中奇譚(1)


 一体何処から話したらいいのでしょう。
 言葉だけで起こった出来事を、そして想いをすべて語れるとは思いませんし、また、語った処でどうしようもない気がします。
 そう分かっていながら、それでも私がつたない言葉で私の恋を語るのは…………覚えておいて欲しいのです。誰でもいい、誰かに、ただ覚えていて欲しいのです。
 私達は、本当に愛し合っていたのだということを。


「絶望はすべてを覆ってくれるから好きだ」
 オスカー様はそう言いました。
 それでエリューシオンに最後の建物が建つと分かっていながら、最後の育成を頼んだ私を腕の中に抱き寄せて、いっそ明るげな口調でそう言いました。
 その言葉に、私はほんの少し驚きました。たとえばそれを言ったのが、人を拒絶し自分の世界に閉じこもっている闇の守護聖であったり、世界を達観し一線引いた処でしか人と付き合うことのできない夢の守護聖ならともかく、あのオスカー様がそんなことを言うとは思わなかったのです。
 私はオスカー様の胸に顔を埋めていたので、そのときの彼の表情を見ることはできませんでした。


 私とオスカー様の関係をひとことで表わすなら、それは遊びでした。
 飛空都市での女王試験が始まって少しした頃、私はオスカー様に夜の私邸に誘われました。
 自分に憧れ周りに取り巻く女性達のひとりに声をかける気安さで、オスカー様は私を誘いました。
 そのときオスカー様は、女王候補、しかも女王教育を受けたわけでもないのに選ばれた町娘という存在に好奇心と興味を抱いて、面白半分で誘ったにすぎません。
 私もそれがどういうことか分かっていながら、そう深く考えずに容易くその誘いに乗りました。私がオスカー様の誘いを受けたのも、言ってしまうならただの好奇心でした。
 特定の男性と付き合ったこともなく、けれどその行為に興味はありましたし、それが見目麗しく女性達の憧れの的であるオスカー様というなら、相手に不足はありませんでしたから。
 ただそれだけで、私達は遊びで肌を合わせました。
 それから……相性が合ったということもありますし、何となく、何度も夜を共に過ごしました。
 けれどそれは遊びでした。
 お互い了承済みの、心の伴わない、ただの行為。
 ……そのはずでした。
 けれどいつからでしょう、それが少しずつ変化してきたのは。
 いつしかオスカー様の腕に本気が含まれてきていることに気づいていました。見つめる瞳に抱きしめる腕に囁かれる言葉に、本気の愛が含まれていました。
 けれど私は、これはただの遊びだと自分に言い聞かせて、その気持ちから目を逸らしていました。
 私は女王になるつもりでした。試験はいつしかロザリアよりも私の方が遥かに勝り、私の方が女王の資質が高いことは誰もが認める事実でした。
 もちろん女王を辞退することも出来ましたが、私にそのつもりはありませんでした。自惚れていたのかもしれません。私こそが世界を救えると。私こそが世界の頂点に立つに相応しいと。
 それなら、傷が浅いうちにオスカー様と別れたほうがいいことは分かっていました。でも、抱きしめられる腕が気持ちよくて、見つめる瞳が心地よくて、それらがすべて私のものであることの優越感は甘すぎて、どうしても手放すことが出来ませんでした。
 だから、気持ちに応える気もないのに、それがどれほどひどいことか分かっていながらずっとオスカー様をつなぎ止めていました。ずっと関係を続けていました。
 やがて試験も終盤になり、エリューシオンの建物はあとひとつで中央の島に辿り着く処になりました。
 ここまできたらもう、はっきりとふたりの関係に結論を出さなければいけません。
 だから私は、別れを告げる意味を込めて、最後の育成をオスカー様に頼みに行きました。
 オスカー様は、女王にならないでくれとか、愛しているとか、そんなことは何ひとつ言いませんでした。ただじっと、最後の育成を頼む私をその薄氷色の瞳で見つめていました。
 彼も、私が気持ちに応えるつもりはないことは薄々でも分かっていたと思います。いいえ、色恋ざたには何度も関わってきたオスカー様です、たとえ恋に多少目がくらんでいるとしても、それは敏感にそしてはっきりと感じ取っていたに違いありません。
 オスカー様は何も言わずゆっくりと椅子から立ち上がると歩み寄って、私を腕の中に抱き寄せました。
 そして、ぽつりとひとこと、つぶやいたのです。
「絶望は、すべてを覆ってくれるから好きだ」
 その言葉の意味を、そのとき私は知ることなどできませんでした。
 私は何を言うことも、その背に腕を回して抱き返すことせず、ただじっと時が過ぎるのを待っていました。
 しばらくするとオスカー様は私を離し、また元のように椅子に座りました。
 私は何も言わず一礼すると執務室を後にしました。


 そしてその夜、私は望んだとおり、この世界の女王となったのです。


 To be continued.

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