真昼の満月(1)


 貴方を愛していました。
 ……そして憎んでいました。



「アンジェリーク、ロザリア。二人の大陸の建物の数は同じ……。二人ともよく頑張っていますね。これからも頑張ってくださいね」
 試験も中盤になった定期審査の席で、女王補佐官ディアは、並ぶ二人の女王候補に微笑みかけた。
「ありがとうございます」
「はいっ! ありがとうございます、ディア様! 女王様!」
 ロザリアは、その言葉に、スカートを軽く摘んで優雅に頭を下げる。
 けれど、その隣に立つアンジェリークは、嬉しくたまらないというような笑顔と共に大きな声でお礼を言った。
 女王の前でのその態度は、不作法で不礼とも取られかねない。けれど、彼女の持つ愛らしい雰囲気と魅力で、誰もそんなふうには思うこともなかった。
 むしろその愛くるしさにディアは優しい笑顔を返し、玉座の女王もヴェールに隠されてはっきりとは見えないが、微笑んでいることが気配で伝わってきた。しかめ面で居並んでいる近衛兵達さえ、思わず口許をゆるめる。
 ロザリアも、困った子だと思いながらも、あたたかく優しい眼差しをアンジェリークに向けた。
 誰からも愛されるアンジェリーク。
 それはロザリアには無理なことだった。たとえば女王になったとしても、ロザリアは敬われることはあっても、アンジェリークのように誰からも愛されるということは無理だろう。
 けれど、このアンジェリークには、それだけの魅力があった。人を惹き付けてやまない。育成のうまさとは違う女王の資質が、彼女にはあった。
 定期審査は特に何もなく終わり、二人はそろって謁見の間を退出した。
「アンジェリーク。貴方はこれからどうするの? 大陸の方へ行くの?」
 並んで廊下を歩きながら、ロザリアはアンジェリークに尋いた。
「ううん、私、大陸へは一昨日行ってきたから……。今日はね、これからオスカー様と約束があるの」
「……そう……」
 アンジェリークはロザリアに無邪気に微笑んでみせる。その微笑みに見とれながらも、ロザリアはかすかな敗北感を感じていた。
 ロザリアには平日に大陸に降りているような余裕はない。そのぶん土の曜日に降りてはいるが、平日は守護聖にサクリアを送ってくれるよう頼むだけで終ってしまう。
 アンジェリークとロザリアの現在の育成率は同じでも、その内容は大きく違っていた。
 ロザリアは、自分の持てる力すべてを使って、精一杯大陸にサクリアを送っている状態だ。毎日守護聖に力を送ってくれるよう頼み、その力で大陸は発展している。
 だがアンジェリークは違う。頼まなくても彼女に好意を持つ守護聖達がエリューシオンに力を贈り、また大陸の民も天使のために自ら発展しようと努力をしている。言ってしまうなら、アンジェリーク自身はあまり何もしなくても大陸は着々と発展していく状況なのだ。
 今二人が互角と言われているのは、アンジェリークがあまり育成に励まず、平日に守護聖と出かけたり大陸に降りているからなのだ。
 つまり、もしアンジェリークがロザリアのように毎日育成をしていたなら、とっくに大きな差がついていただろう。もしかしたら、中央の島に到着していたかもしれない。
「ロザリアは大陸に行くんでしょう。じゃあ私、オスカー様と公園で待ち合わせだから、ここでね」
 聖殿を出た処で、アンジェリークはロザリアに笑顔で手を振って公園の方へ駆けていく。
 それにやはり笑顔で手を振り返しながら、ロザリアは小さくなるアンジェリークの背中を目で追った。その背には、光輝く羽根の幻が見える気がする。
 最初は、女王のことなど何も知らない庶民の娘だと、まともな競争相手にもならないだろうと思っていたのに。
 ……まともな競争相手にもならないのは、自分の方だった。
 みじめな気持ちだった。精一杯虚勢を張ってみても、結果は如実に現われる。女王にふさわしいのはアンジェリークの方だと。
 それを悟りはじめているのはロザリアだけではない。何人かの守護聖達もそれに気づいている。
 このまま行けば、そう遠くない日にアンジェリークが女王となるだろう。今は発展数が互角でも、やがてその差は大きくなってゆくだろう。……いや、発展数が互角のまま進んだとしても、女王にふさわしいのはアンジェリークであり、彼女が女王になるべきなのだ。
 そう思うといたたまれない気持ちになる。女王教育を受け、自分が女王になるのだとあれほど自信に満ちていた、というよりは自惚れていた自分が、恥ずかしい。
(でも……せめて、最後まで、全力を尽くしましょう)
 それが、ロザリアに残された、せめてものプライドだった。最後に女王になるのがアンジェリークだったとしても、それを分かっていても、せめて最後まで堂々と、精一杯、育成に励もう。あとから自分を振り返ったときに、悔いがないように。
 ロザリアはうつむきかけた顔を上げて、研究院へと向かっていった。大陸では、きっと大神官が、民が待っている。彼らのためにも最後まで頑張ろうと思った。


 To be continued.

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