あの扉の向こうに(5)


 その日、オリヴィエは平日ではあったが、小さな女王候補アンジェリークを公園のカフェテラスに誘い出していた。それはデートとしてではなく、ロザリアについての話がしたくて連れ出したのだった。
 ロザリアは、同じ女王候補なんだから仲良くしようと、色々アンジェリークの世話をやこうとしてるらしい。
 けれど、アンジェリークはそのすべてを拒否する。部屋で話をしないかと誘っても、一緒に聖殿に行かないかと誘っても、すべて断られるのだ。
 アンジェリークとロザリアの相性は悪くない。親密度も低いわけじゃない。
 一体どうしてなのかと、ロザリアは常々そのことを仲のよい夢の守護聖にもらしていた。
 だからオリヴィエが見兼ねて、もともとの世話焼きも手伝って、仲介役を名乗り出たわけだった。
 アンジェリークも、ただデートとして誘われたわけではないことを雰囲気として悟っているのか、ホットココアを前に冴えない顔をしていた。
「アンジェリーク。ロザリアのことなんだけどさ」
 オリヴィエが切り出すと、アンジェリークは何を言われるか分かっているかのように少しうつむいた。
「あんたなんでロザリアのこと避けるの? あのこのことキライ?」
 少女は小さく首を振る。
「じゃあどうして仲良くしようとしないの? ロザリアはあんたと仲良くしようと色々やってるでしょう。確かにロザリアはちょっと気位が高いというか、取っ付きにくいところあるけど、悪い子じゃないよ」
「知ってます。分かってます。ロザリアは、何も悪くないです」
「じゃあどうしてロザリアを避けるの?」
 責めるふうではなく、オリヴィエは優しく尋ねた。
「……私はロザリアをだましているから」
 ぽつりと、アンジェリークは小さく呟く。
「だます?」
 聞き返す夢の守護聖に、目を合わせずに小さくうなずく。
「だから、いつか、ロザリアは私を恨むから。憎んで嫌って罵るだろうから。……それが分かっているから」
「だから仲良くしないの?」
 アンジェリークは顔をあげて、オリヴィエを見つめて儚く笑った。その外見の歳には、およそ似合いわない、寂しげで哀しげな微笑み。
「仲のいい友達に憎まれるより、ただの知り合いに憎まれるほうが、つらくないから」
「…………」
 オリヴィエは思わず言葉を失った。
 アンジェリークはそんなオリヴィエを無視して、椅子から降りると一礼した。
「私、もう行きますね。オリヴィエ様、ごちそうさまでした」
 そして、オリヴィエの返事を待たずに、逃げるように小さな背中を向けて走り去ってしまった。



「おい極楽鳥。お嬢ちゃんと何を話していたんだ?」
 何処からともなくオスカーが現われて、ぼんやりとアンジェリークを見送るオリヴィエに尋ねた。
 このプレイボーイを気取る男は、本人は必死に隠しているつもりだろうが、女王候補として現われた小さな少女に参ってしまったらしく、彼女が気になって気になって仕方ないらしい。
 犯罪に近いような気がしないでもないが、どうやらオスカーはかなり本気らしいので、オリヴィエもそのことについては口出しせずにいる。
「……あのこが、ロザリアとあんまり仲良くないの知ってるでしょ」
「ああ」
「その理由を尋いたらね、『いつか憎まれるとき、仲のいい友達に憎まれるより、ただの知り合いに憎まれるほうがつらくないから』だって」
 それを聞いて、オスカーは眉をひそめた。
「……そんなことを、アンジェリークが」
 オリヴィエはオスカーの方に向き直った。彼にはめずらしい妙に真面目な顔で、オスカーを見た。
「オスカー。あのこが最初の謁見のときに言ったでしょう。何処にも行く場所がないからここへ来たって。その意味を、考えたことある?」
「……意味って?」
「あのこは、アタシ達が考えるよりも、ずっとずっと重いものを背負ってるかもしれないってこと」
「……」
 それは、オスカーも感じてはいた。試験だけでなく、彼女自身にも何か隠された秘密があるだろうと。そしてそれは、ずっと深くて重いものらしい。
「で、あんたは、それを受けとめるだけの覚悟があるの?」
 そう言われて、オスカーは一瞬目を見張った。オリヴィエにそんなことを言われるとは思っていなかった。
 そう、確かに彼女に本気で恋するということは、そういうことだ。まだ分からない、けれどそれがとてつもなく重大であるということだけ分かる、彼女の背負う秘密ごと、受けとめなくてはならない。
 けれどオスカーは次の瞬間には迷うことなく答えていた。
「ああ。何があっても、アンジェリークを守ってみせる」
 その見たこともない炎の守護聖の真剣な表情とまなざしに、オリヴィエは呆れたように、けれど何処か優しく、大袈裟に溜息をついてみせた。
「ま、頑張んなさいね、犯罪にならない程度に」
「大きなお世話だ!」
 そして二人は声をたてて笑い合った。
 まだ、その先に何があるか、誰も知らなかった。


 To be continued.

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