未来の想い出 6
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聖地では、時空の歪みに飲み込まれたふたりの捜索が必死に続けられていた。新宇宙の安定よりも、新女王の即位式よりも、他のどんなことよりも、オスカーとアンジェリークの捜索が優先されていた。
「調査の報告結果はまだか!?」
ジュリアスの怒声が飛ぶ。
「はっ! 只今お持ちします!」
部下のひとりが急いで書類の束を持って走ってくる。
ジュリアスは渡された書類に目を通す。けれど書かれているのは、ふたりの手がかりひとつ見つからない、という報告ばかりだ。
苛立って、調査結果を机に叩き付ける! 書類の束が崩れて、足下に散らばってゆく。
必死の捜索にもかかわらず、一向にオスカーもアンジェリークも見つからなかった。
その行方も、生死さえも、何も分からない。
時空のひずみに巻き込まれたのだ。ほとんどの者が諦めかけている中、それでもジュリアスだけはふたりの無事を信じて、必死に捜索を続けていた。
諦められなかった。諦めたくなどなかった!
アンジェリークとオスカーが死んでしまったかもしれないなど……考えたくもなかった。
「あの……ジュリアス様」
ためらいがちにかけられた声に、ジュリアスは書類から顔をあげた。そこには、女王付きの女官が、暗い顔をして立っていた。
「女王陛下が、守護聖の皆様方に、謁見の間へ集まるようにと……」
この数日で新女王はぐったりとやつれていた。
藍の髪の新しい女王には、女王候補のころのような威厳も誇り高さも見られなかった。隣にいるはずだった、金の髪の少女がいない。その事実が、ロザリアを打ちのめしていた。
「……皆様にお知らせがあります」
暗い声で、女王は集まった守護聖達に語りかけた。その声音だけで、よい知らせなどではないことははっきりと知れて、皆が、一体どんなことを言われるのかと、かたずを飲み、眉根を寄せた。
ロザリアも、その先の言葉を、言いたくなどなかった。逃げ出せるなら、逃げ出してしまいたかった。
けれど、女王の責務として……告げなければならなかった。
「……新しい炎の守護聖が、見つかりました」
その言葉に、並んでいた守護聖たちが息を飲んだ。
サクリアの移行には多少なりとも時間がかかる。それなのに、こんなに早く新しい守護聖が見つかったというのは…………オスカーは、死んだのかもしれない…………。そして、オスカーが助からなかったのなら、共にいたアンジェリークも…………。
「そんな! それでは、オスカーとアンジェリークは……!!」
取り乱した様子で、ジュリアスが玉座に詰め寄ろうとした。
その腕を、誰かが掴んで止める。クラヴィスだった。
「落ち着け、ジュリアス」
「落ちついていられるか! ふたりは、ふたりは……!!」
「オスカーとアンジェリークは無事だ」
闇の守護聖の言葉に、目を見開く。
確信に満ちたその口調に、彼が言っているのは気休めなどではないことはすぐに分かった。
途端に、ジュリアスの心に、希望の灯がともる。
「ふたりは何処にいるんだ、早く迎えを……」
「それは無理だ。ふたり共もう死んでいる」
ジュリアスの目が再び見開かれる。死という言葉が、鋭いナイフのように、心に突き刺さる。
「……何だと!? お前、今、ふたりは無事だと言ったばかりではないか!!」
闇の守護聖の言うことが、なにひとつ分からなかった。矛盾ばかりだ。
彼は確かに、ふたりは無事だと言った。それなのに、それと同じ口で、ふたりは死んでいるなどと言うのだ。
「おまえは一体何が言いたい! いや、アンジェリークとオスカーはどうなっているんだ!! ふたりは…………!!」
「落ち着け」
「落ちついていられるか!」
取り乱すジュリアスとは裏腹に、クラヴィスはあくまで落ちついていた。それがさらにジュリアスを苛立たせる。
そんなジュリアスの腕を強く掴むことで動きを制して、闇の守護聖は、ゆっくりと、そして重々しく告げた。
「落ち着け。そして、思い出せ」
言葉の重々しさと、強い瞳に、ジュリアスは思わず動きを止めた。
「……何を?」
「お前が、忘れてしまった過去を」
(…………過去?…………)
ふと、クラヴィスがジュリアスの目の前に手のひらをかざした。
その瞬間に、すっと眠りに落ちるように、ジュリアスは意識をなくした。そのまま床に倒れる。
「ジュリアス様!」
「ジュリアス」
その様子に、数人の守護聖が、倒れたジュリアスの元に駆け寄る。
「案ずるな。眠っているだけだ。そして、自分の過去を見つけるだろう」
「……どういうことですの、クラヴィス」
玉座のうえから降りたロザリアが、クラヴィスに問いかける。
彼女にも、何が起こっているのかなにひとつ分からなかった。彼が何を言っているのかも。
本当にオスカーとアンジェリークは無事なのか。それなら、何故ふたりはもう死んでいるなどと言うのか。
クラヴィスはちいさく笑った。床に倒れ、おそらくは夢を見ているのであろう、ジュリアスを見つめながら。
「……数代前の闇の守護聖が残した言葉と、私の水晶が映したことと、それから私が知っていることを合わせて、推測しただけだ。それでよければすべて語ろう」
「……お願いしますわ」
その場にいた全員が、これから語られるであろう闇の守護聖の言葉に、息を飲んで耳を傾けた。
静かな謁見の間に、クラヴィスの低い声だけが響く。
「そうだな。どこから語ればいいのか……数代前の闇の守護聖は、ある日、不思議な予知をしたそうだ。不思議な客が、聖地を訪れるだろう、と……。そして、実際、聖地に思いもよらない人物が現れた…………」
To be continued.
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