霧に消える(3)


(彼女が……女王陛下?)
 セイランは玉座に座る彼女を凝視した。
 何かしら事情のある者だろうとは思っていたけれど、まさか女王陛下だったとは。
 じゃあ、あの一緒にいた男は誰なのか、何故二人は逃げていたのか、今彼女がここにいるのはどういうことか。
 セイランの中で疑問符が駆け回った。
 そのとき、傍目にも分かるほど、玉座に座る女王ががくがくと震えだした。真っ青な顔で、額に冷汗が出ている。
「陛下!? 大丈夫ですか?」
 脇に控えていた補佐官が様子の変化にすぐに気付き、倒れそうになる女王を支えた。
「どうされました、陛下」
 すぐに玉座近くに光の守護聖が駆け寄る。
 補佐官は光の守護聖とうなずき合うと、女王陛下を抱えてまた奥の方へ消えていった。事態が飲み込めずざわつく一同に光の守護聖が張りのある声で言う。
「女王陛下の容体が少し悪いので、謁見は延期とする。詳しい日程はまた後日知らせる。各自、解散するように」
 そして、補佐官の後を追うように自分も奥へと消えた。
 謁見の間に残された者達の中で、何人かの守護聖は同じように奥へと消えて、他の守護聖は日程の調整や連絡のために他の者と話し合ったりと何かと忙しく動いていた。
 どうすればいいのか分からず戸惑っているのは、教官3人だけだった。
「えーっと、どうすればいいんでしょう、僕達」
 品性の教官ティムカがおろおろしながら言う。
「……言われた通り、解散すればいいんじゃないの?」
「学芸館にいったん戻っとけってことか」
「そうですね、ここにいても皆さんのお邪魔になってしまうだけですし、戻りましょうか」
 手早く結論を決めて、3人は謁見の間を出た。
「女王陛下どうなさったんでしょうね。大丈夫でしょうか」
「女王だって、具合の悪いときくらいあるさ」
「でも、想像していたとおり、本当に綺麗な方でしたね」
 宮殿の長い廊下を歩きながら、セイランの前を行く二人は初めて見た女王陛下についてあれこれと話していた。セイランは会話には加わらず、ただそれを聞くともなしに聞いていた。
 あの霧雨の降る惑星で、雨の中、赤い髪の男と共にいた少女。
 他人の空似などではなく、地の守護聖の言葉からも、あの少女が女王陛下であることは間違いないだろう。
 一体、何があったのか……。
 宮殿の出口に差しかかった処で、セイランの肩を誰かが叩いた。振り向くと、地の守護聖ルヴァが立っていた
「あー、セイラン。貴方にちょっとお話しがあるのですが、もしよろしければ、向こうでお茶でもいかがですか?」
 話の内容が多分あの少女……いや、女王陛下に関することだろうとはすぐに察しがついた
「分かりました。行きます」
 ティムカとヴィクトールは、純粋に試験に関する用で呼ばれたのだと思ったのだろう。先に帰っていると言って、宮殿を出ていった
「えー、じゃあ、私の執務室にでも行きませんか?」
 ルヴァはセイランを自分の執務室へと連れていった。



 執務室の脇にある、小さな応接室でソファに向かい合わせに座る。
「驚かれているようですねー。まあ、無理もないことでしょうけど……。私達も驚いているんですよ。こんな偶然があるなんてね」
 にこにこと、ルヴァはお茶を注ぎながら話した。
「まずお願いしたいのは、陛下と以前辺境の惑星で会ったことは内密にしていただきたいのです。他言しないとお約束していただけない場合は、こちらもそれ相応の処置をしなくてはならなくなりますのでねー」
 言い方は優しいが、つまりは脅しだった。女王のことを他言するなと。もし他言したりした場合は、セイランの身の安全は保証されないだろう。
 けれどセイランは権力を振りかざした脅しに簡単に屈するほど甘くはなかった。
「理由も何も聞かされず、ただ黙っていろと言われても、そんな脅しは受けません。一体何があったのか、ちゃんと話して貰えませんか?」
 地の守護聖は、話そうかどうか一瞬迷ったようだった。それから次にセイランが話すことに値する人物か見極めるようにまっすぐ見つめてきた。セイランはその視線をまっすぐに受けとめる。
 やがて、ルヴァは溜息をつくように言葉を吐き出した。
「……許されない恋の逃避行、というやつですよ」
 セイランがあの辺境惑星で見たふたりの様子から、まあそんなことだろうとは思っていた。まさかそれが女王陛下とは思いもしなかったが。
「貴方が会った、彼女と一緒にいた赤い髪の男は元炎の守護聖で、オスカーと言います。もともと、陛下が即位される前、女王候補の頃からあのふたりは恋人同志でした。陛下が即位されてからもふたりの関係は密やかに続けられて……私達はそれに気付いていましたが、ずっと黙認していました」
「黙認され続けていたものが……何故、それを理由に逃避行しなければならなくなったんです?」
「オスカーが、炎のサクリアを失ったんです」
 そのときのことを思い出すかのように、地の守護聖は遠くを見つめた。
 その場にいなかったセイランには分からないことだが、あのときどれほどアンジェリークが哀しみ泣き叫んだことか。どれほどオスカーが苦しんだことか。
「サクリアを失った者はこの地を去らなければいけません。けれど、貴方もご存じの通り、ここと下界は時間の流れが違いますから、ふたりにとってそれは永遠の別れを意味します。だから、ふたりは逃げたんです、ここから」
 もちろん女王が聖地にいないなど許されるはずもなく、ふたりは追われた。そしてその逃避行中にセイランと会った、という訳だ。
 女王との謁見の前の地の守護聖の言葉を思い出す。
『彼のおかげで、ふたりを捕まえることができたのです』
 それが誰のことを指すかなんて、考えなくても分かる。
「貴方の証言通り追っていって、港からの出港者記録を調べました。偽名を使っていましたが、あの二人の容姿は目立ちますからね、すぐに分かりました。急いで追って……ふたりは捕まった、という訳です」
 捕まったのち、男の方はどうなったのだろう。セイランはふと思う。少女は再び女王として玉座に立たされているのは自分の目で見て分かっている。けれど、たとえその男が元守護聖で、ふたり合意の上の逃避行だったとしても、女王陛下を聖地から連れ出した罪は重いだろう。死罪を言い渡されてもおかしくない。
「その……元守護聖の方は、今何処にいるんです?」
「場所は教えられませんが、ある処に拘留されています。女王である彼女にもし自殺でもはかられたら困りますからね、交換条件を出したんです。彼女が大人しくここにいる代わりに、元炎の守護聖オスカーの身柄を保証する、とね」
 ルヴァは哀しげにセイランを見つめた。
「貴方にはお礼を言うべきなんでしょうかね……?」
 自嘲するような口調だった。
「きっと、言うべきなんでしょうね。貴方のおかげでふたりを捕まえることができて、宇宙は再び平和を取り戻した。貴方は褒められるべきなんでしょうね」
 弱々しい言葉だった。ふたりを捕まえるべく使命を受け、追っていたのはルヴァ自身だ。そして、もし捕まえられなかった場合、どんな惨事が待っていたか、よく分かっている。
「けれど、私は時々思ってしまうんですよ。もし貴方があのとき、ふたりの行方など知らないと言ってくれていたら……あるいは嘘の証言をしていてくれたら……とね。私は、守護聖失格ですね」
 ルヴァはくちびるを歪めて小さく笑った。
「僕は…………」
 セイランは言葉を探した。何か言おうと思った。
 けれど、いつも詩を語るその口からは、美しい旋律を持った言葉も、小さな子供のようなたどたどしい言葉も、何ひとつ出てこなかった。
 ただ、ひどく息苦しかった。


 To be continued.

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