輝ける星(1)


 貴方は私の輝ける星
 だからいつでもいつまでも輝いていて

 どうか……輝いていて……



「ではこの書類をお願いします」
 エルンストは女王候補達に関してまとめられた書類を差し出した。
「分かりました、ご苦労さまです」
 桜色の衣装をまとった補佐官アンジェリークが、それを受け取りながらエルンストに微笑みかける。
 誰からも愛され、慕われているアンジェリークにそんな風に微笑みかけられて、思わず微笑み返さないものはいない。ただひとり、このエルンストを除いては。
 エルンストはにこりともせず、無表情にアンジェリークを見ている。その視線の鋭さに、アンジェリークは思わずひるんでしまいそうになる。
「では、これで私は失礼します」
 彼は無表情のままそれだけいうと、さっさと補佐官の執務室から出ていってしまう。
 音も立てずに閉じられた扉を見て、アンジェリークはそっと溜息をつく。
 エルンストとは補佐官に就任してこの聖地にやってきてからの付き合いだが、まるで嫌われているかのごとくに愛想がない。笑いかけてくれたこともなければ、挨拶や必要な用件以外の話をしてくれたこともない。アンジェリークの方から話し掛けても、向こうに話す意志はないことがありありと分かる答え方で、すぐに話は止まってしまう。
 本当に、嫌われているのかもしれない。覚えのないうちに、何か嫌われるようなことをしてしまったのかもしれない……。
 沈みかけた思考は、ノックの音と、その返事を待たずに入ってきた人物を見たことによって遮られた。
「ご機嫌はいかがかな、アンジェリーク。朝に別れて以来だな。会いたかったぜ」
 満円の笑みをたたえて入ってきたのは、炎の守護聖オスカーだった。アンジェリークの愛する夫である。
「オスカー」
 アンジェリークはかすかに頬を染めてオスカーに走り寄る。
「どうした? 何かあったのか?」
 走り寄るアンジェリークをオスカーが心配そうな顔でのぞき込んでくる。
「え、どうしてそう思うの?」
「君は公私は混同しないと言って、いつも執務中は俺に補佐官としてしか接してくれないだろう。それなのに、今日は走り寄ってくるなんて」
 いつものことながら、オスカーはアンジェリークに関しては何にも増して鋭く、誰にも増して心配性だ。
 エルンストに嫌われているのではと思い、少し沈んでいたせいで、オスカーの姿を見たとき思わず安心して走り寄ってしまったのだ。
「ん……ちょっと。さっきまで、エルンストさんが来ていてね」
「何かされたのか!?」
 もし何かあったなら、殺すだけではすまないと思わせるような剣幕にアンジェリークが慌てる。
「違うわ、なんにもされてないわ」
「じゃあどうしたんだ?」
「なんだか私、エルンストさんに嫌われているみたいで……」
「この聖地で君を嫌う奴なんているのか?」
 いぶかしげにオスカーは眉根を寄せた。
 オスカーがやっとのことで手に入れたこの天使は、誰からも愛されていて、あのジュリアスでさえアンジェリークには甘いし、あのクラヴィスでさえ笑顔を見せる。オスカーの妻となった今でもそれは変わらず、いやむしろ補佐官としての頑張りが評価され、また人間としての厚みも出てきた分、それは強くなってきたといえる。
 飛空都市と違いもともと人が多いうえ、さらに新宇宙の女王試験のために人が溢れている聖地で、アンジェリークを恋い慕う人物は並大抵ではないのだ。オスカーの妻であると分かっていながら、堂々とモーションをかけてくる不孫な輩のなんと多いことか。某ゲイジュツカとか、某あやしいグラサンとか、あとはあいつとかあいつとか……。この間なんか可愛い顔した何処ぞの王子様がホームシックだとか言ってアンジェリークに抱き付くし、それ以外にも…………。
 そこまで考えて、オスカーはとりあえず思考を止めた。考えが違う方向へ走ってきているし、これ以上考えても胸くそ悪い。
 ともかく、オスカーが困るくらい、アンジェリークは皆に好かれ愛されているのだ。それなのに、アンジェリークを嫌う人間がいるとは、驚くというより疑ってしまう。
「本当に嫌われているのか? どうしてそう思うんだ?」
「だって……。いつも無表情でにこりともしてくれないし、話し掛けても、全然私と話すつもりがないような答えばかり返されてしまうし……」
「考えすぎじゃないか? 俺もあの研究員と何度か話したことあるが、俺にだって笑いかけないし、用事以外の話をしたこともないぞ。他の奴と楽しげに話してるのも見たことないし、別に君を嫌っているからとかじゃなくて、もともとそういう奴なんだよ、きっと」
 アンジェリークを慰めながら、さりげなく腕の中に抱き寄せる。
 いつも執務中は補佐官として、一線引いた態度でしか接してくれないアンジェリークをこんな風に抱きしめられる機会は滅多にない。沈んでいるアンジェリークはいつもの立場を忘れて、大人しくオスカーの胸に収まっている。
「そうかしら……」
「そうさ」
 そうして、まだ寂しげな表情をしているまぶたに軽くくちづける。アンジェリークに好意を寄せて近寄ってくる奴も困るが、逆に冷たくて愛する天使にこんな顔をさせてしまうような奴も困りものだ。
 オスカーにとって、最愛のアンジェリークに関しては、悩みは尽きることなどないのである。
「アンジェリーク……」
 調子に乗ってくちびるにくちづけようとしたオスカーは、その口をアンジェリークの可愛らしい手でふさがれる。
「オスカー、今は執務中です! それに、何か用事があって来たんじゃないんですか?」
「ああ、この書類を届けに……」
「分かりました。書類は確かに受け取りました。それじゃあオスカーも早く執務に戻ってください」
 オスカーに慰められて一応納得して、もう補佐官モードに入ってしまったらしい。
 こうなってしまっては、もうどうしようもない。
「分かった、執務に戻るよ」
 オスカーはアンジェリークを腕の中から離して、降参のポーズを取った。
「あ、待って、オスカー」
 仕方なく部屋から出ていこうとするオスカーをアンジェリークが呼び止めた。
「ん? なんだ?」
 振り向いたオスカーのくちびるに、軽くアンジェリークのくちびるが重ねられる。
 一瞬の、風のような出来事に、オスカーは目を丸くしてただ突っ立ったままでいる。
「帰ったら、ね。それじゃあお仕事頑張ってくださいね」
 笑顔とかすかなくちびるの感触と甘やかな残り香だけを残して、オスカーを廊下に追い出すと、その目の前で補佐官室の扉は閉められる。
 オスカーは扉の閉まる音でやっと我にかえり、それから自分の赤い髪を乱暴にかきまぜた。
「まったくあのお嬢ちゃんは……やってくれるぜ」
 結局、どうしたってあの可愛らしい天使にかなうわけもないだ。
「帰ったら、か。約束だぜ、アンジェリーク」
 オスカーは閉じられた扉に囁きかけると自分の執務室へと戻っていった。



 ばさり、羽音。音に惹かれて空を見上げた。
 いや、それはきっと、幻聴だろう。何故ならそれは光の翼で、実体を持っているわけではないから。
 光が降りてくる。光に包まれた少女……天使。
 目を開けていることも出来ないくらい眩しくて、けれどその姿を見たくて、目をつぶってしまうのが惜しくて、必死で目を開けていた。見つめていた。

 あの日から、貴方は私の輝ける星。
 その光が、私の道標。

 だから貴方は輝いていて。
 私が迷うことなどないように。



「エルンストさん!」
 研究院の廊下で、エルンストは自分を呼ぶ声に立ち止って振り返った。
 廊下の向こうから、金の巻き毛を揺らしながら、補佐官アンジェリークが小走りに駆けてくる。淡い色のヴェールが背で柔らかにひるがえって……まるで……羽根のよう……。
 遠い記憶がよみがえる。遠い遠い記憶。今も彼を支配している、鮮やかな記憶。
(錯覚、だ)
 エルンストは自分に言い聞かせる。
 そう、あれは羽根ではない。そして彼女は天使ではない。……今はもう。
「何か御用でしょうか、補佐官様」
 感情のすべてを隠して、エルンストはいつも通りの無感情な声を出す。
 追いついたアンジェリークは少し息を弾ませながら、それでもエルンストに微笑みかける。頬が蒸気していつもより赤く染まって、鮮やかさをきわだたせる。
「今度の日曜にお茶会を開くんです。教官の方々や女王候補達も招いて、親睦をはかろうと思いまして。エルンストさんもいらっしゃいませんか?」
 その微笑みは今も昔も変わらなくて、だからこそ、エルンストは皆が愛するこの笑顔が苦手だ。
「……そうですね……」
 くい、と眼鏡を押し上げる。
 戸惑いそうになる自分の表情を少しでも隠すため。
 アンジェリークはそんなエルンストの気持ちになど気づかずに、笑顔で話しかけてくる。
「それ、エルンストさんの癖ですね。そうやって、眼鏡を押し上げるの」
 真似をするように、自分の眉間の辺りに細い指を持ち上げる。
「目がお悪いんですね。やっぱり本をたくさん読まれるからですか?」
「いいえ……もっとずっと小さなころに、目を悪くしまして」
 嫌な沈黙が落ちてくる。
 アンジェリークは、エルンストと話をするきっかけのひとつとして眼鏡のことを持ち出したのだ。それなのに、事実だけを述べる簡潔な口調に、そこで会話は打ち切られる形になってしまう。
「エルンストさん、あの……私、何か貴方のお気に触るようなことでもしましたでしょうか?」
 アンジェリークは思い切ってその質問を口にした。
 オスカーはそんなことはないと言っていたけれど、やっぱり本人を目の前にすると、嫌われているのではないかという感が否めない。
 そんなのはつらかった。悪いところがあるならちゃんと謝って、直して、笑顔で付き合えるようになりたかった。
 花がほころぶようだったアンジェリークの笑顔が、ともすれば泣きそうな顔になる。
 エルンストは内心動揺する。笑顔を見るのはつらいけれど、そんな顔をさせたかったわけでもない。そんな顔を見るのも、つらい。
「貴方のせいではありません」
「でも……」
「ただ私が勝手に期待をして、自分の希望通りに行かなかったから、裏切られたような気になっているだけですから」
「期待……? 私にですか?」
「ええ」
「私、何か失敗でもしたでしょうか」
 彼女は必死で、補佐官に就任してから今までの仕事を思い返しているようだった。
 エルンストはもう一度眼鏡を押し上げる。自分の表情を隠すために。
「そうではありません。貴方は補佐官として、とても有能です。補佐官としては、何ひとつ文句を付けることもありません」
「じゃあどうして……」
「貴方が補佐官である、そのことが私の期待通りではなかったんです」
 アンジェリークが分からない、という顔をする。そうだろう。彼女は何も知らない。エルンストのことなど、何ひとつ。
 アンジェリークにとってエルンストは研究院の主任でしかないのだ。それ以上でもそれ以下でもない。彼女は何も知らないから。
 不意に、そのことが腹立たしいような気になってきた。意味のないことだと、見当違いのことだと分かっている。でも、だからこそ……やりきれない。
「……私は昔、一度だけ貴方にお会いしたことがあるんですよ」
 本当は、言うつもりなんてなかった。ずっと胸に秘めていこうと思っていたことが、自分の意志を裏切って、口をついて出た。
「いつですか?」
 アンジェリークが首を傾げる。
「会ったという表現は正しくありませんね。貴方を見たことがある、というのが正しい表現でしょうか」
(私は……何を言っているんでしょう。言って、どうしようというのでしょう。言った処でどうしようもないのに。彼女を傷つけるだけなのに)
 自分の感情はただの八当たりだと自分で分かっている。だから、ずっと言わずにいようと思っていたのに。
 一度あふれた言葉はもう止らない。

「私は、エリューシオンで生まれ育ったんです」

 瞬間、アンジェリークが翡翠の瞳をこれ以上ないくらい見開いた。まったく、考えても見なかったことなんだろう。
 エルンストはせわしなく、何度も何度も眼鏡を押し上げる。眼鏡なんて、ずれていないのに。ただ、自分の表情を隠したくて。
「貴方にとってはほんの数カ月前のことかもしれませんが、私にとってはもう20年近く前のことです」
「でも……私は大神官以外には姿を見せていないのに……」
「ええ。貴方はずっと大神官にだけ姿を見せて、私達は大神官からその話を聞くだけでした。子供心に、貴方にずっと憧れていました。エリューシオンを守る光り輝く天使様に……。そして貴方は一度だけ私達にも姿を見せました。大陸の西で大災害が起こったときに」
「あのときに!?」
 アンジェリークは思い出した。試験中、一度だけ規律を破って大陸エリューシオンに降り立ったことがあった。
 大陸の西にあった火山が大噴火を起こしたのだ。それはサクリアによるものではなく、全くの自然の摂理によるものだったため、研究院で予測することもできず、突然に起こり、大陸に多くの被害を及ぼそうとしていた。
 アンジェリークはそれを黙って見ていることが出来ず、民を助け安全な処へ導くために、大陸に降り立った。
 あのとき、もう既に当時の女王を越えるかというほどにサクリアを持っていたため、神官以外の者にもその姿を見ることが出来ただろう。
「私が幼いころ見た貴方は、眩いばかりに光り輝いていました。のちに貴方が女王候補であると知り、貴方こそ女王に相応しいと思いました。貴方が女王となり、この世界の頂点で誰よりも輝くと思っていたんです。だから私は研究員となることを志し、今まで頑張ってきました。実際飛空都市で行なわれていた試験のデータを見ると、貴方の方が女王陛下よりも勝っています。けれど……貴方は、女王の座を自ら放棄し、補佐官の座を選びました。私はそれが、許せないのです」
 無感情な声が冷たく響く。
「エルンストさん、私は……」
 アンジェリークは強く握り締めた拳をかすかに震わせながら、返す言葉を必死で探した。
 試験を放棄し女王の座を蹴ったことは確かだが、エリューシオンの民を見捨てたわけではないし、宇宙なんてどうでもいいと思ったわけではない。……いや……思ったかもしれない。大陸も、宇宙も、どうでもいいと。ただ愛するもののことだけを、自分のことだけを考えて、試験を放棄したのかもしれない。
 だから、エルンストに何を言えばいいのか分からない。
「先程も言いましたが、貴方が女王になると思ったのは私の勝手な思い込みであり、個人的な希望です。だから、貴方が悪いわけではないんです。貴方には貴方の人生があるのですし、今この宇宙は現女王陛下によって見事に治められています。ただ私が、私の希望通りでなかったことに、勝手に腹を立てているだけなのです。どうぞお気になさらずに」
 自分でも、馬鹿なことを言っていると思う。ここまで言っておいて、気にするなという方が無理だ。彼女のまっすぐな性格を考えればなおさら。
 だだっこと同じだ。かまって欲しくて、気にして欲しくて、でもそれを必死で格好つけている。
 女王にならなかったアンジェリークよりも、そんな自分が一番腹立たしい。
 でも、止められない。
 それほど、アンジェリークはエルンストの中で大きな部位を占める存在なのだ。
「……では失礼します。お茶会の件は、のちほど日程を検討して出席させていただくかお伝えします」
 エルンストは眼鏡を押し上げるだけでは表情を隠しきれず、アンジェリークから逃げるように背を向けた。それはアンジェリークには、強い拒絶に映るだろう。それも分かっているけれど、今は感情のままにしか動けない。
 アンジェリークはひとり廊下に取り残されて、しばらくくちびるを噛みしめていたが、やがてこらえ切れずに翡翠の瞳から涙があふれだした。
 試験を放棄すると決めたとき、こんなこともあるかもしれないと考えたはずだった。試験放棄を責められるかもしれないし、他の誰かを傷つけるかもしれないと。それも覚悟の上で、選んだ道のはずだった。
 でも今まで、それを誰も責めずに、むしろオスカーとのことを祝福してくれる人ばかりだったから、忘れかけていた。
 エルンストに責められてなんの言葉も返せなかった。
 声を押し殺して泣いた。本当はこんなふうに泣く権利さえない気がする。だけど涙はどうにも出来ずに流れ続けて……。
 アンジェリークの中で、押さえていた何かが切れた。
 アンジェリークは逃げ出すように研究院から走り出た。自分で分からないくらい無我夢中でただひたすらに走って、辿り着いた扉をぶち当たるような勢いで開けた。
「……アンジェリーク!?」
 オスカーが突然の、しかも尋常ではない様子で現われた来訪者に驚いて、声を荒げながら椅子を蹴って立ち上がった。
 アンジェリークはオスカーの姿を見て、それでやっと、そこが炎の守護聖の執務室だと知った。無意識のうちに、ここに、オスカーの処に逃げ込んでいた。今はもう、そこしか居場所がなかった。
「どうしたんだ、アンジェリーク!?」
 それには答えず駆け寄るオスカーに飛び付くようにすがりついた。すがりついて、アンジェリークは声をあげて泣き出した。
 泣き過ぎて、いつのまにか意識を手放してしまうまで、ずっと。



 まだ、8歳のときのことだった。
(天使様……)
 迫り来る死の恐怖の中で、エルンストは必死にその名を呼んでいた。ただひとつのお守りのように。
(たすけて、天使様……)
 そうやって祈るしかできなかった。
 村の近くの火山が突然噴火し、パニックになって逃げ惑う人達の波に巻き込まれ、いつのまにか手を引いていてくれた母親とはぐれてひとりきりになっていた。どっちへ行けばいいのかも分からずに、ただ迫り来る死を感じながら、その名を呼ぶことしかできなかった。
 幼いころから聞かされ続けた、この大陸と民を守ってくれるという、天使……。
(天使様……!!)
 不意に、空が光った。皆が逃げる足を一瞬止めて、空を見上げた。
 火山灰で濃灰色に覆われていた空が光に包まれて、最初太陽が雲間から射したのかと思った。
 けれど違うことはすぐに分かった。光はどんどん強く大きくなり、そして、光の中に誰かが、いた。

(…………てんし、さ、ま…………?)

 誰もが恐怖を忘れて棒立ちになり、空を見つめた。
 それは、まぎれもなく天使だった。この大陸を守護するという、天使。
 光り輝きながら舞い降りてくる天使は太陽よりも眩しくて、皆が目を覆った。けれどエルンストだけはしっかりと目を見開いてその姿を見ていた。その眩しすぎる光がエルンストの視力を落とした。
 けれど視力なんて惜しくなかった。もしあのまま目が完全に見えなくなったとしても、あの光輝く姿を脳裏に焼き付けておくことが出来るなら、エルンストは間違いなくその姿を見ることを選んだだろう。
 舞い降りた、光り輝く天使。
 その力で民を助け導いてくれた。
 ある程度の被害は出たものの、民はほとんど無事に安全な地へ移り住み、エルンストも助かった。
 あの舞い降りる天使の姿はエルンストの心に焼きついた。その姿がエルンストの心を支配した。
 それから必死になって勉強した。少しでもあの光り輝く天使のことを知りたくて。少しでもあの光り輝く天使に近づきたくて。
 やがて、エルンストはその才能と努力を認められて、エリューシオンのある惑星を出て、主星の学校に通うことになった。
 そこで、あの天使は女王候補であり、大陸エリューシオンは試験のために育成されているのだと知った。
 自分達が試験の道具にされていたことに、別段怒りは沸いてこなかった。ただ、あの天使のことをもっと知ることが出来て嬉しかった。
(あの天使は、この宇宙の女王になる……)
 それが、まるで自分のことのように誇りだった。
 彼女が女王になると信じて疑わなかった。だからエルンストは研究を重ね、王立研究院の研究員になった。少しでも天使に近づくために。彼女が女王になったとき、少しでもその手助けが出来るように。
 けれど、いざ女王交代が行なわれたときその玉座にいたのは、金の髪の天使ではなかった。かの天使は藍色の髪の女王の後ろで、赤い髪の男に寄り添いながら補佐官の衣装をまとって立っていた。
 あの衝撃を何と表現したらいいのだろう。
 アンジェリークはエルンストにとって道標だった。
 子供の頃、空から舞い降りたあの輝きが、いつも胸で輝いていた。彼女が、彼女こそが女王になると思ったから、エルンストは頑張ってこられた。
 それなのに。
 アンジェリークは、ロザリアよりも試験で遥かに勝っていた。それを、オスカーと共に生きるために途中放棄して、女王ではなく補佐官となった。
 確かに現女王ロザリアも、女王として申し分ない。けれど、幼いころ見た、アンジェリークのあの輝きにはかなわない。
 道標としていた星が堕ちてしまった。
 だからエルンストは、自分の進む道が分からない。どうすればいいのかわからない。
(天使様……)
 今はもう、あの時のように祈っても、天使は舞い降りてこない。
 だって、天使はもういないのだから……。



 舞い降りた、光り輝く天使。
 光の翼を背に。

 貴方は私の輝ける星。
 貴方が輝いているなら、それを道標に私も歩いていける。

 貴方が輝いていなければ、私は自分の進む道さえ分からないのです……。


 To be continued.

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