Go home, sweet sweet my home! 2


 スパイやテロリストに対する軍法会議のほうが、もう少しはなごやかなんじゃないかな〜、と思われる雰囲気に、部屋は満たされていた。
 オスカーをぐるりと取り囲むように、8人の守護聖とロザリア、ディアが殺気をみなぎらせている。オスカーはその中で、情けなくも小さくなっているしかない。
「じゃあ、どういうことか、ちゃああ〜〜んと、説明していただきましょうか」
 ジュリアスさえも押し退けて、どどん!と仁王立ちのロザリアがオスカーの前に立った。殺気というオーラがみなぎっている。見たら恐ろしさのあまり岩になってしまうという伝説の怪物女メデューサは、こんな感じだったのではないだろうか。今のロザリアは、巻毛になっている髪の先が蛇に変わらないほうが不思議だ。
「オスカー様、あなた、私のアンジェリークに、何をなさいましたの?」
「何ってそりゃあ……」
 子供が出来るためにやることはひとつだし(それすら知らないほどロザリアも世間知らずではないだろう)、第一お嬢ちゃんは『俺の』アンジェリークだ、と言おうとして、言えなかった。あまりのその迫力に。ロザリアは睨み殺さんばかりの目つきをしていた。
 しかし、言わなかったのは懸命な判断だ。もしその言葉を口にしていたら、オスカーの命は本当になかったであろう(当たり前だ)。
「まさか父親は自分ではないと言いだすのではないだろうな」
 ジュリアスが、かなり複雑な表情で尋いてきた。
 オスカーが父親でないというのは嬉しい事態かもしれないが、それはそれで非常に問題だ。
 つまり、答えがイエスでもノーでも、嬉しくない質問なのだった。
 喜ばしいことに(?)オスカーには確かに身に覚えがあった。これで自分が父親でなかったとしたら、おそらくオスカーはショックで死ぬだろう。
 まあ、あの天使に限ってそんなことは、万が一にもないだろうが。
「父親は俺です」
 何故かちょっと自慢げに、オスカーは胸を張って答える。ちょっと鼻の穴もヒクヒクと広がってみたりする。見ていてそれは、とてもムカツク。
 その態度と答えに、皆の目つきがさらにきつくなり、部屋の温度は5度下がったと思われる。こめ髪の青筋の総数も、倍くらいは増えたのではないだろうか。
 オスカーは自分の発言をちょっと後悔しかけるが、それが真実なのだし仕方がない。
「で、どうするつもりですの?」
 静かに問いかけたのは、有能な女王補佐官ディアだ。
 声は静かだが、冷たくて尖っている。それがオスカーにざくざく刺さる。針のムシロとは、まさにこのこと、という感じだ。
「どうって……」
 どうもシドロモドロになってしまうのは、やっぱり、事態に脳味噌の活動が追い付いていないせいだ。あとは、このまわりに吹きすさぶブリザードが、脳の活動能力を低下させているのかもしれない。
 だが、理由はどうあれ、そんなオスカーに焦れて、ロザリアが横から叫んだ。
「責任はもちろんとるんですわよね!」
(…………責任…………)
 そう、責任だ。
 女性を孕ませてしまった男の取る責任とは、それはつまり?


「責任って…………お嬢ちゃんと結婚してもいいのか?」
















「………………………………………………………………」×8
















 沈黙した、というより、その言葉に固まってしまったのは、オスカーを除く8人の男共だ。
 10秒後、一番立ち直りが早かったのは、意外にも(?)ゼフェルだった。
「ちょっと待てよ────! 責任取るって、こいつとアンジェが結婚することかー!?」
 その叫びに、やっと他の守護聖も、我を取り戻し、次々と叫びだす。
「な、な、ななななな、何を言いだすんですか、あなたは〜!!」(地:普通の反応)
「チョット、何だってそんな展開になるわけ!? ソンナコト、許されるの!?」(夢:同じく普通の反応)
「なんだって、私達の大切な天使を孕ますような奴に、アンジェリークとの結婚許可を出さねばならないのですか!?」(水:かなり正論)
「いやだ〜〜! アンジェがオスカー様と結婚だなんて〜〜! 不幸になるの目に見えてるじゃないか〜!」(風:なんか否定できないあたりが……)
「ひどいよ〜アンジェと結婚するのは僕なのに〜〜!!」(緑:誰が決めたんだそんなこと)
「な、な、お、お、あ、あ、そ、そ、が、が!!??」(光:パニックに弱いようだ)
「●◇※≧∞¥£%\〒∴<$¢#&*〃●◇※≧∞¥£%\〒∴<$¢#&*〃!!」(闇:おそらく何らかの呪いの言葉か呪文だと思われるが、判読不可能。あるいは、言葉がまともに喋れないだけかもしれない)



「「お黙り!」」



 ビシリと、女性二人の声がハモった。
 雷が脳天に落ちたかと思われるほどの、その言葉の強さに、全員が固まってしまう。
 一気に部屋に静寂が訪れた。
「じゃあ貴方達は、アンジェリークに子供をおろせというの!? 未婚の母になれというの!?」
 そう言われてしまうと、確かにぐうの音も出ない。
 いっそここでオスカーを始末して、自分がその子の父親に……などという、不埒な名案がないわけでもないが、それではアンジェリークが哀しむのは必須だろう。あの天使を哀しませるようなことだけは、したくないのだ。
「私だって、本当は嫌ですわ! でも、ここはひとつ、きっちり責任を取っていただくしかありませんわ!」
 ビシィ! とロザリアは立てた人さし指をオスカーに向けた。
 一方、そう言われたオスカーはというと…………。

 棚からボタモチ。
 瓢箪から駒。
 猫に鰹節(←違う)。

 今までは、付き合いすら快く思われていなかったのに、なんと、一転して結婚まで許可されてしまったのだ。これで金色の天使は、本当に名実共にオスカーのものとなるのだ。
(ああ、ありがとう、俺とアンジェの子供! お前のおかげだ!!)
 オスカーはまだ見ぬ我が子に感謝の言葉を捧げた。
 今、オスカーの頭上には鐘の音が鳴り響き、天使が舞い、祝福の賛美歌が歌われ、色とりどりの花が舞っていた。
 それを周りで見つめる人々の目は、絶対零度ほど、冷たかったが。

 だがしかし、そう簡単に、ゴールまで辿り着けるわけもないのである。



 飛空都市は今日も平和だ。
 数人の頭上を除いて。


 To be continued.

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