遺書。 -0-


「──殺人と、死体遺棄の容疑で、連行します」


 そう言った高木刑事の声も、手錠を持つ手も、はっきりと分かるほど震えていて、なんだか捕まるこちらが申し訳なくなるほどだった。
 その後ろにいる佐藤刑事は、もうこらえきれなくなったように、ぼろぼろと涙をこぼしていた。あの、気丈な彼女が。
 なんだかすこし、おかしくなる。
 そんな顔をしなくていいのに。彼らは何も、悪いことも間違ったこともしていない。それなのに、まるで捕まえる彼らのほうが、よっぽどつらそうだ。
『容疑者』は、抵抗することもなく、静かにその両手首を前に差し出す。
 逃げるつもりも隠れるつもりもなかった。最初から覚悟していた。もし、捕まることがなかったなら、自首するつもりだった。
 ただ、彼を海へ還すまでの時間が欲しかっただけで。
 けれど、高木は差し出されたその手に手錠をかけようとはしなかった。震える手がそれをためらう。
「どうして──」
 手錠の代わりに、震える声が発せられる。
「服部君。どうして──どうして、君が、新一君を──」
 どうして。
 その言葉に、平次は笑う。
「工藤を、工藤のままでいさせてやりたかったんや」
 新一の姿を思い出す。母親譲りの綺麗な姿と、強い強い瞳。誰よりも明晰な頭脳と、探偵には不向きかと思えるほどの優しい心。そのすべてが、『工藤新一』を、成り立たせていた。
 だから、それがなくなってしまうことに、耐えられなかった。彼を、彼のままにしておきたかった。
「……いや、……ちゃうな。俺はただ……工藤に俺のこと忘れて欲しくなかったんや」
 あのまま、彼が、自分のことも自分との想い出も、ぜんぶぜんぶ忘れて、まったくの見知らぬ人間になってしまうことが許せなかった。
 忘れられるくらいなら、彼がまだ自分を覚えているうちに、その時間をとめてしまいたかった。そうすれば、永遠に彼の中に留まれるような気がして。自分を忘れた彼なんて、見たくなくて。

「だから────俺は、工藤を、殺した」

 遠くから、サイレンの音が聞こえた。だんだんと音は大きくなり、近づいてくる。おそらく、高木刑事達に追い付いた目暮警部達だろう。もうすぐここへ、到着するだろう。
 けれど平次には、近くなるサイレンの音も、目の前の二人の刑事も、何だかとても遠くに感じられた。
 ただ、背後から聞こえる波の音だけが、平次を包んでいた。
 新一が、還っていった、あの、想い出の海の音だけが。


 To be continued.

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