いまはもういないあなたへ
prologue / Kazuho Miyano


 僕は、僕の父親について、多くを知らなかったけれど、特に知りたいとは思わなかった。
 それは、僕の父親が誰であろうと、それはそんなに意味のあることではないという虚勢でもあったし、おそらくそれは聞いてはいけないことなのかもしれないという、確信めいた思いがあったからだった。
 僕は、母親とふたり暮らしで。父親はいなくて。それが誰かも知らなくて。
 そのことでいじめられたりからかわれたり、嫌な思いをしたことがないといえば嘘になるけれど、そんなことで母親を恨んだり自分を可哀想に思ったりすることはなかった。
 父親がいなくても、母は僕に十分いろいろなものを与えてくれた。それは金銭的なものだけでなく、愛情であったり優しさであったりふとしたときに背中を支えてくれる腕であったりした。
 それだけで僕は十分だった。しあわせだった。
 だから僕は、父親に関して、知りたいと思うことも、会いたいと思うことも、なかった。
 そんな僕が、自分の父親に関して知るきっかけとなったのは、ささいなことだった。
 中学生のとき、友人のひとりが持ってきた古い雑誌だった。
「なあカズホ。こいつ、おまえに似てねえ?」
 家にたまっていた昔の雑誌を整理していたら、その中に僕にそっくりな奴の写真を見つけたといって、彼はわざわざそれを持ってきて僕に見せてくれた。
 それは、ずいぶんと古い雑誌だった。
『高校生探偵、工藤新一、またも事件を解決!!』
 そんな見出しで飾られたその記事とともに載っている写真の人物は、なるほど確かに自分によく似ていた。
(いや──僕が、彼に似ているのかもしれない)
 ふと、そんな思いが心に浮かんだ。その人物と自分が似ているのは、もしかしたら他人のそら似ではないのかもしれない、と。
 それは二十年近く前の雑誌で、そのころ高校生だった『工藤新一』という人物が、自分の父親であるということは十分に考えられた。
 彼が本当に僕の父親なのかは分からなかったし、母との接点も見つけられなかったけれど、それから、なんとなく気になって、『工藤新一』のことを調べた。一時期多くのメディアに出ていた彼のことを調べるのは、意外と簡単だった。
 工藤新一は、当時、高校生探偵として警察に協力し、多くの事件を解決していた。
 けれど、数年後、突然メディアから姿を消した。その理由はよく分からない。ある事件に巻き込まれ行方不明とも言われていたし、秘密の捜査で居場所を明かせなかったともいわれている。
 そして、しばらくのちに次に彼がメディアに出たのは、彼自身の訃報だった。死因は、事故死とされていた。
(……工藤、新一……)
 僕にとって父親は、いてもいなくても関係ない、どうでもいい存在だった。そう思っていた。
 けれど、その切れ端を知ったときに、何故か、そう思い切れなくなった。
 それは、思春期の子供の感傷かもしれないし、自分のアイデンティティを確立しようとするためのものかもしれないし、ただ単にひとりの人間として、工藤新一という人物に惹かれたからかもしれなかった。
 どんな理由にしろ、僕は、僕の父親かもしれない工藤新一という人物について知りたかった。その想いは、時間が経つにつれ、だんだんと大きくなっていった。
 そして、僕自身が、工藤新一が探偵として活躍し始めたころと同じ、高校生になったとき。僕は、僕の父親について──工藤新一について、母や、その他の彼を知るひとに話を聞こうと決意した。


 それが、僕が、今はもういない工藤新一を探す、はじまりだった。


 To be continued.

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