柩の中の約束(0)


 弔いの鐘の音が、まるで悲鳴のように高く鳴り響く。
 立ち込める空気は、この灰色の空のように暗く重く淀んでいた。
 そこに居並ぶ誰もが哀しみに胸を詰まらせ、涙をにじませる。
「彼は我々の英雄でした。いつでも勇敢に、この宇宙の平和を守るため戦い続け……」
 誰かが、彼の生前の活躍を褒め賛えて追悼の言葉を述べている。それが更に人々の涙を誘って、あちらこちらから啜り泣く声が上がった。
 英雄の、死。
 歴史に名を残す数々の戦いに勝ち、この宇宙を守ってきた英雄の戦死。
 彼に追悼の意を表わすため、多くの人達が集まってきていた。軍の関係者だけでなく彼に弔慰を表わす一般の民間人も多く参列し、柩の周りには黒い人だかりが出来ていた。
 その中で、人垣の後ろでひっそりと彼を見送る影があった。
 シックな黒いワンピースを纒い、黒いヴェールに隠されていてもなお、その隙間から漏れる金の髪の輝き。抑えてもあふれでるようなその美しさに、思わず場を忘れて目を引かれる者はいても、その人が、この宇宙の女王であるとは誰も気づかない。
(……ヴィクトール)
 俺は花が似合わないと自分で言って笑っていた彼は、今、花に埋もれて柩の中に横たわっている。
 けれど、アンジェリークはその姿を見ることはできなかった。人だかりのせいではない。遺体は損傷がひどく見るに耐えないということで、柩が開けられることはなかったからだ。
 人々は次々に柩の上に花を捧げ、最後の別れを告げて行く。
 アンジェリークもひっそりとその列に並び、開けられることのない柩の上に花を捧げる。
(でも、これはお別れの花じゃない。また会う日までの約束。そうでしょう、ヴィクトール)
 心の中でそっと、柩の中に横たわる人に語りかける。
(私達は、また会えるから。約束したから)
 それはふたりだけの、他の誰も知らない約束だった。
 人々が花を捧げ終え、一層高く鐘が鳴り響く。これから、柩を墓地に埋める合図だ。再び人々の泣き声が高くなる。
 アンジェリークはそんな人々に背を向けて、墓地を後にした。もうこれ以上女王不在を続けるわけにはいかなかったし、分かっているとはいえ……彼が埋められるところを見たくはなかった。
(また、会いましょう、ヴィクトール…………)
 鳴り響く鐘の音と共に吹き抜けた風に、ふと、彼の匂いが混じっているような気がした。まるで、今振り向いたら、そこに彼が立っているような錯覚を感じる。
 けれどアンジェリークは振り向かずに、まっすぐに歩いていった。
 その頬に、ひとすじだけ、真珠のような涙がこぼれていった。


 To be continued.

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