未来の想い出 7
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クラヴィスは静かに、自分の知っていることすべてと、自分の考えた『予想』を皆に話した。話が進むにつれ、誰もが言葉をなくした。
突拍子もない話だった。にわかには信じられない。
分からないことばかりだった。信じられない。いや……信じたくない、のかもしれない。
「おいオッサン! そんな簡単に言うけどな、その話ホントなのかよ!?」
「じゃあ……オスカー様とアンジェリークは過去に飛ばされて、そして……ジュリアス様のご両親だと言うのですか?!」
それまで黙ってきいていたゼフェルとランディだったが、我慢できなくなったようにクラヴィスの話をさえぎって声をあげた。
「おそらくな……」
「そんな……!」
「だって、ジュリアス様は、主星の貴族の家の出だと……!!」
同じように黙っていられなくなっマルセルが、身を乗り出してクラヴィスに詰め寄った。
たしか、ジュリアスは主星の貴族の家の出という経歴のはずだった。本人もそう言い、それを誇りにしていた。
「それは偽りだ。もっとも……本人はそれを『信じて』いたがな」
クラヴィスはそのころのことを思い出す。
クラヴィスが聖地に来たのは、ジュリアスが連れてこられたすぐあとのことだった。自分と同い年の守護聖がいると聞いて、どんなやつだろうと思っていた。
友達になれるだろうかなどという可愛い感情は持っていなかったが、やはり興味はあった。どんな奴なのだろうと、いろいろと想像していた。優しい奴なのか、意地の悪い奴なのか、楽しい奴なのか。
けれど、聖地で会ったジュリアスは、どんな想像とも違っていた。
まるで、人形のようだった。
なにもしゃべらず、ただ部屋のすみで膝をかかえて座っていた。
その瞳は、開いていても、なにも映していなかった。
クラヴィスや、他の誰が話しかけても、なんの反応も返さない。本当に、魂が抜けてしまったようだった。
彼はもともとそうだったわけではなく、この聖地にきてからこうなってしまったのだという。両親と引き離されたことがショックで、こんなふうに、なってしまったのだと。
そう説明されても、クラヴィスには分からなかった。クラヴィスはもともと両親がおらず、孤児として育てられていた。自分にとっては聖地にくることも、生きる場所が変わるというだけで、なんの感慨もなかった。
だから、ジュリアスの気持ちを理解できないクラヴィスは、彼を慰めることもできずに、遠巻きに彼を眺めるだけだった。
「幼いジュリアスは、ここへ来たとき、一種の自閉になっていた。記憶を閉ざすと同時に、自分自身も閉じこめてしまったのだ。だから、当時の研究院や守護聖たちで話し合った結果、あいつに偽の記憶を植え付けることにしたのだ」
最初は、自然な回復を待っていたが、ずっと回復の兆しはみられなかった。
このままではまともに食事をとることもできないジュリアスの体調も心配だし、サクリアの管理に支障が出るという杞憂から、研究院は『治療』を施すことを決定した。彼に、偽の記憶を与えることを。
「植え付ける、といっても、そう大したことはしていない。一種の催眠療法と刷り込みだ。自我を失っているジュリアスに、『おまえは主星の貴族の家に生まれ育ったんだ』と繰り返したのだ」
繰り返された言葉は、いつしか、虚無だった幼いジュリアスのこころの中に入り込んで、根付いた。
「記憶を閉ざし、自分をも閉ざしていたジュリアスは、思いのほかすんなりと、それを受け入れた。……そのほうが自分が生きていくのに楽だと、無意識の内に判断したのだろうな。あいつは聖地に来る以前の記憶をなくし、『自分は主星の貴族の家に生まれた』と思いこむようになったのだ」
両親の記憶をなくしたジュリアスは、どんどん回復した。
ちゃんと感情をおもてに現わすようになり、守護聖としての役目もちゃんと果たすようになった。
そうして、ジュリアスの本当の出自は機密事項となった。
回復したばかりの彼が、何かのきっかけで真実を思い出して、また閉じこもってしまうことを恐れたのだ。
もちろん、半永久的に隠すようなつもりはなかった。ジュリアスがある程度分別のつく、自己の確立するような年齢になったら、自然に思い出すか、教えるかするつもりでいたのだ。
けれど、ジュリアスの在位期間は、思いのほか長かった。前例のないほど。
その当時いた研究員達も守護聖達も、どんどんと代替わりしていった。
そしてそのまま時は流れて。
いつしか、ジュリアスが聖地に来た当時を知る者は、クラヴィスだけになってしまった。それと同時に、ジュリアスの本当の出自を知る者も、クラヴィスだけになってしまった。
クラヴィスは、別にジュリアスに真実を告げる気もなかった。彼が偽の記憶を真実と思いこんでいようと、それで彼が不自由していないのなら、それはそれでいいと思っていた。
数代前の闇の守護聖が後任の守護聖に口伝で伝えたという不思議な話も、知ってはいたが、それがジュリアスに関係する話だとは思ってもいなかった。ずっと。
それが……この試験の始まるすこし前から、水晶が不思議なものを断片的に映し出した。
最初はそれがなんなのか分からなかったが、やがてクラヴィスは『真実』に気付くことになった。
「じゃあ……あなたは、すべてを知っていながら、ずっと黙って見ていたんですか!? アンジェリークとオスカーが、時空のひずみに巻き込まれることを知っていながら……!!」
叫んだのは、ロザリアだった。
声には怒りがにじんでいる。当然だ。クラヴィスがちゃんと教えてくれれば、親友をあんな目にあわせたりはしなかったのに。
「教えてどうする。運命をねじ曲げることは不可能だ」
「でも…………!!」
「仮に、私が止めたとして……そうしたらどうなる? オスカーとアンジェリークが過去に行かなければ、ジュリアスは存在しない。パラドクスが生まれる」
言い返せずに、ロザリアはくちびるを噛んだ。
たしかに、クラヴィスの言いたいことは分かるのだ。過去も運命も、ねじ曲げることはできない。あるいは、許されない。それがたとえ女王であろうと守護聖であろうと。
今まで静かに控えていたリュミエールが、そっと口を開いた。
「クラヴィス様。それでは、オスカーとアンジェリークがもうすでに死んでいるとおっしゃったのは……」
「ふたりが飛ばされた時代は、聖地の時間で20年以上前、地上では今よりも何百年……あるいは千年以上前だ。当然、もうすでに寿命は尽きているだろう」
時空のひずみに巻き込まれたふたりは『無事』だった。けれど過去に飛ばされ、その時代ですでに寿命を終え『死んでいる』。
やっとクラヴィスの言っていた言葉の意味を納得する。
話を終え、部屋に沈黙が落ちた。それぞれの胸のうちで、さまざまな想いをめぐらせているのだろう。不思議な運命をたどった、オスカーとアンジェリークと、そしてジュリアスを想って。
しばらく経った頃、ルヴァがクラヴィスに話しかけた。
「あー、あのですね〜クラヴィス。その、オスカーとアンジェリークは、過去に飛ばされて、しあわせに暮らしたんでしょうか〜」
「愚問だな、ルヴァ」
闇の守護聖は、くちびるの片端を持ち上げて笑った。けれどそれは、不思議なほど、優しい微笑みだった。
「あのふたりが一緒にいて、しあわせでないわけがないだろう?」
その答えに、その場にいた者達にも、思わずかすかに笑みが浮かんだ。
ずっと張りつめていた糸がほどけるように、空気がゆるんだ。
そう、きっと、大丈夫だろう。
あのふたりなら、そして、ふたり一緒にいられるなら。
きっと。しあわせに、なっただろう。
ジュリアスは、ひとり星の間にいた。
天井には、無数の星々が映し出されている。それをじっと見つめていると、吸い込まれてしまいそうな気がする。こんな無数の星空は、あのころにもよく見た。あの────草原の惑星にいたころ。
「綺麗な星空だな」
不意に声をかけられて振り向くと、いつのまにかクラヴィスが立っていた。
この男とのつきあいも20年になるが、そういえばいつもこんな現われかたをする。
「なんだ。こんなところに何か用か?」
「用がなくても夜出歩くのは私の趣味だな」
その答えに、ちいさく笑う。
意識を失って目を覚ましたときには、ジュリアスはなくしていた本当の両親の記憶を思い出していた。
それはたしかに、オスカーとアンジェリークだった。
混乱するジュリアスは、クラヴィスから話を聞いた。最初は信じられなかった。
……いや、それは嘘だ。本当は、最初からそれが真実だと、どこかで分かっていた。
オスカーとアンジェリークが、自分の、両親だと。
「……不思議なものだな」
ジュリアスは、誰にともなく呟いた。
(また、会えるよ)
記憶の中の、父親の声がよみがえる。
(おまえは気付かないかもしれないけれど、いつかおまえは俺達に出逢う)
『ジュリアス』が光の守護聖に選ばれた時点で、オスカーとアンジェリーク……いや、両親も、この不思議な運命に気付いたのだろう。
この、不思議なループに。
クラヴィスもジュリアスの隣に並んで、星を見上げる。
無数の星。このどこかに、草原の惑星があるのだろう。オスカーが生まれ育ち、自分が生まれ、そして、オスカーとアンジェリークが共に暮らした、その場所が。
「ジュリアス」
不意に、隣から声をかけられた。
「お前は、しあわせか?」
ジュリアスは、クラヴィスのほうを向かないまま、無数の星を見上げたまま、ほんのすこしだけ考えて、それから、はっきりと答えた。
「……しあわせだ」
「それならいい。あのふたりも喜んでいるだろう」
遠い記憶に残る、両親の笑顔。そして、ついこのあいだまで隣にあった、オスカーとアンジェリークの笑顔。
しあわせになりなさい。
記憶の底にかすかに残る想い出。愛しい声。
たとえ遠く離れてしまっても。
(…………おとうさん…………おかあさん…………)
To be continued.
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