未来の想い出 4


 女王候補二人の育成は順調に進んでいた。
 アンジェリークもロザリアも、どちらとも女王の資質を伸ばし、それぞれの大陸の建物も、着実に中央の島へと近づいていた。このぶんなら、どちらが女王になるかは分からないが、まもなく試験は無事終わるだろう。
 試験の終わりは、ジュリアスにとって、喜ばしいことであるはずだった。そして実際に嬉しいのだけれど、同時に少し、寂しくも感じていた。
 試験が終われば、アンジェリークは女王候補ではなくなる。女王になるかもしれないし、女王にならなかいもしれない。どうなるかは分からなかったが、試験が終われば、今までと同じようには接せなくなる。
 アンジェリークが女王となれば気軽に接することはできなくなるし、女王にならずに下界に降りればもう会うことすらできなくなる。女王にならなかった場合はおそらく補佐官になる確率のほうが高いが、それでも、やはり女王候補のようには気軽には接せないだろう。
それが少し寂しいのだ。
(私としたことが…………)
 そんなふうに思ってしまう自分に苦笑する。けれど、それも悪い気分ではなかった。
 未来はどうなるか分からない。
 その未来に逆らう気も、ジュリアスにはない。
 ただ、そのときがくるのが、すこしでも遅ければいいと、密かに願うのだった。
 だが、そのときは、ジュリアスにとっては思いもかけず早く訪れ、そして思いもよらない結果をもたらすことになった。



 その日は、いつもどおりの定期審査のはずだった。
 けれど、いつもとすこし様子が違った。居並ぶ顔ぶれや状況は変わっていないのだが、皆が、いつもよりもそわそわしているような気がしたのだ。
 ジュリアスが不審に思っていると、桃色の髪の女王補佐官が、中央の通路に進み出た。
「皆様、次期女王が決定いたしました」
 よく通るすずやかな声で、ディアは、そこに居並ぶ守護聖達にそう告げた。
(!?)
 その言葉に、ジュリアスは声にならないほど驚く。
 何故、女王が決まるのか。まだ試験は終っていない。建物はまだ、どちらの候補も中央の島には辿りついていない。それなのに。
「一体……どういうことなのだ、ディア」
 声が震えそうになるのを、かろうじて、威厳で押さえる。
「女王候補のひとりであるアンジェリークが試験の辞退を申し出ましたので、次期女王は、ロザリアと決定いたしました」
 ディアは静かな声で告げた。
「…………なにゆえに、辞退すると言うのだ?」
 ディアは、本人から聞けというように、ジュリアスの前から体をずらした。そこには、アンジェリークがいた。ジュリアスの前に、アンジェリークの姿がくる。
「あの、私…………」
 言いづらそうに、アンジェリークが言う。わずかに頬を染めながら。
 どう言えばいいのか言葉を探してためらっているアンジェリークの傍らに、彼女をかばうようにオスカーが進み出た。
「俺です。アンジェリークは俺のために、試験を辞退したんです」
「そなたの、ため?」
 分からずに聞き返すジュリアスの前に、アンジェリークが進み出た。
「私、オスカー様が好きなんです。女王になるよりも、オスカー様と一緒に生きていきたいんです。だから……」
 ようやくジュリアスも、アンジェリークが女王候補を辞退したわけを悟った。
 周りを見渡せば、そう驚いた顔をしている者はいない。おそらくは、皆すでに知っていたのだろう。はっきりと知らされていなかったとしても、薄々察していたに違いない。
 アンジェリークは、オスカーのものになる。
 それが喜ばしいのか哀しいのか悔しいのか、ジュリアスには分からなかった。
 自分がアンジェリークを愛していたのか、そうでなかったのかさえ。
 不意に、肩に手を置かれた。
 弾かれるように振り向くと、闇の守護聖だった。
「何をそんなにためらう? オスカーとアンジェリークが結ばれる。喜ばしいことではないか」
 そうだ。その通りなのだ。
 自分の一番の部下と、好感を持ち親しくしていた女王候補とが、想いを通じ合わせて結ばれる。これは喜ばしいことなのだ。
 女王には、ロザリアがなる。彼女にも十分女王の資質があり、よい女王になるだろう。何の問題もない。
「……ああ、そうだな」
 ジュリアスはゆっくりと、オスカーとアンジェリークに向きなおった。
 並んで寄り添うように立っているふたりはとても似合いだ。まるで、そうあることが正しいような気分にさえなってくる。
(そうだ。それが、正しいのだ)
 アンジェリークの隣にはオスカーがいて、オスカーの隣にはアンジェリークがいて。ふたりがいつも共にあり、愛し合い、しあわせであること。それが正しいのだ。それが、ジュリアスにとっても嬉しいことなのだ。
「アンジェリーク。オスカー。そなたたちを祝福しよう」
 心から、ジュリアスはふたりにそう告げた。
「ありがとうございます、ジュリアス様」
「ありがとうございます」
 いちばん反対されるかと思っていたジュリアスに許しをもらえ、ふたりは喜んで満開の笑みを見せる。
 その笑顔は、何故だかジュリアスさえもしあわせにした。



 そうして、新女王ロザリアが決まり、新宇宙への移転が行なわれることとなった。
 移転が無事済んだのち、新女王、新補佐官の即位式が行なわれ、同時に、炎の守護聖オスカーと女王補佐官アンジェリークの結婚式も行なわれる予定だった。



 薄明かりのみ灯された執務室で、闇の守護聖は、目の前に置かれた水晶を見つめていた。
「運命、か……」
 まるで、歯車が規則正しく回るかのように、すべてのことが、回ってゆく。
 おそらくはこれからも、決められた通りに、進んでゆくのだろう。
「……それでも、大丈夫だ。おまえなら……おまえたちなら……」
 水晶の中に、ぼんやりと浮かぶその人影に、彼はそっと語りかけた。
 そのとき水晶に映っていたのは…………。


 To be continued.

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