
「……5年前」
 不二の言葉が、静かに落とされる。それはただそれだけで重要な意味を持ち、リョーマの体が思わずこわばる。急速に心が冷えてゆく。
「手塚と、何かあったの?」
「──不二先輩には、関係ないです」
 突っぱねるように、リョーマは言った。
 不二が何をどこまで知っているのか、何を言おうとしているのか、何を知りたがっているのか。なにひとつリョーマは分からなかったけれど。頭で考えるより早く、拒絶の言葉が口を突いて出た。
 明らかに気分を害したように、不二の片眉が上がった。彼がそんな感情を表に表すのはめずらしいことだ。それだけ不快の大きさを表している。
「……僕らは『恋人同士』でしょう? 関係ないってことは、ないと思うけど」
「っ、──そんなの」
 たしかにリョーマと不二は『恋人同士』だ。だがそれは、名目上のことでしかない。不二はただ『興味』から、そんなことを言い出したに過ぎないのに。こんなときだけそれを振りかざすのはずるい。
「言えないようなことなの? 手塚が、そんなに大事?」
「────」
 いろいろな感情が、リョーマの中で一気にあふれて、上手く収拾がつけられない。
 不二が何をどこまで知っているのか、何を言おうとしているのか、それは分からないけれど、何故そんなことを言われなければならない? 『恋人』という言葉は、そんなにも効力を持つものだというのか?
 あの事件で、手塚がどれほど苦しんでいるか、知っている。どれだけ自分を責めているか。
 5年という月日が経って、すこしずつ傷も癒されているけれど、まだそれは大きな痛みをともなっているのだ。えぐり返されることには耐えられない。耐えられないのだ! たとえそれが不二であっても、『恋人』であっても!!
 そんなふうに言われることには耐えられない!!
「なんにも、知らないくせにっ!」
 気付けばリョーマは叫んでいた。悲鳴のような声が、あふれだす。
「なんにも、知らないくせに! くににいは……!!」
 リョーマの態度が不二の逆鱗に触れたのか、いつも微笑みの形に閉じられた不二の瞳が瞬間的に開かれた。それは突き刺すような鋭さを持っていて、リョーマは思わず怯んでしまう。
 そんなリョーマに不二の腕が伸びて、胸倉を掴まれた。
(殴られる!)
 そう思い、とっさにリョーマは首をすくめて、強く目をつぶった。
 しかし次の瞬間、頬に衝撃を感じる代わりに、つかまれた胸倉を強く引き寄せられ、噛み付くようにくちづけられていた。
(!?)
 驚きに、目を見開く。焦点が合わないほど間近に不二の顔があった。
「……っ、やだっ……!!」
 突然のことに驚いて、リョーマは不二を押しのけようともがいた。逃れようとするのに、不二の力にかなわない。
 触れ合うくちびるは、激しくて痛みさえもたらす。

「────っ!!」

 懇親の力で、不二を突き飛ばした。
 よろめくように、不二の力がゆるんだその隙に、リョーマは不二の腕から逃げ出した。そのまま踵を返して駆け出す。
「リョーマっ!」
 後ろから不二の声がしたけれど、振り向くことも出来ずに、ただひたすら、全速力で走った。そうすることしか出来なかった。
 くちびるに、まだはっきりと感触が残っている。それは痛みだけではなくて、不二の熱も残されている。
(どうして)
 湧き出す疑問は、答えを持たない。
 何故不二があんなことを尋いてきたのか。
 何故急にキスなどしてきたのか。
 今心臓が切り裂かれそうなほど痛いのは、何故なのか。
 なにひとつ、リョーマには分からなかった。


 To be continued.

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