confidence game [1]


「さ、望美。こっちに来て。きれいにしてあげるから」
「うん……」
 望美は朔に手を引かれて、男性陣のいない隣室へと連れて行かれた。
 熊野別当に会うのに、着替えるためだ。といっても、今日このあとすぐに熊野別当に会うわけではない。今すぐにでも面会したくとも、熊野川の増水でまだ本宮にさえたどりつけていないのだ。だが別当に会えることになってから慌ててもしょうがないので、事前に衣装合わせをすることになったのだ。
 こんな妙なことになった発端は、熊野別当に源氏軍への助力を願うために来た勝浦で、妙な噂を聞いたからだ。『熊野別当が、白龍の神子に惚れている』と。それを聞いた九郎が、別当に気に入られるように望美を着飾らせようと提案したのだ。
 その噂にどこまで信憑性があるのかあやしいものだし、望美が着飾ったくらいで別当が協力してくれるのか、かなり疑問だ。だが、熊野の協力を得ることがどれほど重要か、望美は痛いほどわかっている。少しでも可能性があるならなんでも試そうと、着飾ることをしぶしぶ了承したのだ。
 部屋に入ると、そこには色とりどりの美しい衣が山のように並べられていた。その量の多さと衣の美しさに望美は目を見張る。梔子色や鶯色、浅黄色と様々な色がそろっている。また、手にとってみればなめらかな柔らかさに、上質の布だとはっきり分かった。
 更に、布の山の横には、飾り紐や髪飾りなどの装飾品が、同じように山と並べられている。こちらも珊瑚や瑪瑙などをあしらった繊細な細工が施されていて、高価で美しいものばかりだった。たとえ京の名高い貴族の姫君でも、これほどのものをこれほど持ってはいないだろう。
「この服どうしたの?」
「ヒノエ殿が用意してくださったのよ。せっかく別当に会うのだし、この近辺のことは詳しいからって、持ってきてくださったのよ」
 その答えに望美は驚きを隠せない。
 これだけのものを用意するのにかかる労力とお金はどれほどのものだろう。それをやすやすとやってのけるヒノエとは、一体何者なのだろう。八葉であり、決して悪い人でも敵でもないということは分かっているが、まだまだ秘密の多いひとだった。
「望美にはどんな色が似合うかしら? まずはこれを着てみてくれるかしら」
 いくぶん楽しげな様子で、朔はいくつかの衣を選ぶと望美に差し出した。尼僧になったとはいっても、朔も年頃の少女だ。こんな美しい衣装の山を見れば、自分が着るわけでなくとも心が弾むのだろう。
 そしてそれは望美も同じことだ。この世界に来てからは戦続きで、おしゃれなどに気を配っている暇はなかった。せめて身だしなみくらいは整えようと、きちんと髪を梳かしておくくらいが精一杯だ。そんな中で、この色とりどりの服や美しい装飾品を見て、嬉しくないわけがない。はじめは渋っていたことも忘れて、望美も目を輝かせて衣の山から鮮やかな色のものを取り出した。
「この着物だったら、上にこの色を重ねたらきれいなんじゃないかな」
「そうね……でもこっちの色も捨てがたいわ。あっちの着物はどうかしら」
 少女ふたりで和気藹々と、あれやこれやと山のようにある衣を着ては脱いで着ては脱いで、いちばん似合う着物を探していく。着物が決まったあとは、今度は髪飾りや装飾品を選んでいく。装飾品が決まったら、やっぱりこの飾りに合うのはあっちの着物ではないかと、また着物の山を手に取る……。男たちからみればげんなりするような長時間のその作業も、少女ふたりにとってみれば疲れも吹き飛ぶ楽しい作業だった。
 長い時間をかけてじっくり選び、最終的に、向日葵色の衣に青磁色の衣を重ね、髪を真珠をあしらった髪飾りで留めることにした。着飾った望美を見て、朔はその出来栄えに満足するように溜息をはいた。
「まあ望美、本当にきれいよ」
「ありがとう、朔」
「じゃあみんなにも見せに行きましょうか」
 朔は部屋に来た時と同じように、望美の手を引いて、隣の部屋の扉に手をかけた。
 八葉と白龍は、ずっと隣室で待っているはずだった。随分長い時間をかけて着物を選んでいたから、きっと待ちくたびれているだろう。女心のわからない九郎などは、何をぐずぐずしているんだと痺れを切らせているかもしれない。
「みなさん、お待たせしました。さ、望美。入って来て」
 朔が先に部屋に入り、その後ろから望美が姿を現わすと、男たちの視線が一斉に彼女に集まった。その視線を望美は照れくさそうに受け止める。
 着飾った望美は、いつもの凛とした姿とは違い、可憐な雰囲気をまとっていた。その艶やかで美しい姿に、男たちから感嘆の溜息が漏らされる。
「うわあ〜、望美ちゃんかわいいね〜。ホント、どこのお姫様かと思っちゃったよ」
「へえ、やっぱり俺の目に狂いはなかったね、とてもよく似合ってるよ姫君」
「いつもの一斤染めも似合いますが、先輩はそういう色も似合いますね」
「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしいよ」
 みんなが口々に褒めてくれる。望美もわずかに頬を染めながら礼を言った。
 朔に手を引かれて、部屋の中ほどに用意されていた円座に座ると、その隣に行儀悪くしゃがみこんだ将臣が、望美を上から下まで眺め、感心したように呟いた。
「ほー。馬子にも衣装だな」
「もう、馬子じゃないもん! 将臣君のバカ!」
「そう怒るなって。褒めてんだからよ」
 相変わらずの軽口を叩く将臣の頭を、望美は拳で軽く殴る。将臣はそれを大げさに痛がるふりをしながら笑っている。こんなふうにふざけあえるのも、気心の知れた幼馴染だからこそだ。
 今まで口を出し損ねていたのか、九郎がわずかに頬を染めながら、望美の前に来る。性格のせいか、他のみんなのように素直に誉めることができないのだろう。
「望美。その、なんだ……まあ、悪くないな。これならきっと別当も気に入ってくれるだろう。だが、別当の前ではボロを出さないようおしとやかにしているんだぞ。くれぐれも別当の前で誰かを殴ったりするなよ」
「わかってますよ。ちゃんと別当さんに会うときはおとなしくしてます」
 そのやり取りを聞いていた将臣が、わずかに眉根を寄せて望美を見た。
「なあ望美、おまえ本当に別当に会うのか?」
「もちろんだよ。なんで今更そんなこと聞くの、将臣君」
 彼の言いたいことがわからず、望美は首をかしげて尋ね返した。その答えに、将臣は大げさに溜息をついた。
「おまえ全然分かってないようだけどなあ、熊野別当に夜伽の相手しろとでも言われたらどうするつもりだよ」
「えっ!?」
「考えてもみろよ。おまえらも、なんか別当に会って頼みたいことがあるんだろ? 着飾った女連れて行って、そいつと一緒に『お願いします』なんて言ったら、どう考えたって『この女を好きにしていいので、代わりに口利きよろしくお願いします』ってことだろ?」
「…………」
 言われたことに驚いて、望美は思わず無言のまま将臣を見上げた。今までそんなこと、全然考えていなかった。
「なっ! 何を言うんだ将臣! お、俺達はそんなつもりは!!」
 九郎が顔を真っ赤にして反論する。
 望美を着飾らせて別当との謁見の席に、と言い出したのは九郎だが、もちろん彼はそんなつもりはなかったのだろう。言い出したのが弁慶ならともかく、実直な彼がそんなことを考え付くわけがない。
 だがたしかにその通りだ。九郎は気楽に、望美がいることで別当の機嫌がよくなれば助力も請いやすい、という程度の認識だったのだろうが、普通に考えれば将臣の言う通りだろう。
「九郎殿! まさか望美にそんな役をさせるおつもりではないですわよね!」
 朔が怒りの形相で九郎に詰め寄る。そのあまりの気迫に圧されて、九郎も一歩後ずさってしまうほどだ。
「あ、あたりまえだ!」
「う〜ん、そうだよね。俺もすっかり失念してたけど、そういう可能性もあるんだよね。望美ちゃん連れて行くのはやっぱりまずいかなあ」
「あの……」
 控えめに、敦盛が口を出す。
「その……別当は、そのような人ではないから……そのような心配はしなくても大丈夫だと、思う……」
「そうそう。熊野に嫌がる姫君を無理矢理手篭めにするような奴なんかいないって。まして別当がそんなことするわけないだろ」
「でも、可能性がないとは言い切れないでしょう! あの後白河法皇だって、一度は先輩に『自分の所に来い』なんて言っているくらいなんだし。もし本当に夜伽しろとか言われたらどうするんですか。後白河法皇のときは九郎さんの機転で何とかなりましたけど、今度もそううまくいくとは限らないでしょう!」
 譲が声を荒げて敦盛とヒノエに反論する。
 朔は望美の傍らに膝をついて、安心させるようにその肩を撫でた。
「望美、大丈夫よ。そんなこと決してさせないからね」
「でも……」
 望美は何かを考えるようにうつむいた。
 熊野別当に会うのは、望美にとってはこれが二度目だ。上書きする前に会った熊野別当は、片目を黒い眼帯で覆った、いかつい大男だった。そのときは、別当に会いはしたものの源氏への協力を断られて、そして燃え盛る京でみんなを失ってしまった。だからこそ、今度は失敗できない。なんとしても、熊野の協力が欲しい。
 前の運命で、望美は着飾ったりしなかった。今度の運命では、望美が着飾ることで少しでも変わるだろうか。たとえば、望美が熊野別当に一晩身体を差し出せば、協力が得られるのだろうか。みんなが死んでしまうあの運命を、変えることが出来るだろうか。
(もしそうなら、そのためだったら私は……)
 くちびるをきつく噛み締めると、望美は強い決意を秘めた瞳で顔を上げた。
「私、別当に会うよ」
 その言葉に、みんなが驚いたような視線を彼女に向けた。
「それで、もし、その……夜伽しろとか言われても、大丈夫。だって、それでお願いきいてもらえるんなら安いものでしょう?」
「おいおい望美、本気か?」
 隣にいる将臣が、眉根を寄せて聞いてくる。それにうなずいて見せた。
「だって、だって私は……」
 声が震えてしまう。膝の上で握った拳も、無残に震えた。
 みんなを失いたくないのだ。あの燃え盛る京の記憶が、望美を逃がすためにひとり敵陣に消えていったリズヴァーンの後姿が、望美の胸を締め付ける。たった一人で戻った、あの雨の渡り廊下で、どれほどの絶望感を感じたか。
 あの運命を変えるために戻ってきたのだ。そのためになら、なんだってしてみせる。
「のぞみ……」
 朔が、気遣うように頬に触れてくる。いつのまにか、望美は泣いてしまっていた。いくつもこぼれる雫が、朔の白い手を濡らしていく。
「さく……」
 頬に触れる手のあたたかさに、更に涙があふれてくる。燃え盛る炎の中ではぐれてしまった親友は、今ここにいる。リズヴァーンも九郎も景時も弁慶も譲もヒノエも敦盛も、ちゃんとここにいる。生きている。もう絶対に失いたくないのだ。そのためになら、この身体くらい、惜しくはないのだ。
 堪えきれずに、望美は朔にしがみついて泣き出してしまった。朔は望美を強く抱きしめ返して、ずっとその背を撫でてくれた。



 灯りひとつだけを灯した薄暗い中で、望美はひとり、湯に浸かっていた。温泉ではなくただの沸かした湯だが、それでも気持ちがいい。
 温泉地ならともかく、こうして浸かれるほど湯を沸かして風呂に入ることはめずらしい。ヒノエや九郎が望美を気遣って、わざわざ用意してくれたのだ。そう考えて、望美は昼間泣いてしまった自分の失態を思い出した。
 あのとき望美は、みんなが死んでしまった上書き前の運命を思い出して泣いてしまったのだが、そんなことを知らない面々は、望美が別当に身体を差し出すことを怖がって泣いてしまったのだと思ったらしい。泣くほど怖いのに、それでもみんなのために別当に身体を差し出してもかまわないと言う望美の決意に、激しく心を打たれたようだった。
 おかげで、九郎と景時などは土下座をして謝ってきた。決して夜伽をさせるつもりなどない、短慮で別当に気に入られるようにしろなどと言ってしまい本当に申し訳なかったと、床に頭をすり付けて謝ってきた。これには望美のほうがびっくりしてしまった。二人の頭を上げさせるのにとても苦労をした。ヒノエも、絶対に別当にそんなことはさせないと、望美に強く約束してくれた。
 みんなの心遣いが本当にありがたい。本当なら源氏のために足を開けと強要されてもおかしくはないのだ。
 きっと九郎達は、別当との面会に、望美を連れて行かないだろう。けれど望美は無理矢理にでも付いていくと決めていた。別当が白龍の神子に惚れているというあの噂が本当なら、それを使わない手はない。どこでどう運命が変わるかわからないのだ。わずかでも可能性があるなら、それに賭けたかった。たとえ、身体を差し出すことになろうとも。
(でも……)
 望美は湯の中に浸している、自分の身体を見つめた。灯りの炎の揺れと、水の揺らぎに合わせて、揺れているように見える。まだ誰にも触れられたことのない身体。高校二年生といえば、何人かはすでにそういう経験をしているのだろう。実際望美の友人にも、彼氏との初体験をすませ、そのときの様子を頬を染めながら教えてくれた子もいた。けれど望美はまだ誰とも付き合ったことがなく、処女のままだった。
(……よし!)
 望美はちいさな、けれど重大な決意をして、湯からあがった。
 夜が更けてから、望美は同じ部屋で寝ている朔を起こさないように、そっと部屋を抜け出した。
 望美達一行は、望美と朔のための部屋のほかにも、勝浦では何部屋か借りていた。八葉は大部屋で雑魚寝をしているが、それ以外にも何部屋かとってあるのだ。
 そしてそのうちの一室が、弁慶に与えられていた。望美はそこを目指して暗い廊下を進んでいく。あたりはみんな寝静まって、灯りも消されている。わずかな月明かりだけが頼りだ。廊下を進むたびに軋む自分の足音が、痛いくらいに耳に響いた。
 夜も遅いというのに、弁慶の部屋にはまだ明かりが灯っていた。
(こんな時間なのに)
 弁慶はまだ起きているのだろうか。だが、起きていてくれるなら、そのほうが都合がよかった。
 望美は部屋の前で立ち止まると、二度三度、大きく深呼吸をした。なけなしの勇気を振り絞る。きっと、強大な怨霊を前にしても、これほど緊張しないだろう。
「……弁慶さん……」
「望美さんですか? どうしました、こんな夜更けに」
 廊下からちいさな声で呼びかけると、すぐに襖が開いて弁慶が顔を出した。いつもの黒い法衣も被っておらず、単(ひとえ)だけを身にまとった見慣れない姿に、望美の心臓が跳ねた。
「すみません、こんな夜中に。あの、どうしても弁慶さんに話があって」
「そうですか。ではこちらへどうぞ」
 暗い廊下から、部屋の中に招き入れられる。弁慶はどうやら薬の調合をしていたようだ。部屋にはいろいろな種類の薬草や、それをすりつぶすための鉢が出されている。床のあちこちに置かれたそれらを手早く脇にどかして、望美が座れるだけの空間を作ってくれる。望美がそこに座ると、弁慶もその向かいに腰を下ろした。
「それで、どうしたのですか? 具合でも悪いのですか?」
「あの……」
 言いづらそうに、望美は頬を染める。それでも勇気を振り絞って弁慶に告げた。
「私を、抱いてくれませんか……」
 望美は弁慶の顔を見ることができずに、顔を赤くしてうつむいた。膝の上に置いた両手を強く握り締める。急にこんなことを言い出して、どう思われただろうと、そればかりが頭の中を回る。弁慶からの反応はない。しばらく沈黙が続いて、その間、望美の心臓は壊れてしまいそうだった。
「……もしかして、昼間の話ですか?」
 しばらくして、弁慶から言葉が返ってきた。それに望美はちいさくうなずく。
「はい。別当さんが、もしも私が夜伽をすることで協力してくれるというなら、私、覚悟は出来ています」
「何故そこまでするのですか? たしかに怨霊を作り出す平家を倒さなければ君はもとの世界に帰れないかもしれないけれど、そこまでする必要はないはずです」
 たしかに、望美自身はもともと源氏に与しているわけではない。たまたま利害が一致して、源氏軍に同行しているようなものだ。この戦に、直接関係があるわけではないのだ。弁慶が疑問に思うのも当然だった。
 だが、望美はいちど、未来を見てしまったのだ。敵陣に消えるリズヴァーンを。惟盛に残酷に伝えられる弁慶と景時の最期を。燃え盛る京邸で、消えてゆくみんなを。その運命を、変えたいのだ。もとの世界に帰りたいだけなら、すでに一度、あの雨の渡り廊下に戻っている。今、望美がここにいるのは、もとの世界に帰るためなどではない。みんなを助けるためだ。
 そして、望美の上書き前の記憶によって、三草山での運命は変えられた。身体を差し出すとか、そんなことまでしなくても、運命は変えられるのかもしれない。けれど、変えられないかもしれない。わからないかぎり、自分に出来ることをしないわけにはいかなかった。
 望美だって、自分の貞操を軽く考えているわけではない。ただ、それ以上に、みんなが大切なのだ。
「私は、みんなに死んで欲しくない。傷付いて欲しくない。そのためになら、なんだってします……!!」
 望美はうつむいていた顔を上げて、まっすぐに弁慶を見て言い切った。それだけは、絶対に譲れない、望美の決意だからだ。
 弁慶はその望美を量るような目で見ていた。
「それで、君がここに来たのは、別当を篭絡できるだけの技術を僕に教えて欲しいということですか?」
「なっ……!」
 弁慶の言葉に、望美は言葉を失った。真冬に氷水を頭から浴びせられたように、血の気が引いていく。
「違います……!」
 たしかに弁慶なら、女の扱いは上手いだろう。いわゆる房術というものも知っているのかもしれない。それで別当を篭絡できるというのなら、それはいいだろう。だが望美がここに来たのは、そんなことではないのだ。
 別当に身体を求められたら、差し出す覚悟は出来ている。でも、せめて初めてくらいは好きな人に抱かれたいと思った。だから望美はここへ来たのだ。ここには幼馴染で気心の知れた将臣も譲もいる。他の八葉もいる。──それでも望美は、弁慶のところへ来たのだ。
 それなのに、こんなことを言われるなんて。なけなしの勇気さえ、もう消えてしまいそうだった。くちびるを噛んでうつむく。泣き出してしまいそうだった。このまま駆け出して、部屋に戻ってしまいたい。
 しかし、望美が立ち上がるより早く、弁慶が彼女の手を取った。
「すみません、君を試してしまいました」
 手に伝わるその熱に、望美は動けなくなる。特別熱いわけでも、冷たいわけでもない。それなのに、絡めとられて動けなくなる。
「望美さん、本当に僕でいいんですか?」
 問いかけに、望美は顔を上げられないまま、それでもちいさくうなずいた。
 弁慶がいい。他の誰でもなく、望美は弁慶を選んだ。だからここへ来たのだ。
 軽く手を引いて、弁慶はそっと望美を立たせた。続き部屋になっている、奥の部屋へと連れて行かれる。先ほどの部屋は薬の調合などをするための部屋で、寝る部屋は別に奥に用意されていたようだ。すでに布団が敷かれている。それを見て、望美の心臓が跳ね上がる。けれどもう後戻りする気はなかった。
 静かな音を立てて、襖が閉ざされた。


 To be continued.

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