君に逢いたい午後(1)


 週末、彼はいつも庭園の片隅に店を出す。
「いらっしゃいいらっしゃ〜い! 安うしとくで。これなんかどうや!」
 こてこての商業惑星語でしゃべる彼は、どう見ても大企業の会長には見えないが、実際そうなのだから、仕方ない。
 チャールズ・ウォン、通称チャーリーは、今日も聖地の庭園で商売に勤しんでいた。
 別に金の亡者という訳でもないが、根っからの商売人気質のため、どんなときも商売第一お客様は神様です状態になってしまうのだ。
 だから彼はその日もせっせと商売にいそしんでいた。彼女が現われるまでは。
「こんにちわ。ちょっと見せてもらってもいいかしら?」
 店先から声がかけられた。
「もっちろん。見てって〜な。色々ぎょうさんある……」
 チャーリーはいつものように商売モードに入ろうとして、入れなかった。商品の宣伝も忘れて、ただ目の前の、今店に入ってきた少女に見とれてしまっていた。
 陽差しを紡いだようなふわふわの金髪に、澄んだ翡翠の瞳。真白な肌に桜色の頬、薄紅色の唇など、視線を逸らすこともできないほど愛らしい。
(か、可愛ええ子やな〜。誰やろう、見かけたことない子やけど)
 女王試験が始まってそんなに日にちが経っていないとはいえ、週末ごとに店を出すチャーリーは結構聖地にいる人達と顔見知りになった。女王候補達などとは、大事な商売相手ということもあり、かなり仲良くもなった。けれど、この少女にはまだ会ったことがなかった。狭いようで広い聖地。チャーリーの知らない人間がいてもおかしくはないが。
「あ、これなんか可愛いわね」
 金の髪の少女はチャーリーの視線には気付きもせずに、商品を見ている。
 チャーリーは少女の金の髪の合間から見えるイヤリングにふと目を留めた。
「……あれ、あんさん、そのイヤリング……」
「あ、これ? 可愛いでしょう。貰い物なんだけど、気に入っているの」
 少女はそれがよく見えるように、耳元の毛をかきあげる。それと同時に白い首筋まで露になって、そんなことくらいでチャーリーは何故だかどきどきしてしまう。
 細かい細工の綺麗なそのイヤリングは、チャーリーには見覚えがあった。当たり前だ。彼が自分で選んで仕入れてきた品物なのだから。
 数日前、ある守護聖がこの店で買っていった。顔を赤くしながらプレゼント用だと言われ、ラッピングもほどこした。大量生産物ではないそれが、あちらこちらにあるとは思えない。つまり、今少女の耳で揺れているイヤリングはあの守護聖が買っていったものだろう。
 それが今この少女の手元にあるということは、この少女は、あの守護聖の恋人なのだろうか?
「これ、貰おうかしら」
 少女が不意に顔を上げた。大きな翡翠の瞳と真っ向から目が合う。
 本物の宝石よりも澄んで、美しく輝くその翡翠の瞳に、一瞬でチャーリーは捕われてしまう。
 心臓がどきどきいっている。頬が熱くて、顔が赤いのが鏡で見なくても分かる。
「商人さん?」
 そんなチャーリーの様子に少し首を傾げて顔をのぞき込む仕草さえ、またさらにチャーリーの体温を上昇させるのだが、とりあえずは正気を取り戻した。
「あ、ああ、これな。いや、金はいらんわ。あんさんにプレゼントや」
「そんな。だめよ、売り物でしょう。ちゃんとお金払うわ」
 お金を差し出そうとする少女の手を押し返そうとして、チェーリーの手が少女の手に触れる。
(ひゃー、小さくって柔らかい手やなあ〜、って、俺なに手ぇ握っとんねん!)
 チャーリーは真っ赤になって慌てて少女の手を放す。まるで少年の初恋のようだ。
 一応年相応の男として、もちろん女性と付き合ったこともあるし、女遊びしたこともある。それなのに、一体自分のこのザマはなんだろう。だけど勝手に心臓がばくばくいってしまうのだから仕方がない。
 そんなチャーリーの様子に、少女は目を丸くして、それからくすくすと微笑む。
「じゃあ……やっぱりただで貰うのは悪いから、かわりにおまけしてくれる?」
「ああ、もちろんや。半額でいいで。あ、あとこれもおまけにつけたる。これも、これも、あ、これもおまけや」
 チャーリーは並んでいる商品を次々少女の手に持たせていく。そのうち少女の細い腕には抱えきれないほどになってしまう。
「もう商人さんったら。いくらおまけしてもらうって言っても、こんなには貰えないわ。それに、こんなにおまけしてたら貴方のお店潰れちゃうわよ」
 笑いながら、少女は自分の腕に抱えあげられた商品をチャーリーに返す。
「じゃあこれ、貰っていくわね。ありがとう、商人さん」
「なあ、また店に買いに来てな。また、ぎょうさんおまけするからな。な」
 他の客に対するような社交辞令ではなく、ほとんど私情で言っていた。
「ええ、また時間ができたら寄らせてもらうわ。だから素敵な品物、いっぱい揃えておいてね」
「ああ、もちろんや!!」
 チャーリーは力一杯返事をした。
 公園から去ってゆく少女の後ろ姿をチャーリーはずーっと眺めていた。
 人生まったく、いつどこに恋の罠が仕掛けてあって、それにはまってしまうか分からないものである。



 次の週末、庭園に店を出したチャーリーは不機嫌だった。
 今日、店の売上げはいつもより上々だった。いつもなら、こんなときは一も二もなく上機嫌になるのだが、今日はそれこそが不機嫌の原因だった。
 今日チャーリーはいつもより多めに雑貨を仕入れた。金の髪に栄えそうな髪留めやリボン、可愛らしいピンブローチ、デザイン的にも可愛くてしかも使いやすい羽ペン。それらすべて、先週来たあの少女が来たときのために仕入れたものだった。彼女が喜びそうなもの、似合いそうなものを、チャーリー自ら厳選して店に並べた。
 けれど結局少女は現われなかった。
 代わりに、違う人物が続々とやってきては店のものを買っていった。
 たとえば炎の守護聖様。
 たまたま庭園を通りかかったその人は、店先に並べられているピンブローチに目を留めて寄ってきた。
「ほほう……この店にはなかなかいい品が揃ってるな。特にこのピンブローチなんか……」
 そう言ってそれを見る炎の守護聖の脳裏には、明らかに送る相手の姿が思い浮かべられていた。彼はプレゼント用としてラッピングをほどこさせたそれを買っていった。
 他にはたとえば感性の教官様。
 もともとは自分の絵の具を買いに来た彼は、絵の具の代わりに髪留めを手に取った。
「ふうん。女王候補達がこの店で買うものを見ると、ろくなものはないんじゃないかと思うけど、そうじゃないこともあるんだ。で、これいくら?」
 ちなみに彼もラッピングをつけさせて、しかも包装紙のセンスが悪いとか、リボンの色が合っていないとか、さんざん嫌味を言った。
 他にもまだいて、たとえば王立研究員の主任。
 分厚い眼鏡ごしに、何考えてるんだか分からない無表情のまま羽ペンを手に取っていたかと思えば、調査でもするようにそれを撫でてみたりひっくり返したり振ってみたりして色々試したあと、
「これをください。…………できれば、ラッピングをしていただけるとありがたいのですが」
 品物を買っていった人物は他にも何人もいるのだが、端から挙げていくときりがないのでやめておく。
 彼らは皆プレゼント用としてラッピングを頼んでいった。つまり、自分で使うのではなく誰かに送るのだ。中身から察するに、女性に。
 別に誰が誰に贈り物をしようとチャーリーの知ったことではない。
 だがそれが、自分の想い人だというのなら、話はまったく別だ。
 チャーリーがあの金の髪に翡翠の瞳の少女のために選んだ商品を、皆買っていくというのは、つまり送り先は彼女なのではないだろうか。ありえないことではない。
 もしそうなら、皆が彼女に贈り物でアタックしているのに、チャーリーはライバル達を手助けするかのごとく、彼女が喜びそうな品物を仕入れてライバル達に売っているということになるのだ。
(俺、敵に塩送ってるんやないか?!)
 チャーリーは頭を抱えて心の中で絶叫した。
 しかも、よく考えるとチャーリーは彼女の名前さえ知らないのだ。
(あかんー! 俺完全に出遅れとるー!)
 商売でも恋愛でも、ライバル達の一歩先を行くというのは大切なことだ。それなのに今のチャーリーは一歩先どころか50歩くらい遅れていそうだ。
(な、なんとかせなーー!!)
 そしてチャーリーは仕事も忘れて、少女と仲良くなるための計画を必死に練るのであった……。


 To be continued.

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