海原の人魚 6


 ベイカー国は、海辺の国だ。
 大陸の端にあり、半島のように海に突き出た地形になっていて、3方向を海に囲まれている。面積としては小さいが、大陸の玄関口として、貿易と漁が盛んな、豊かで活気のある国だった。
 城は、海から多くの恩恵を受ける国らしく、海に程近い場所に建てられていた。海側の部屋なら、どの部屋からでも海が見える。
 新一に与えられた一室も、テラスへと続く大きく開かれた窓から、真っ青な海が見渡せた。こうして陽射しを乱反射して輝く海面を見つめるというのは、海中で暮らしていた新一にとって今までにないことで、いくら見つめていても飽きることがなかった。部屋にひとりきりでいる退屈なはずの時間も、こうして海を眺めているか、本を読んでいるかですぐに過ぎてしまう。
 新一が陸へ来て、平次に連れられて城へ来てから、すでに数日が経とうとしていた。
 そのあいだに、だいぶ陸での生活にも慣れた。うまくバランスをとって歩くもこともできなかった足も、今では普通に歩けるようになった。声は相変わらず出ないけれど、それ以外に異常もない。予想もしなかったくらい、穏やかでしあわせな日々が続いていた。
 部屋に軽いノックの音がしたあと、ドアが静かに開いて、歳若い侍女のひとりが入ってきた。
「新一様、まもなく昼食のお時間です。王子が、朝食は一緒にとれなかったので、昼食はぜひ一緒にと、食堂でお待ちです」
 その言葉に、新一は顔をほころばせる。肯定の意と、伝えに来てくれたお礼の意味をこめて、侍女に頷きながら微笑んだ。
 途端、侍女の顔が真っ赤に染まる。あまりに綺麗な新一の笑顔に見ほれて動けなくなる。本当にこの王子の客人は人魚のように綺麗で、こんなにも綺麗なひとを見たことがなかった。こんなに綺麗なひとなら、王子でなくても傍に置きたがるだろうと、歳若い侍女たちは、頬を染めて囁きあっていた。
 新一が侍女に案内され食堂へ行くと、すでに平次が待っていた。やってきた新一を、わざわざ立ち上がって出迎え、傍へと引き寄せる。
「新一。朝は一緒に食事できんですまんかったな」
 食堂は広く、そこにあるテーブルも一度に20人は座れるほどに大きい。そのなかで平次は自分のすぐ隣に新一を座らせた。
(もう、仕事はいいのか?)
 平次の手を取って、そこに文字をなぞる。新一はしゃべれないので、会話はいつもこうして筆談で行われていた。
 平次はこの国の次期国王として、勉強もかねて、すでに政治に携わっていた。それゆえに、なにかと忙しい。今日の朝も、早くから国政に関する会議があったらしい。
「ああ。今日はもう終わりや。せやから新一。食事が終わったら、一緒に庭でも散歩せんか? それとも街のほうへいってみるか?」
 王子の客人といえど、新一は身元の不確かな人物であることには違いない。新一自身もそれをよく分かっている。だから、あまり不用意にひとりで城の中や外を出歩いたりしないようにしていた。特に用のないときは、なるべく与えられた自室にいるようにしていた。
 平次もそれを分かっているから、こうして、忙しい中でもなるべく新一と共にいて、一緒のときは新一を外へ連れ出したり、行きたいところへ行けるようにしてくれていた。また、新一がひとりで部屋にいるときも彼が退屈しないようにと、たくさんの本や贈り物を用意してくれていた。
 平次は優しい。新一は、海の中でただ想っていたときよりも、彼を知って、もっともっと惹かれていた。こうして平次の傍にいられて、平次に優しくしてもらえて、とてもしあわせだが、けれど同時に不安がないわけでもない。
 実際のところ、平次が自分のことをどう思っているのか、新一には分からなかった。
 あんなふうに海辺にいた自分を拾ってくれたのは彼の優しさだろうが、あきらかに訳ありの新一に、それでも彼は何もきかない。ただ、いつまででもこの城にいればいいと言ってくれた。そう言ってもらえたことは嬉しいが、本当にそうしていいのかはためらわれる。
「? どうしたん? 今日は出かけたくないんか?」
 平次に問われて、急いで首を振る。
(庭園、見てみたい)
 手のひらに、そう返す。
「分かった。うちの城の庭、ちょっとすごいんや。きっと新一も気に入るで」
 すこし自慢げに、平次は新一に笑いかけた。つられて、新一も微笑み返す。
 平次がどうして自分を傍においていてくれるのか、新一には分からない。それでも、平次と共にいられるこのときが、とてもしあわせだった。



 食事の後、ふたりは散歩がてら、城の庭園を歩いていた。
 城の庭園は、2代前の王が国中の腕のいい庭師や設計士を集めて作らせた、自慢の庭園だ。広さはもちろん、何気なく置かれたオブジェや、一見自然に生えているように見える草花まで、すべてが考え尽くされ、美しく映えるようになっている。
 新一はひとめでこの庭が好きになった。今までは、部屋の窓から眺めるだけで、それでも美しいと思っていたが、実際足を踏み入れてみると、細部まで手が施されていて、さらに美しい。たとえば人魚の街の珊瑚や海藻が水のヴェールを通した陽の光に照らされる自然の美しさもすばらしいと思うが、こういう造られたものも美しいと思う。造り手の真摯な想いがこもっている、とでも言うのだろうか。
「すごいやろ、この庭。俺のひいじいさんが造ったんやけどな。造ったはいいが、管理が大変なんやで〜。向こうに咲いてる花とかな、ほっとくとすぐ枯れしてもうてな」
 庭園を歩きながら、平次は新一に見所を教えてくれる。
 広い庭園はいくつかのブロックに分けられ、それぞれに季節の風景や、気候の違う場所の風景をあらわしていた。それぞれのブロックに、テーマにあわせた色とりどりの花や草木やオブジェが置かれ、その雰囲気をかもし出している。
「こっちにはな、海もあるんやで」
 平次が新一を連れて行った先は、庭園の中でも広いスペースをしめているブロックだった。海に囲まれた国であり、海に程近い場所に建つ城にふさわしく、海辺の風景をモチーフにしているのだろう。そこがいちばん力を入れているのだと、一目でわかった。そのなかで何より目を引くのは、ブロックの真ん中にある入り江だ。自然のちいさな入り江を、そのまま庭園の一部にしていた。
(海)
 新一はそれを見て、目を輝かせた。
 庭園用に手を加えられたちいさな入り江とはいえ、本物の海がそこにあるのだ。毎日窓から海を眺めているとはいえ、直接触れるような機会はなかった。もともと海で暮らしていた新一にとって、本物の海の水はひどく懐かしかった。
 走りよってそこにある水を手にすくうと、それは確かに慣れた海の水だ。小魚も何匹か泳いでいる。
「海、好きなんやな」
 はしゃぐ新一の様子に、平次がつぶやく。
「なあ新一。おまえほんまは、あのときの……」
(? なに?)
 入り江に足や手を浸して遊んでいた新一は、平次のつぶやきを聞き逃してしまった。首を傾げて尋ね返す。
「……いや、なんでもないんや」
 けれど平次はそう答えて、それ以上は何も言わなかった。平次の様子が多少気になりもしたが、新一もそれ以上聞き返すこともなかった。
 入り江にそってふたりで歩いているとき、新一の目に、入り江に打ち上げられた貝が映った。ちいさな貝殻が流れてきていた。手のひらに乗るほどの、白いちいさな巻貝だ。砂の上で、貝の白はよく映える。
「なんや。海から流れ着いたんやな」
 平次も、同じものに目がいったようだった。入り江は実際に海とつながっているから、こうして貝などが打ち上げられるのも別にめずらしいことではない。
(あれは……)
 新一は急いで走りよって、それを拾い上げる。一見、ただの巻貝だ。否、そう見えるように造られているのだ。
「気にいったんか?」
 平次は、新一が貝を気に入って拾ったのだと思ったらしい。新一はそれに頷いてみせる。けれど、本当はそうではなかった。
 これは、ただの貝ではなかった。この巻貝は、人魚のあいだで伝言に使われる、特殊な加工を施された貝だった。『海の魔女』である志保が作ったものだ。貝の中に音を閉じ込めて、相手に伝えることができる、特殊な道具だ。
 まだ試作品であるこの貝は、そう多くあるわけではない。潮の流れからみても、何かの拍子に偶然この貝がここに流れ着いたとは考えにくい。おそらく、これがここに流れ着くようにしたのは志保だろう。新一に、何らかのメッセージを伝えるために。
 新一は、平次に見えないようにそっと巻貝を耳に当てた。
『夜。海岸で』
 貝の中に入っていたのは、志保からのそんな短いメッセージだった。



 深夜、新一は城を抜け出して、海岸へと向かった。海から上がったときに来た、平次と出逢った海岸だ。城からはそんなに遠くもなく、庭園の入り江づたいにくることができた。
 海岸に降りるとすでに志保が来ていた。新一に気づくと岩場の影から出てきて、手を振る。
(志保)
 新一は久しぶりに会う彼女のもとへ駆け寄った。実際は、新一が陸へ来てまだ数えるほどしか日は経っていないのだが、はじめての陸の生活は、数日でも数年のように長く感じられた。志保がとても懐かしく感じられる。
「新一」
 駆け寄ると、志保は新一の無事を確かめるように彼を抱きしめた。新一も、懐かしい彼女の身体を抱きしめ返す。
 志保からは、彼女特有の甘い香りと共に、潮の香りを感じた。海で生きるものとしては当然だろう。けれど、いままで新一はそれを意識したことなどなかった。同じ香りは新一にもついていただろうし、まわりじゅうにもあふれていた。それをこんなふうに意識するようになったのは、新一が海から離れ、潮の香りからも遠くなったからだ。
 陸へきたのはほんの数日前でも、本当に自分は海から遠くなってしまったのだと自覚する。
「新一。どうしたの? 大丈夫? なにかあったの?」
 不意に遠い目をした新一に、心配そうに志保が声をかけた。
(なんでもない)
 新一は志保に首を振って見せる。ただすこし、寂しいだけだ。海が懐かしいだけだ。それでも、自分で決めたことなのだし後悔はしていない。それに平次にも逢えたのだから。
「ほんとに大丈夫? 人間にひどいこととかされていない?」
 その問いにも、大丈夫だと、新一は微笑んで見せた。
 自分が『王子の客人』ということになっているからかもしれないが、驚くくらい待遇もよく、みんな優しかった。陸にくるとき、もっとひどい状況もいろいろ想像し覚悟もしていたというのに、それらとはまるで正反対に、新一の陸での生活はよかった。
 それに……平次の傍にいられるのだ。一緒に話をしたり食事をしたり、優しくしてもらったり。夢のような生活が続いている。
 本当に、つらいことなどなにひとつない。
(俺は、本当に大丈夫だよ。それより、何かわかったのか?)
 新一は出ない声の代わりに、志保の手にそう文字を書いた。
 彼女が自分を呼び出したのは、心配だから様子を見に来たということもあるだろうが、いちばんの用件は声が出なくなったことの原因を伝えに来たのだろう。
「そう、あれから新一の血を調べたんだけど、声が出ないのは、やっぱり人魚から人間に遺伝子が変化するときに、すこしおかしくなったみたい。今急いで治療法探しているから。もうすこし待っていて。他に異常は出ていない? 大丈夫?」
 志保は新一の手を取って脈を計ったり、首元を触って呼吸器の様子を調べる。変わらない、心配性なその様子に、新一はすこし心配になる。彼女は、新一の声を取り戻すために無理をしているのではないだろうか。青白い月明かりではわかりにくいが、綺麗な顔に、疲れがにじんでいる気がする。
(志保。そんなに急がなくても大丈夫だから)
 多少不便なこともあるが、会話は筆談でできる。そう生活に困るようなこともない。それよりも、そのことで志保が無理をするほうが心配だった。
 そのことを志保の手に文字で書いて伝えると、彼女は困ったような顔をした。
「もう新一は。なんでそこで私の心配をするのよ。もっと自分のこと考えなさい」
(志保こそ、俺の心配ばかりしてないで、自分のことも考えろよ)
「あら、私は新一ほど無鉄砲じゃないわ」
(なんだよ、それ)
 まるで海にいたころのように、言い合ってはしゃぎあう。新一は筆談だから、意思を伝えるために多少の時間がかかるけれど、まるで本当はそんな必要などないかのように、笑いあう。
 ここは海ではないのに。人間になった新一は、今度は志保と離れてしまったというのに。それでもこんなふうに変わらずにいられることが嬉しかった。
 なんでもない話をしたりふざけあったりしているうちに、いつのまにか天頂高くにあった月は、大きく傾いていた。思いのほか、長い時間が過ぎているようだった。
(もう帰らないと)
 新一は城をこっそり抜け出してきたのだ。ばれるまえに帰らないといけない。身元不確かな人間が夜中にこっそり出歩いていたとなれば、あまりよくは思われないだろう。
 また志保も、長く海岸にいたら人間に見つかってしまうかもしれない。特に今日は月明かりもある。もし今誰かがこの海岸を通りかかれば、すぐに海辺にいる人魚を見つけるだろう。
「新一。なにかあったらすぐ知らせるのよ。私もまた、連絡するから」
(わかった)
 新一は立ち上がって、足についた砂を払うと、笑顔で志保に手を振って、城へと戻っていった。志保はその姿を、海からずっと見つめていた。その姿が見えなくなっても、ずっと見つめていた。
 すこし離れたところから、ずっとふたりを見つめていた影があったことに、ふたりが気づくことはなかった。



 平次は、城に他に知り合いのいない新一を気遣ってか、どんなに忙しくてもかならず一日に一度は逢いに来て、何処かへ連れて行ったり話し相手になってくれていたりした。
 その日は朝から視察と会議と書類整理があったということで、昼間平次は新一に逢うことができず、夜になって、新一を部屋へ呼んだ。平次の部屋は、王子の部屋にしてはいささか質素だが、それでも整理され、手入れの行き届いたきれいな部屋だった。
「新一。今日は何処にも連れだせんで悪かったな。ひとりで退屈せえへんかったか?」
 平次は新一の手を引くと、自分の膝の上に、横抱きにするように座らせた。そんなふうにされるのははじめてのことで、新一は戸惑ってしまう。あまりの距離の近さに、頬が熱くなる。
 そんな新一の様子に微笑みながら、平次は話を切り出した。
「なあ。新一は、人魚って見たことあるか?」
(!?)
 突然の問いに、新一は驚く。どうしてそんなことを突然言い出すのか。平次の意図がわからない。
 それでも動揺を悟られないように平静を保ちながら、ちいさく首を振った。人魚など知らない、と。
「そうか。俺はな、逢うたことあるんよ。前に嵐の海でおぼれたとき、人魚に助けられたんや」
 それは、新一が平次を助けたときのことだろう。あんな状況では、平次はあのときのことなど覚えてないかと思っていたのに、おぼれているなかでも多少は意識があったらしい。
「助けてもろうたんに、お礼も言えんかったんや。それにほんまに綺麗な人魚でな……もういっぺん逢いとおて、何度も海岸に行ってみたりしてな」
 わずかに新一の頬が染まる。それを悟られないように、新一はうつむいた。けれどこの至近距離では、いやでも赤い顔を平次に見られてしまうだろう。
 そんなふうに思っていてくれているなんて、思いもしなかった。何も覚えていないだろうと思っていたのだ。
 平次の手がそっと伸びて、新一の頬に触れて、その顔を上げさせた。触れ合いそうなほど近くで、海の蒼の瞳と草原の緑の瞳が絡み合う。
「最初、浜辺で新一を見たとき、その人魚が俺に会いにきてくれたんかと思うたわ」
 言いながら、新一のしなやかな足をそっと撫でた。それに反応して、新一はピクリと身体を震わす。
(平次?)
 言葉は、まるで言い聞かせるようだ。
 ……もしかしたら、平次は気づいているのだろうか。新一が人魚だと。もしかしたら、そうなのだろうか。だからそんなふうに言うのだろうか。
 新一はすこし不安げに、間近にある平次の顔を見つめた。自分が人魚であると平次が気づいたなら……彼は、どうするのだろうか。
 そんな新一の不安とは裏腹に、平次は新一に優しく微笑みかけた。澄んだ瞳の緑の色が深く、そして愛しげに細められる。誠実な、真剣さを含んだまま。

「新一が人魚でも、そうでなかったとしても……俺は新一が好きや」

(すき?)
 最初、言われた言葉がわからずに、新一はただ平次の顔を見つめてしまった。
(人魚でも、そうでなかったとしても? 平次が、俺を、好き?)
 心の中で、その言葉を繰り返す。そのたびに溶けるように言葉が胸に広がって、そこから熱くなるようだった。
 平次が自分の正体に気づいているかいないか、そんなことはもうどうでもよかった。
 平次が、好きと言ってくれた。自分を。
 まさか、願いがかなうなんて、想っていなかった。想いが通じるなんて。
 新一はその蒼い瞳から、真珠のような涙をこぼす。
「いやなん?」
 新一は必死に首を振る。いやなわけがない。いやなわけがない! 新一はずっと平次を想ってきたのだ。はじめて出逢ったあの嵐の日からずっと。海を捨てて、命をかけて人間になるほど、ずっとずっと彼を想ってきたのだ!
 声が出ればよかった。そうしたら、自分も平次が好きだと、繰り返し言うのに。
 けれど、平次はそんなことも見通すかのように、新一にそっとくちづけた。新一もそれに答えて、言えない言葉を吐息に変えて、なんどもくちづけて送り込む。
 浅黒い大きな手が、新一の白い身体をそっとなでた。
「新一……」
 新一の意思を確かめるように、平次が新一の名を呼ぶ。耳元で、そっと。首筋に触れる息は熱くて、焼けてしまいそうだった。新一は白くしなやかな腕を、浅黒い首に回した。肯定の意味をこめて、出ない声の代わりに。



「大丈夫か?」
 ベッドに埋もれて動けずにいる新一の髪を優しくなでながら、平次が尋いてきた。新一はそれにちいさくうなずきかえす。
 本当は、あまり大丈夫とは言いがたい。腰は重く、足に力が入らない。体がだるくて、起き上がることもできない。行為を、知識としてはおぼろげに知っていたが、これほどとは思わなかった。あんなことをするなんて。自分が、あんなふうになるなんて。
 ふと行為の最中のことを思い出して、恥ずかしさに新一はシーツを引き寄せようと身をよじった。その途端に、激痛が身体を走る。眉根を寄せて痛みをやり過ごそうとする新一に気づいて、平次がなだめるようにそっとその身体を抱き寄せる。
 確かに身体はつらい。人間になる薬を飲んだときほどではなくても、こんなにつらかった記憶など、他にない。けれど、しあわせだった。泣きたくなるほどに。
 平次は新一の頬をそっとなでる。
「愛しとる」
 行為の最中にも、何度も何度もささやかれた言葉。
 しあわせすぎて、この心臓がとまってしまいそうだった。否、今なら、死んでもいいとさえ思う。実際、薬を飲んだ時点で、死ぬ可能性さえあった。それなのに、こんなにも願いは叶ったのだ。
 人間になって。平次に逢えて。傍にいられて。想いが通じて。平次と結ばれた。まるで、望んだそのままに。
 今この心臓がとまってもかまわない。
 死んでもいいくらいしあわせだった。



 しあわせで。しあわせで。
 もう死んでもいいと思った。
 それでも、やっぱり生きることを考えていた。
 生きて、平次と共に生きて、しあわせになることを。




 新一の身体に異常が出はじめたのは、それからしばらくしたころだった。






 To be continued.

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