夕暮れの子供(4)
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新しい宇宙が惑星で、力で満たされようとしていることは、データとして報告されなくても分かっていた。それは直接肌で感じられた。
(もうすぐ……試験が終わる)
それが何を意味するのかも、分かっていた。
(あの人が、ここを去っていく)
あの人は、女王試験のための感性の教官としてこの地に招かれた。当然、試験が終わればあの人の役目も終わる。そうなれば、あの人はここを去ってゆく。ここは、特別な聖なる地。役目もない普通の人がここにいることは許されない。
あの人は、ここを去ってゆく。下界に戻っていく。
(もう、あの人に会えなくなる……)
そう思うたび、胸が苦しかった。
草原にいけないとき、あの人に会えないときは一秒でも時間が早く過ぎればいいと願うのに、それがあの人との別れにつながると思うと、怖くてたまらなかった。
だけど、私が何を願おうと、祈ろうと、時間だけはいつも変わらず過ぎてゆく。
そのときは、確実に近づいていた。
きっと、週が明けないうちに、新宇宙が誕生する。
それは、予感ではなく確信だった。女王のサクリアを持つ者として、それがはっきり分かった。
草原へ向かう足取りとは裏腹に、心は重くなっていった。
(あの人に会えるのは、きっと今日が最後)
次に宮殿を抜け出せる機会を得る前に、試験は終わり、あの人は去ってゆくだろう。
次に草原へ行ったとしても、もうあの人はいない。
そう思うと、心と共に、自然に足も重くなっていた。
それでも歩いているから、やがて草原が見えてくる。
あの人は草原にいた。
でも、一瞬感じる違和感。何か、いつものあの人と違った。それが何かはすぐに分かった。
あの人は、何も絵の道具を持ってきていなかった。そんなことは初めてだった。
「絵の道具、どうしたの?」
「部屋に置いてきた」
そう一言、あの人はそっけなく答えた。
でも、それがどれほどのことか、私には分かっていた。まるで身体の一部のように、あの人はいつも、スケッチブックを抱えていた。
あの人は私の心を見透かしたかのように薄く笑った。
「キャンバスよりも心に残しておきたいものだってあるよ」
それは何? この風景? それとも……。聞きたくて、でも聞けなかった。聞く必要も、ない気がした。
私は、当たり前のようにあの人のすぐ隣に腰を下ろした。そして当たり前のように、あの人の肩に頭を載せた。何故か、それが一番自然な気がした。
あの人も、私がそこに座ったことに何も言わなかった。
「もうすぐ、試験終わるね」
だから、ここでこうして会うのも、今日が最後。
言葉にはしなかったけれど、きっとそれはあの人も分かっていた。
「……ひとつ、聞いてもいいかい?」
あの人が言った。
「何?」
「君はどうして女王になったんだい?」
私は少しのあいだ、考えた。そんな質問をされたことなんてなかったし、自分でも考えたことなどなかった。
「あのとき私しか宇宙を救える人がいなかった……っていうのは、嘘ね」
建前とか綺麗事とか、そんなものを並べ立てたくはなかった。それらは全部、一番醜いものとしてあの人の目に映るだろう。そんな醜い自分を、あの人に見せたくはなかった。
「突然訳も分からず女王候補に選ばれて、ただ夢中で試験を受けてた。女王になりたくなかったって言ったら、それも嘘。女王に憧れていたわ。……知らなかったの。女王がどんなものか。宇宙を支えるということがどんなことか。考えたことも、なかった」
あの頃を思い出す。女王候補として、飛空都市で試験を受けていたあの頃。
ただ夢中だった。まわりのことなんて、何にも見えなくなるくらい。
大陸を育てるという試験はおもしろかった。まるで植えた鉢植えが芽を出して花を咲かせるように大陸が育っていくのがおもしろかった。ただそれだけで、試験を進めていた。
「私は、何にも知らない子供だったの。ただ与えられたおもちゃで遊ぶように大陸を育成していただけ。その意味など、考えずにいた。いつのまにか私の大陸は発展して、私は女王に選ばれた。嬉しかったわ、そのときは。でもやがて、宇宙の女王というものがどんなものか、私にも分かってきた。それがどれほど大変なものか、つらいものか、……寂しいものか」
今の自分を思い返す。何処にも『私』の居場所なんてない。
苦しくて息をすることもできない陸の魚。だけど逃げ出すこともできない足に紐のついた小鳥。
「分かっても、もうどうしようもなかった。だって、私は宇宙の女王になってしまったんだもの」
「……………」
あの人は、何も言わなかった。
それからずっと、二人とも言葉はなかった。
私もあの人も、何も言わず、ただそこにいた。
ただ、かすかに伝わるぬくもりと鼓動だけを感じていた。
ただ、ずっと。
それでもやっぱり、時は過ぎる。
ゆっくりと世界が朱く染まってゆく。青空で輝いていた太陽も、沈んでゆこうとする。タイムリミットが近づいている。
「もう帰らなきゃ……」
つぶやいて、でも、立ち上がることはできなかった。あと少し、せめて太陽が沈むまででも、ここにいたかった。あの人の傍にいたかった。
やがて、太陽が地平線に触れようとしたとき、あの人が呟いた。
「前に聞かれただろう、女王候補達が女王に向いているかどうかって。それは今も分からないけどね、君は女王に向いているのかもしれない。君に守られて、この宇宙は幸せだろうね。だけど」
そこで一度、言葉が途切れた。
風が吹き抜ける。草と髪と共に、心まで揺らす。
「君は幸せそうではないね」
言われた言葉に、すべてを見透かされたようで、息が止まりそうになった。
「じゃあ貴方は、何が本当の幸せか、知っているの?」
意地悪で言った言葉。あの人は肩をすくめて少し笑った。
「知らないけど。君が本当に幸せだというのなら、僕は幸せになんてなりたくないね」
夕暮れ。あの人の蒼い髪も瞳も、すべてが朱く染まっていた。私は膝を抱えて、ただ消えてゆく太陽を見ていた。
……ただ、見つめていた。
To be continued.
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