Sacrifice
〜孤独の槍は女神に抱かれて〜
annex-prologue |
これは、ハリネズミとアカイウサギのお話です。
あるところに、森がありました。きれいなきれいな緑に彩られた、豊かな森でした。
森にはたくさんの、いろんな動物達が住んでいました。
喧嘩ばかりしている動物や、いたずらばかりしている動物もいましたが、皆仲良く一緒に暮らしていました。
でも、ハリネズミだけは、いつもひとりぼっちでした。
ひとりぼっちのハリネズミは言いました。
「寂しくなんかないよ。僕はひとりが好きなんだ」
ある日、森に新しい仲間がやってきました。
真っ白でふかふかの毛を持った、可愛いユキウサギです。
皆、すぐにユキウサギが大好きになりました。ユキウサギはすぐに森の皆と仲良くなりました。
けれど、ユキウサギと仲良くならない動物が、一匹だけいました。
ハリネズミです。
ハリネズミは言いました。
「僕はひとりが好きなんだ。だから、君となんて、仲良くしないよ」
そうして去っていこうとするハリネズミにユキウサギは言いました。
「じゃあ、どうして貴方は、そんなに寂しそうな瞳をしているの?」
ハリネズミの体には、たくさんのトゲトゲがあります。ハリネズミにその気がなくても、誰かが近づくと、その誰かはトゲが刺さって怪我をしてしまうのです。
ハリネズミは、自分のトゲが皆を傷つけることを知っていました。優しいハリネズミは、だから、自分から皆に近寄らなかったのです。ずっとひとりぼっちでいたのです。
本当は、ハリネズミもひとりぼっちはいやだったのです。
とってもとっても寂しかったのです。
だけど「寂しい」と口に出したら、本当に寂しさに押し潰されてしまいそうで、強がって見せていたのです。
「大丈夫、もう寂しくないよ」
ユキウサギは、ハリネズミをそっと抱きしめました。
誰かに抱きしめられたのなんて、ハリネズミははじめてでした。
今まで、皆トゲが刺さるのを怖がって、近づいてくれなかったのです。
抱きしめられると、あたたかくて、やわらかくて、ハリネズミはとってもとってもしあわせになれました。
ハリネズミは、ユキウサギが大好きになりました。
けれど、ユキウサギは、ハリネズミを抱きしめたせいで、怪我をしてしまいました。
トゲがたくさん体に刺さって、たくさん血が流れました。
それを見て、ハリネズミは泣きました。
大好きなユキウサギが、自分のせいで怪我をしてしまったのです。
優しいユキウサギは、笑って「痛くないよ」と言ってくれました。でも、それが嘘であることを、ハリネズミは知っていました。
他の動物達もハリネズミに言いました。
「君はハリネズミなんだから、誰かに抱きしめてもらうなんて、駄目だよ」
そう、ハリネズミは、ハリネズミなのです。
抱きしめると痛いのです。怪我をしてしまうのです。
ハリネズミは泣きました。ひとりぼっちで。
ユキウサギに怪我をさせてしまった哀しさと、ひとりぼっちの寂しさに、ハリネズミはずっと泣いていました。
ハリネズミはもう一度、ユキウサギに抱きしめてもらいたかったのです。
でも、それではユキウサギはまた怪我をしてしまいます。それはいやでした。
ハリネズミはまたひとりぼっちです。
やがて、泣いていたハリネズミは、ひとつの名案を思い付きました。
ハリネズミは、自分で自分のトゲを折りました。
たくさんあるトゲを、自分でぜんぶ、折ってしまいました。
ハリネズミのトゲは、ハリネズミの体の一部です。トゲを折るのは、腕を折るのと一緒です。
トゲを折ったところから、たくさんの血が流れました。激しい痛みが襲いました。
でもハリネズミは我慢して、自分のトゲをぜんぶ折りました。
トゲをぜんぶ折ったハリネズミは、ユキウサギに会いに行きました。
ユキウサギは、ハリネズミの姿を見て驚きました。
トゲのないハリネズミは、自分の血で血まみれだったからです。トゲを折ったところからは、今も血が流れ続けていました。
ハリネズミは言いました。
「これでもう、僕が君を傷つけることはないよ」
ユキウサギは、ハリネズミを抱きしめました。
もう怪我をすることはありません。
ハリネズミの血で、真っ白でふかふかの毛は赤く汚れてしまいましたが、そんなことにはかまわず、ずっと抱きしめていました。
ハリネズミはしあわせでした。
折ったトゲが痛くて痛くて苦しかったのですが、ユキウサギに抱きしめられて、とってもとってもしあわせでした。
やがて、ハリネズミはトゲを折ったことがもとで病気になってしまいました。
痛みに苦しみながら、ハリネズミは、傍にいてくれるユキウサギに言いました。
「どうか、哀しまないで。僕はとってもとってもしあわせだったから。ありがとう」
そう言って、ハリネズミは死んでしまいました。
森にはユキウサギが残されました。
血まみれのハリネズミをずっと抱きしめていたせいで、ユキウサギの真っ白でふかふかの毛は、いつしか真っ赤に変わっていました。
それはもう、洗っても、どれだけ時が経っても、もとの色に戻ることはありませんでした。
雪の色の毛をなくして、もうユキウサギはユキウサギではありませんでした。
それから、アカイウサギはひとり森を出ていきました。
アカイウサギがそのあとどうなったか、誰も知りません。
どこかの森の、ハリネズミとアカイウサギのお話でした。
To be continued.
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