未来の想い出 1
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ジュリアス、しあわせになりなさい……
遠く響く、誰かの声。
これは誰?
しあわせになれ、ジュリアス……
誰? 一体誰?
思い出せない。でも、知ってる。
これは…………。
「……アス様。ジュリアス様」
肩を揺さぶられて、ジュリアスはうっすらと目を開ける。
まず最初に視界に飛び込んできたのは、見慣れた執務用の机。ゆっくりと顔を上げると次にオスカーの姿が目に入った。
ぼやけていた視界と思考がはっきりしてくる。
「起きられましたか?」
「私は……寝ていたのか?」
「ええ」
執務机に向かったまま、知らないうちにうとうとしてしまっていたらしい。いくら最近いつも以上に忙しく、今日の分の執務はおおかた終らせた後とはいえ、執務室で居眠りするなどという失態にジュリアスは自分を恥じた。
けれど理性以外の心は失態を恥じるよりも、今まで見ていた夢のことを考えていた。
(ジュリアス……)
何処かなつかしい、知っているような、知らないような、誰かの声。
あれは…………。
「どうかされましたか、ジュリアス様?」
何処か遠くに視線をさまよわせてぼんやりしているジュリアスに、オスカーが気遣った声をかける。
「いや、なんでもない」
ジュリアスは夢のことを頭から追い払った。今は夢のことになど構っている暇はないのだ。守護聖としてやらなければならないことは山のようにある。特に今は。
「それより、何か用があって来たんだろう。なんだ、オスカー」
一転していつもの厳しい口調になる。それに対してオスカーもぴっと背筋を伸ばして真面目な口調で答えた。
「補佐官から、謁見の間に集まるよう言われました。陛下からのお呼びだそうです」
「用件は……女王試験のこと、だろうな」
ジュリアスは小さく溜息をついた。
女王交代のときが近づいていて、そのための試験がもうすぐ行なわれるということはジュリアスも聞いていた。ジュリアスにとっては何度目かになる女王試験。いつもならそんなに慌てることもないが、今回は宇宙の移転問題も絡んでいる。いつも以上に慎重にならざるを得ない。
「分かった。謁見の間に行こう」
ジュリアスは眠りから覚めたばかりの気だるさを振り払うように、勢いよく立ち上がった。
謁見の間にジュリアスとオスカーが到着したときには、他の守護聖はもう皆集まっていた。
「……遅かったな」
嫌味のつもりか、いつもはろくに口もきかないクラヴィスが声をかけてきた。
「遅れてしまって悪かったな。だがお前こそどうした。いつもは呼び出しても来ないくせに」
嫌味を返すつもりでジュリアスが言うと、クラヴィスはあの口の端だけを吊り上げる笑いをしてみせた。
「……水晶が、おもしろいものを映しだしたのでな……」
そこ言葉の意味をジュリアスは分からなかったが、どうせもともとこの男を理解することなど出来ないだろうと深く考えず、さっさと背を向けてディアの方へ向き直った。
守護聖が全員集まったのを確認して、ディアが口を開いた。
「女王試験が行なわれることは皆様すでにご存じですね。その女王候補二人が選ばれました。これから彼女達を飛空都市に招いて、そこで試験を行なうことになります」
女王試験を経験したことのない歳若い守護聖達は、期待と興味でざわめいた。
「これが、女王候補です」
ディアは持っていた杖を優雅に動かした。その動きに伴って、スクリーンに映される二人の少女。
「ひとりはロザリア・デ・カタルヘナ。もうひとりはアンジェリーク・リモージュといいます」
藍色の髪の少女と金の髪の少女の姿が守護聖達の前に示された。守護聖達はそれぞれ興味深げにその映像をのぞき込んだ。
けれどジュリアスは二人の少女のうち、一方、金の髪の少女だけに見入ってしまっていた。
「……アンジェリーク……」
不意に、口からその名前がこぼれた。けれどその声は小さすぎて、他の誰も聞き咎めはしなかった。あるいはジュリアス自身さえ、呟いたことに気づかなかったかもしれない。
ディアは二人の名前は告げたものの、どちらの少女がロザリアでどちらの少女がアンジェリークかはまだ告げていなかった。けれどジュリアスには分かった。この金の髪の少女がアンジェリークだと。何故かは分からない。けれど確信をもって、彼女がアンジェリークだと思った。
ジュリアスはスクリーンのその姿を見つめていた。
胸に、なにか分からない感情が込み上げる。苦しいような、痛いような、名前を知らない感情。
「アンジェリーク……」
もう一度その名を小さくつぶやく。それだけで、胸が痛むほどに締め付けられるような気がした。
ジュリアスは、自分の後ろでオスカーが同じように金の髪の少女に見入っていることには気づかなかった。
To be continued.
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