未来の想い出 0-3


「ジュリアスは、大きくなったら何になりたいの?」
 母親に尋かれて、ジュリアスは首をかしげた。
 なりたい職業というものは、まだ具体的には決まっていなかった。すべてになりたかったしすべてに憧れた。そして、望めばなんにでもなれる気がしていた。
 その通りに話すと母親は笑って、ジュリアスの頭を撫でた。
「じゃあ、大きくなったらやってみたいこととか、ある?」
 こんどは母親にそう尋かれて、ジュリアスは少し頬を染めてうつ向いた。
 実はひとつ夢があった。
 それは、『母親のようなひとに出会って、そのひとを本当に愛すること』。
 これは以前に近所の友達に言ったら散々笑われてしまって、だからそれ以来誰にも言っていない秘密の夢なのだ。
 ジュリアスは母親ほど綺麗で素敵なひとは見たことがなかった。優しくて、あたたかくて、それでいて何処か強さを秘めた、きれいなひと。誰よりも大好きだった。
 そんな母親が父親に向ける笑顔は、いつも自分が見る笑顔よりずっと綺麗な気がした。だからどうしてかと父親に尋ねたら「そりゃあ、俺を愛しているからさ」と言われた。
 ジュリアスだって母親が大好きなのに、そのいちばん綺麗な笑顔を独り占めしているなんてずるいと言ったら、父親は困ったように笑った。
「別に独り占めしてるわけじゃなくて、勝手にそうなるんだよ。お前もいつか大きくなって、誰かを本当に愛したら分かるさ」
 ジュリアスはよく分からずに首をひねる。どうしてそうなってしまうのかも分からないし、第一、『愛する』ということ自体、どういうことなのか分からなかった。
 そんな、まだ『愛』を知らないジュリアスの様子に、かつての自分の姿を重ねて、父親は目を細める。
「俺も、彼女に出会って、彼女を愛するまで分からなかったよ。人を愛するということも、愛されるということも、本当のしあわせも……。お前も、いつかそんなひとに出会えるといいな」
 そう言われて、ジュリアスは大きくうなずいた。
 母親のように綺麗で優しい素敵な人に出会って、そのひとのいちばんの笑顔を独り占めできたら、どんなにしあわせだろう。きっと、とってもとってもしあわせに違いない。そう思った。『好き』の感じは分かっても、『愛する』ということがどういうことか、よく分からない。幼すぎて、まだそういう感情がないのだ。それでも、それが密かなジュリアスの夢になった。
 母親のようなひとに出会って、そのひとを本当に愛して、いちばんの笑顔を向けてもらうこと。
 それが夢だった。
 けれど、それを母親に話すのは、恥ずかしくてできなかった。以前友達に話したときざんざん笑われて、馬鹿にされて、もう誰にも言わないと決めていたし、もし母親に話して笑われたりしたら、ジュリアスは立ち直れないだろう。
 だから、それは秘密だと、頬を染めたまま、ジュリアスはつぶやくように言った。
 今まで隠し事なんてなかった子供のはじめての秘密に、母親は少し驚くと同時に、思わぬ成長に嬉しさと一抹の寂しさを感じる。きっと、こうして子供は少しずつ大きくなり、親から離れていってしまうのだろう。
「でも、夢があるなら、それが叶うといいわね」
 言いながら、髪を撫でてくれるその手のあたたかさに、ジュリアスは、いつかきっと夢を叶えたいと強く願う。
 いつかきっと、そんなひとに出会いたいと、願う。


 それは秘密の夢。
 いつかきっと叶えたい、ささやかな、夢…………。


 To be continued.

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