心中(3)


 繰り返され、重ねられていた私達の密会は、やがて見つかり、白日の元にさらされました。
 私がオスカー様の私邸に忍んで行くのを見かけた誰かが、ジュリアス様に密告したのです。
 ……いいえ、それを密告というのでしょうか。その人はその人の義務を果たしたにすぎません。また、正しいのはその人なのです。罪人は、私達の方なのです。
 本当は、もっと前から私達の関係に気づいている人達は何人かいました。たとえば長年オスカー様にお仕えしている老執事さんや、誰よりも勘のいい夢の守護聖や鋼の守護聖などです。彼らは知りながら、けれど私達のことを想い黙っていてくれました。
 すべての人に、そう望むのは無理なことです。それは最初から分かっていました。
 サクリアは心と密接な関係がありますから、女王の恋愛は世界の秩序を乱し、果てはこの宇宙の理りさえ狂わせる可能性があるのです。だからこそ、許されていないのです。
 そうなる前に世界の崩壊を未然に防ぐために、ジュリアス様に密告した見知らぬ誰かこそが正しいのです。
 私達は引き離され、私は宮殿の奥の間に閉じ込められました。
「どうしてよ、どうしてなのよ! アンジェリーク!」
 補佐官であるロザリアは、髪を振り乱して泣きながら、私を責めました。
「あんたが女王候補のときオスカー様と関係があったのは知ってるわ! でもあんたは女王になることを選んだんでしょう! オスカー様を捨てたんでしょう! なのに、どうして今更……!!」
 ロザリアの怒りはもっともでした。
 たとえ他の誰に謝ることがなくとも、ロザリアにだけは謝っても謝りきれません。
 ロザリアは貴族の家に生まれ、小さな頃から女王になることを期待され、また本人もそれを望み、そのための教育を受けてきました。女王になることが、ロザリアの義務であり、存在意義だったと言っても過言ではありません。
 それが、何処の者とも分からない庶民の、特別な教育を受けたわけでもない娘と女王の座を争うことになり、しかも、大差を付けられて負けたのです。
 ロザリアの誇りも自尊心も、泥にまみれ踏みにじられたも同じです。
 また、ロザリアを悪く言う人も多くいました。ちょっとばかり学院での成績がよかったからといって天狗になっていたが、その実体は、庶民の娘にも負けるようなただの鼻持ちならない小娘だったのだと。口さがない人達は、影であるいは聞こえよがしに、ロザリアをなじりました。
 それらが、どれほどロザリアを傷つけたことでしょう。どれほど泣き、どれほど苦しんだことでしょう。
 私はロザリアのつらさを全部知っていました。女王になれないことで、ロザリアがどれほど傷つくか、苦しむか。知っていながら、それでも私が女王位につきました。
 けれど彼女はそれらを受けとめ、そして乗り越え、親友である私のために補佐官となり共に生き、手助けしていくことを選んでくれたのです。
 私は、そんな親友を裏切ったのです。
 もし私がもっと早く、女王候補であったころにオスカー様への気持ちに気づいていたら、そのころに彼を選んでいたなら、誰も何も哀しむことも苦しむこともなかったはずなのです。ロザリアが女王になり、私はオスカー様と誰に咎められることもなく幸せになれたはずなのです。
 どうしてでしょう。どうしてすべてが遅すぎる今になってオスカー様を愛してしまったのでしょう。
「どうしてなんだろうね……。ずっと、遊びだと思ってた。なのに……」
 呟きながら、自分の頬を涙が伝わっていくのを感じていました。言葉はもう自分のものではないかのように、勝手にくちびるからあふれていました。
「本当に、遊びだったの、最初は。私もオスカー様も、ただのゲームのように抱き合ってた。それだけだった。それなのに……いつのまにか、本気になってた。愛していた。もうすべてが遅い今になって、あのひとを愛してた……」
 言葉の最後はもう壊れた機械人形のうわごとのようでした。
 けれど、そんな言葉が一体なんの意味を持つでしょう。
「……アンジェリーク」
 ロザリアは泣きながら、私の頭を抱えるように優しく抱きしめました。
「莫迦よ……莫迦……。あんたは本当に莫迦なんだから……」
「うん……自分でもそう思う……。ごめんね、ロザリア……」
「忘れなさい、アンジェリーク。忘れてしまえば、大丈夫よ。貴方はこの宇宙を移転させることが出来るほどの、素晴らしい女王なんだから、また、立派に世界を支えていけるわ。だから、全部、忘れてしまいなさい……」
 子供をあやすように私の髪を撫でながら、ロザリアは言い聞かせるように何度も何度も言いました。
 それが一番いいことだと分かっていました。ロザリアの言う通り、オスカー様のことは忘れ、女王として世界を導いていけるなら……。
 けれどそれは無理なことです。
 オスカー様も私も、忘れることなど叶わないと分かっていました。そんな想いなら、罪を犯す前に、自分達で歯止めをかけられていたはずです。止めようのないほどの強い想いだからこそ、私達は罪を犯したのです。
 ……罪?
 そう、一体何が悪くて、何が良いのでしょう。
 自分でも止めることの出来ないものを罪というのなら、それは原罪です。原罪は、ひとが必ず犯してしまうものです。それを悪というなら、人はどうやって生きていけばいいのでしょう。
 ああ、私が言いたいのはこんなことではないのです。もうそんなことは、どうでもいいことなのです。
 ただ私は、オスカー様を愛してしまった、それだけのことなのです。


 そして、最後の事件は起きたのです。


 To be continued.

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