Go home, sweet sweet my home! 3


 その部屋の中には、季節が混在していた。
 飛空都市は聖地と同じく常春なのだが、その部屋──現在、守護聖全員と女王補佐官ディアと女王候補ロザリアのいるその部屋だけは、季節が混在していた。
 すなわち、部屋中には、ブリザードが吹きすさんでいた。ただひとりの周りを除いて。
 そしてそのひとり、オスカーの周りは、色とりどりの花が咲き乱れる春が来ていた。
「あ、あのう……」
 おそるおそる年若い研究員は声をかけた。本当はかけたくなかったが、仕事なので仕方がなかった。ちなみに、この声をかけるまでに、ドアのところでずっとためらって10分近い時間がすでに経過していた。
 ザッと、その部屋にいた人間の視線が一斉に研究員に集まる。普通の状態でさえ威圧感のある人間が多いのに、こうして気が立っている状態で一斉ににらまれて、研究員はビビッて涙声になってしまっていた。
「あ、アンジェリーク様が、お目覚めになったそうです……」
「なに、それは本当か!?」
「は、はい。それで、皆様をお呼びするようにと……」
 言いかけた研究員の横を、風が走った。
 あれ、と思ったときには、もう部屋には誰もいなかった。行動の素早い人達だった。



 オスカーはスキップで、アンジェリークの待つ部屋へと向かっていた。彼の通った後には、何故だかピンクや白の花びらが落ちている。彼が振りまいて歩いているのだ。
 その後ろに続くのはディアとロザリアの女性二人だ。オスカーのばらまいた花々を踏み潰すように、足音も高く歩いている。
 二人は、浮かれる前の男を冷ややか〜な目で見つめているが、多少あきらめの境地に達したのか、だいぶ落ち着いている。
 最悪なのはさらにその後ろに続く、悪霊のような集団であった。
 悪霊、もとい守護聖のミナサマガタ。
 彼らは一様にやつれたような顔をして、周りにヒトダマをはべらせながら、マックラクラの空気を背負って、のそのそと歩いていた。
 彼らは今すぐにでも、「ムンクの叫び」のモデルになれるだろう。
 しかし、それが8人もいたのでは、うっとおしいし邪魔でしかない(しかもそのうち何人かは図体もデカイので余計にうっとおしい)。
 そんな背後の悪霊集団を見やって、たおやかで優雅で上品と評される女王補佐官は言い放った。
「ああ、本当にうっとおしいですわね。いっそ、9人まとめて粗大ゴミにでも出してしまいましょうか?」
 それを聞いた名家出身の気品溢れる優秀な女王候補といわれるロザリアが、ディアに答えた。
「まあディア様、駄目ですわ、そんなことをなさっては。粗大ゴミではリサイクルされて手元に戻ってきてしまう可能性がありますもの。ここはきちんと燃えるゴミとして出さなければいけませんわ」
「そうね、そのとおりだわ。ロザリアは本当に頭がよくて、よく気のつく子ですね」
「ところでディア様、捨てるのは9人、といいますと、アレも入るんでしょうか?」
 すっと、優雅な指先が、前を歩く赤毛を指差す。
「当たり前じゃないですか。アレを処分しなくてどうするんですか。でもアレはうまく燃えないかもしれないから、ちゃんと有害廃棄物として、核廃棄物と一緒に地中深くに処分することにしましょうか?」
「素晴らしいアイデアですわ、ディア様」
 気品に満ちた女性二人は、優雅に美しく笑い合った。しかし目は笑っていなかった。
 そのとき偶然仕事をさぼって王立研究院の廊下でイチャついていたパスハとサラは、その御一行を目撃し、女性二人の会話もしっかり聞いてしまった。
「………………(冷汗)」
 どう見ても、冗談とか例え話という感じのしないディアとロザリアに、パスハはちょっと青ざめたが、真顔で言われたサラの台詞にもっと青ざめた。
「あらあらディア様もロザリアも大変ね。私に言ってくれれば、うちのフードプロセッサーお貸しするのに」
「………………………………………………(冷汗×10)」
 確かに、普通の人間よりもたくさん物を食べる火龍族のサラは、通常より大きな特注のフードプロセッサーを持っている。パスハもそれで料理を作ってもらったことが何度もある。
 しかし、それを貸して、一体どう使えというのだろう。
(…………こ、怖くて聞けない…………)
 パスハは、もし自分が浮気をしたりしてそれがサラにバレたとき、一体自分がどうなるか、何だか具体的に想像できてしまった。
 きっとその日の食卓は、いつもより豪華なことだろう。
 そしてパスハは、サラを本気で怒らせるような真似だけはしないようにしようと、心にかたく誓ったのであった。



「アンジェリーク〜」
 声も鼻の下も伸び切ったオスカーが、アンジェリークのいる医務室のドアを開けると、アンジェリークは起きていて、ベッドの上に身を起こしていた。その傍らには、さっきもいた医者が付き添っている。
「あ、オスカー様……」
 アンジェリークはオスカーの姿を認め、一瞬嬉しそうな顔をすると、ポッと頬を赤らめて恥ずかしそうにうつ向いた。

(カ、カワイイ〜〜〜〜!!!!)

 あまりのアンジェリークの可愛さに、オスカーは理性が切れそうになった。場所も人目も立場もわきまえず、アンジェリークに飛びかかって(ケダモノ)抱きしめてキスしてそれ以上のこともしそうになった。
 だがしかし、彼は飛びかかろうと一歩足を踏み出したところで思いとどまった。
 オスカーの理性や知性というものが働いたからではない(というか、彼にそんなものがあるのだろうか?)。
 天使に飛びかかろうとするケダモノの動きを鋭く察して、後ろにいた女性二人が鋭い視線ビームを放ったのだ。効果は抜群。視線という実体も害もないもののはずなのに、オスカーは確かに背中に、貫かれる鋭い痛みを覚え、アンジェリークに飛びかかるのを踏みとどまった。
 そしてオスカーがひるんだ隙に、アンジェリークの傍らへロザリアが真っ先に駆け寄った。
「ああ、アンジェリーク。大丈夫? 何処か具合の悪いところはない?」
 ロザリアに問いかけられて、アンジェリークはさらに真っ赤になった。
「あ、あのねロザリア。大丈夫よ。具合、悪くないわ。今日倒れちゃったのは、その、お医者様がいうには、その…………」
 彼らが到着する前に、アンジェリーク自身も妊娠のことを医者から聞かされたらしい。
 しかし、その先をどう告げればいいのか困ったように、耳まで真っ赤にしたままアンジェリークはうつ向いてしまった。
 キラーン、とオスカーの目が輝いた。
 可愛い妻が(まだ結婚していないのにもう彼の中では妻扱いになっているようだ)困っている。しかも困っているのは、自分との愛の証!(心の中なのに、何故かここをちょっと強調)をどう報告すればいいかということだ。 こんなことで照れるなんて、可愛いな〜とニヤさがるのはあとに回すとして、ここで助け舟を出さねば夫として失格だ!(だからまだ結婚してないって)
 オスカーは何故かおもむろにベッドのわきまで颯爽と歩いてきて、そこにいたロザリアを押し退けると、自分もベッドの端に座り、アンジェリークの肩を抱いた。
「アンジェリーク……言わなくてもいい、ちゃんとわかっているから」
 アンジェリークの耳元で優しくささやいて、空いているほうの手をそっと彼女の腹の上に置く。
「あ……」
 天使はオスカーを見上げた。ふたりの視線が、間近で絡み合う。
 吸い込まれるような翡翠の瞳を見つめながら、オスカーはアンジェリークに大切な一言を告げた。
「結婚しよう、アンジェリーク」
「はい……」
 アンジェリークは頬を染めたまま、少し涙目になって、それでも微笑みながら、ちいさくうなずいた。

 ブツリ。

 聞こえないはずの擬音を響かせて、その愛らしい姿を見たオスカーの理性は切れた。
 もともと『ふたりだけの世界』にイッてしまっていたオスカーに、まわりの状況など目に入っているわけもなかった。そのまえに、さっきもまわりの状況をわかっていながら襲いかかろうとしたケダモノである。まわりの状況など、歯止めになるはずもなかった。
「アンジェリーク〜〜〜〜〜〜〜!!」
「きゃ!」
 丁度よいとばかりに、肩を抱いていたアンジェリークを、オスカーはそのままうしろに押し倒した。アンジェリークはベッドの上へ倒れ込み、そこにエロオヤジ丸出しのオスカーが覆いかぶさる(ケダモノ)。
 だがしかし、目の前でそんなことをされて黙っているギャラリー達ではなかった。


「死ね! この変態万年発情期!!」×10(←内約:守護聖8人+ディア+ロザ)


 綺麗にハモる声は、『ふたりだけの世界』にいるオスカーには届かなかったが、直後に彼の後頭部や背中などを襲った衝撃は、ありがたいことに(?)ちゃんと届いた。
 軍人として鍛え上げられているオスカーでも、さすがにこの怒りのオーラを満杯に詰めた彼らの拳には叶わなかった。衝撃を感じた直後、彼の意識はブラックアウトした。
 炎の守護聖は、最愛の恋人の前で(上で)、白目をむいて気絶するという醜態をさらした。しかもちょっとキメてプロポーズをした直後に、である。
 哀れオスカー。
 しかし、世間一般ではそれを自業自得と言った。



 その様子を扉のところから見ていたサラは、心からの笑顔で言った。
「あらあら。やっぱりフードプロセッサーお貸ししたほうがいいかしら?」
 隣にいたパスハは、ひきつる笑顔のまま、真剣に願った。口に出すと怖いので、心の中で。
 どうか、これからも飛空都市が平和でありますように、と。


 To be continued.

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