あの扉の向こうに(2)


 守護聖達は宮殿の謁見の間に集められていた。もう既に玉座には女王陛下がおり、厳粛な雰囲気が漂っている。
 今から、女王候補達との対面なのだ。
 そして女王候補達は陛下から試験に対しての言葉を承った後、守護聖共々飛空都市に移り女王試験が始まることになっている。
 中央の通路を囲むように並んだ守護聖達の中で、オスカーは皆には気付かれないように小さく溜息をついた。
(女王候補……か)
 自分も守護聖のひとりとして、いつかは女王試験に立ち会うことになるかもしれないとは思っていた。けれど、それは想像していたのとあまりに大きく違った。いや、試験内容や状況はほぼ想像通りなのだが、ただひとつ、女王候補が信じられないくらい想像と違っていた。
 片方の女王候補ロザリアは、彼の想像通りの女王候補だ。気品も教養もありそうで、女王としての資質も十分にありそうだった。
 けれど、ジュリアスから事前に見せられたもうひとりの女王候補アンジェリークの映像は、どう見ても10歳位の少女だった。しかもそれは過去の映像ではなく、現在の彼女の姿だという。
 敬愛する女王陛下やジュリアスのことを悪く言うのは気が引けるが、いくらなんでも彼女を女王候補とするのはおかしいと思ってしまう。
(それに……ジュリアス様は、何を隠していらっしゃるんだ?)
 何故あんな幼い少女を候補としたのか、オスカーはさりげなくジュリアスに聞いてみた。けれど、ジュリアスは曖昧な答えを返すだけで、何処かおかしかった。
(この女王試験に……あんな幼い少女が女王候補に選ばれたことに、何か秘密でもあるのか?)
 もしあるのだとしたら、それは守護聖である自分にまで内密にされるような重大な極秘事項ということになる。しかもそれには、次代の女王を決めるという重要な試験まで関わっているのだ。
「ねえオスカー。今から来る女王候補のこと考えてたでしょ」
 横から小声でオリヴィエが話しかけてきた。
「ああ」
「あんたもやっぱりおかしいと思う? あんな小さな子が選ばれたこととか、……年長組の態度とか」
 見かけや態度とは裏腹に聰いオリヴィエのことだから、何か気付いているだろうとは思っていたが、やはり同じように思っていたようだ。
「何かあるのかしらね、この試験。あんた、ジュリアスから何か聞いてないの?」
「聞いてない。というより、話してもらえない」
「あたし達にまで秘密なことって……なんだろうね?」
 オリヴィエは言葉を続けようとしたが、会話はそこで打ち切られた。女王候補の到着を告げるディアの声によって。
「皆さん、女王候補達がいらっしゃいました。ふたりをご紹介いたします」
 皆の視線が一斉に扉に集まる。
 音もなくゆっくりと扉が開かれて、まず姿を現したのは女王候補ロザリア。映像で見せられていたよりもさらに気品に満ちあふれ、堂々とした足取りで中へ入ってきた。
 けれど守護聖達の関心はその次に現われるだろう人物の方へ多く向けられ、皆の視線は扉に釘付けにされたままだった。
 謁見の間に向かい、近づいてくる小さな人影。遠方からでもその金の髪ははっきり輝いていた。映像で見たままの、場違いとさえ言えるほどの幼い少女。
 少女はひるむことも戸惑うこともなく、まっすぐに背を伸ばしたまま謁見の間に入ってきた。そのまま先に入ってきていたロザリアの隣に並ぶ。身長はロザリアの胸の下あたりまでしかない。
「皆さんご紹介しましょう。今回女王候補として招かれたロザリア・デ・カタルヘナと、アンジェリーク・リモージュです」
 ディアが言うと、ロザリアは玉座の女王と並ぶ守護聖達に優雅に頭を下げて礼を取る。
「ご紹介に預かりましたロザリア・デ・カタルヘナです。今回は女王候補に選ばれ大変光栄です。どうぞよろしくお願いいたします」
 貴婦人のようなその優雅な動きにオスカーは感心する。彼女なら、女王として玉座に座ってもおかしくないだろう。
 隣に立つアンジェリークは直立不動のまま動こうとはしなかった。けれど緊張で固まっているというようでもなかった。
「アンジェリーク。貴方からも皆様方に何かご挨拶を」
 ディアが気を使ってか、優しく促す。
 オスカーだけでなく、全員の視線が小さな少女に集中する。幼いながらも女王候補に選ばれたこの少女が一体どんな挨拶をするのか。
 集まる視線の中、少女は顔を上げ、綺麗な翡翠の瞳でまっすぐに女王と守護聖達を見据える。
「私は、来たくて来た訳じゃないわ」
 アンジェリークはきっぱりと言った。
 その言葉と、その歳には似合わぬ物言いに皆驚く。
「ただ、他に何処へも行く処がないから、ここへ来ただけ。私は…………女王になんて、なりたくない」
「アンジェリーク!」
 厳しいジュリアスの声が飛んだ。
 そのまま叱咤が飛ぶのかと思われたが、ルヴァが走り寄ってジュリアスをなだめる。
 アンジェリークはジュリアスの声に怯むこともなく、睨むように守護聖一人一人にゆっくりと視線を送っていった。
 その視線がオスカーに届いたとき、オスカーはその翡翠の瞳をまっすぐ受け留め、その中に何があるのか探るように見つめ返した。
(一体この試験に……この少女に、何があるんだ?)
 その大きな翡翠の瞳に映るのは、怒りと哀しみと恐怖?
 けれどオスカーがそれ以上探り当てる前に、少女の視線は隣のオリヴィエに移されてしまった。
(アンジェリーク・リモージュ……)
 その名をオスカーは心に刻む。
 今回の女王試験の裏に隠された秘密。一体何があるのか、何が起ころうとしているのか、オスカーはまだ何も知らなかった。


 To be continued.

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