霧に消える(2)


 新宇宙のための女王試験が行なわれるため、その感性の教官として聖地に来てはくれないか、という誘いを引き受けたのは、ただの気まぐれだった。
 宇宙の女王というものに興味があったし、聖地という場所にも興味があった。神話のように語り継がれるそれらに直接触れる機会など、普通は一生持ち得ない。だから、しばらくそこで生活してみるのも悪くはないかなと、セイランは軽い気持ちで引き受けた。
 そしてセイランは聖地へと足を踏み入れた。人々が楽園と崇める聖なる地へ。



 セイランを含めた教官達は、宮殿の謁見の間で、女王陛下との謁見の前に守護聖と引き合わされた。
 そこにいた男のひとりに、セイランは見覚えがあった。温和そうな顔で、頭にターバンを巻いている、深青の髪の男。
 地の守護聖と紹介されたその男に何処で会ったのか……セイランは記憶を探るが思い出せなかった。もともと他人にほとんど関心を寄せないセイランは人の顔や名前を覚えるのが苦手だ。けれど、そのときは相手の方がセイランを覚えていた。
 セイランの顔を一目見て、驚いた表情をした。
「貴方は……あのときの……」
 セイランの見た目から、一目見ただけでも他人に覚えられているということは、以前からよくあった。けれど地の守護聖のそれは、セイランの見た目だけに興味を惹かれて記憶に残っていたという感じではなかった。
「そうですか……まさか貴方が、稀代の芸術家セイランだったとは知りませんでした……」
 その声に含まれているのは、驚きだけではないような気がした。セイランがここにいることに戸惑い、そしてどうすればいいのか迷っているように感じられた。
「何処でお会いしましたっけ?」
 セイランは不躾であることは承知で尋ね返した。
 守護聖などという重職についている人物とそうそう会う機会などないはずである。けれど、セイランにも確かに彼に見覚えがある。一体何処で会ったのか。
「以前に、一度だけ……貴方は覚えていらっしゃらないかもしれませんが……」
「なんだよルヴァ、はっきりしねーなー。こいつと何処で会ったんだ?」
 鋼の守護聖が脇から口を挟んだ。
 他の守護聖達や教官達も興味があるのだろう、皆地の守護聖の次の言葉を待っているようだった。
「……以前私が『使命』を受けて行った、ある辺境惑星で……」
 地の守護聖が言った瞬間、ぴしりとその場の空気が凍った。そんな雰囲気を作り出したのは守護聖達で、セイランを含む教官達の方は何が起こったのか一瞬理解できない。
「それは……『あのこと』に何か、関係があるのか?」
 光の守護聖の言葉に、地の守護聖は大きく溜息をついた。
「…………彼の協力があって、捕まえることが出来たのです」
 その言葉を聞いたあとの守護聖達の表情は、思いもかけないほど様々だった。
 風の守護聖と緑の守護聖はまるで仇でも見るかのようにセイランを睨み付けてきた。夢の守護聖は哀れんだ顔をしている。闇の守護聖は視線さえ合わせようとしないが、セイランに対し鋭い感情を向けているのが伝わってきた。
 どういう顔をしていいか分からないという表情をしているのは鋼の守護聖で、ただその偶然に驚いているのは光の守護聖だった。
 守護聖達にこんな表情をさせてしまうなんて、一体自分は何処で地の守護聖と会ったのだろう。セイランは必死で記憶を探った。
 けれど、セイランがその記憶に思い至る前に、補佐官の声によって思考は中断された。
「皆さん、女王陛下のお見えです」
 玉座の脇に控えた補佐官が言うと、その場の空気が一瞬緊張で引き締まった。女王陛下の姿を待ち、皆の視線が玉座に釘付けになる。
 ゆっくりと奥から人影が現われて、まだ少女といえるほどの女性が玉座にいた。
 金の髪、翡翠の瞳、薄い桜色の衣装の背から生える羽根は純白で、けれど光り輝いていた。
 セイランはその姿を見て、息を飲んだ。その美しさに圧倒されたからではない。
 向こうもセイランの姿を見て、息を飲んだのが分かった。
 そうだ、あの地の守護聖に何処で会ったか。どうして思い出せなかったんだろう。彼は、あのふたりを探しに来た一団のひとりだ。
 そして……。
 今玉座に座る女王陛下その人こそ、あの霧雨の降る惑星でセイランが助けたあの少女だった。


 To be continued.

 続きを読む