confidence game [2]


 弁慶に手を引かれて、望美は布団の上に座らされた。奥まった部屋なので外の月明かりは入ってこないが、ちいさな燭台がひとつ灯されていて、揺れる淡い光にお互いの姿は見ることができた。
「望美さん」
 かけられた声に、望美は身体をこわばらせた。抱いて欲しいと言い出したのは望美自身だが、初めてのことに不安や恐怖がないはずがない。心臓は今にも破裂しそうなほど、早鐘を打っている。
「そんなに怯えないでください」
 ちいさな子供をあやすように髪を撫でられて、やわらかく引き寄せられた。望美は弁慶の胸に顔をうずめる形になる。彼女の背に腕が回されるが、それは性的なものではなく、おばけが怖いとぐずる子供をなだめるような穏やかさと優しさを含んでいる。軽い力で背中を叩かれると、まるでそれに合わせるように、跳ねていた望美の鼓動も落ち着いていった。
「大丈夫ですか?」
「はい……」
 緊張で、知らず知らずのうちに詰めていた息を大きく吐き出す。こわばっていた身体からも力が抜けていくのが自分でも分かった。
 望美もそっと腕を伸ばして、弁慶の背に回す。目を閉じて、そのぬくもりに身をゆだねた。
 軽く上を向かせられると、額やまぶたに軽くくちびるで触れられる。ついばむように、掠めるように、何度もくちびるが落ちて来る。時折いたずらをするように、鼻先にも触れては離れていく。
 子供か小動物に対するようなその触れ方に望美が焦れてちいさく身じろぐと、まるで彼女の心を読んだかのように、弁慶は今度はくちびるに口づけた。さっきまでの優しさが嘘のように、深くくちびるを合わせてくる。舌が歯列を割って入り込んで、中の形を確かめるように触れてくる。驚いた望美が身体を引こうとしても、背と首の後ろに回された手がそれを許さない。
 散々に口内を蹂躙されて、望美の意識が飛びそうになったころ、片腕で背を支えたまま弁慶がゆっくりと覆い被さってきて、望美は布団の上に横たえられた。長い髪が、白い布の上に波打って広がる。
(あ……)
 望美の上に、弁慶が覆い被さっている。その腕は、望美を閉じ込める檻のように、彼女の顔の横に置かれている。その体制を取らされれば、一度は消えたはずの緊張と不安が、また湧きあがってしまう。
 緊張に耐え切れなくなって望美が目をきつくつぶると、かすかに弁慶が笑ったような気配がした。
「あっ」
 不意に、顎のあたりに弁慶の髪が触れて、鎖骨に軽い痛みが走る。痕をつけるようにきつく吸われたのだ。ひとつではなく、何度も何度もその周辺に痕をつけられる。そうしながらゆっくりと、着物の前合わせをはだけさせられた。単の下には何も身につけていないので、望美の白い乳房があらわになる。
「望美さんは着やせするんですね」
「……っ」
 形や質量を確かめるように、弁慶の両の手で胸を覆われる。そのままその弾力を楽しむように揉まれると、だんだんと胸の頂きがとがってきてしまう。弁慶はそれを口に含むように、胸に顔を寄せた。
「やあっ……!」
 その刺激に、望美の身体が跳ねる。無意識に逃げを打とうとする彼女の身体を自らの体重で押さえつけて、弁慶は思うままに胸を愛撫する。乳首を舌で転がしたり甘噛みしたり、やわらかな白い肉の感触を存分に楽しんで、思う存分痕をつける。
「……ふ……っ」
 それだけでもう、望美の意識は飛んでしまいそうだった。気持ちいいのかそうでないのかも判断できない。ただ、熱に浮かされるように弁慶の動きに翻弄される。
 だが、弁慶の手が腿に触れたとき、望美の意識は急激に現実に引き戻された。
 腿と膝に手を添えられ、軽い力で開かされる。もともと多少乱れてはいたものの、足元を覆っていた着物ははだけ、白い腿が付け根近くまであらわになる。
 その足の先、普段身につけている下着は、今はつけていない。あともうすこし足を開けば、そこが弁慶に見えてしまうだろう。彼がすこし手を動かせば、直に触れることができるだろう。
「────っ」
 これから先をまざまざと想像してしまい、望美は息を飲んだ。未知に対する恐怖が湧きあがって、弁慶に触れられたままの足が、ちいさく震えた。
「望美さん。──やめますか?」
 弁慶が、震える足をなだめるようにそっと撫でながら、問いかけた。
 望美がうなずけば、きっと弁慶は手を引いてくれるだろう。何事も無かったかのように彼女の着物を調えて、よく眠れるようにと薬湯のひとつでも用意してくれるだろう。大丈夫ですよと頭を撫でて、また明日からいつものように接してくれるだろう。そうしてしまいたい衝動に駆られる。けれど同時に、何故わざわざここに来たのかということを思い出した。
 別当との面会まで、そう日があるわけではない。今夜を逃がして、明日また機会があるとは限らない。他の男に触れられる前に、弁慶に触れて欲しい。彼でなければ嫌だ。
「や、やめま、せん……やめないで、ください……。私は、大丈夫ですから、だから、……」
 もっと普通に、なんでもないことのように言おうと思ったのに、望美の喉からは震えて掠れた声が出た。まるで泣き出しそうな声だった。こんなふうでは、弁慶のほうが気にしてしまうのではないだろうか。望美が弁慶のほうを窺おうとすると、不意に影が覆い被さってきた。
「ん……っ」
 弁慶に、口づけられる。さっきのような激しさはないが、深くくちびるを触れ合わせて食まれる。
「そう言ってもらえてよかった。もし君がやめてほしいと言っても、もうやめられそうにありませんから」
「え……」
 口づけの合い間に囁かれるのを、望美はぼんやりと聞いた。
 その意味を正しく理解できないまま、口づけに身を任せていると、今度は腿ではなく、直接望美の中心に弁慶の手が触れた。
「────っ」
 驚いて思わず叫ぼうとした声は、合わされたままの弁慶のくちびるに吸い込まれる。反射的に逃げようとする身体はしっかりと押さえられ、閉じようとする足も間に入り込んだ弁慶の身体でさえぎられる。
 指は入り口を探るように撫でてくる。その動きに合わせて、望美は自分の下肢が熱くなっていくのが分かった。濡れているのだと理解して、羞恥で顔が赤く染まる。どうすればいいのかも分からずに、目の前の弁慶にすがりついた。
 弁慶が片手だけで器用に望美の帯をほどいて、すでにはだけて腰元にまとわりついているだけだった着物を取り去った。同様に自分の帯もほどいて着物を脱ぎ捨てる。直接肌が触れる感覚に、望美の体温は更に上がった。
 下肢を嬲る指はそのままに、望美の様子を窺うように弁慶はこめかみのあたりに口づけてくる。望美は息も絶え絶えに、ちいさく声をあげながら、弁慶の肩にすがりついていることしかできない。未知の熱と感覚に翻弄されるばかりで、まともな思考などできなかった。
「────」
 耳元で、弁慶が何かをやさしく囁いたが、熱に浮かされた望美はそれを正しく聞き取ることが出来なかった。
 不意に、下肢から指が離れたと思った次の瞬間、同じ場所に熱と痛みを感じた。切り裂かれる痛みに、望美は声にならない悲鳴をあげた。
「っつ────!!」
 弁慶が、中へ入り込んできたのだと頭の片隅で理解する。痛かったとかそうでもなかったとか、自分の体験談を語ってくれた友人や雑誌に書かれていたことが頭をよぎった。すこしでも痛みを逃がそうと、体の力を抜こうとするのに、まるでうまくいかない。身体は痛みにもがいて、弁慶の背に爪を立ててしまう。
 深くつながったまま、弁慶は望美を強く抱きしめる。隙間がなくなってしまうくらいにきつく抱きしめられて、望美はちいさく喘いだ。
「大丈夫ですか、望美さん」
「は、い……」
 息も絶え絶えな望美にひとつ口づけを落とすと、弁慶は腰を動かしはじめた。その刺激に、望美は息が止まりそうになる。もう、痛いのか気持ちいいのかそうでないのか、何も分からない。
 ただただ翻弄されて、途中で望美の意識は焼き切れた。



 ふわふわと水の中を漂っているような心地がしていた。自分で泳ぐ力を持たず、海を漂うクラゲもこんな感じなのだろうかと、意識の底でぼんやりと思った。
「……みさん、望美さん」
 やわらかく呼ぶ声と、頬に触れる手のぬくもりに、望美の意識がゆっくりと浮上する。
 ゆるりと目を開けると、あたりはまだ暗い。まだもうすこし寝ていてもかまわない時間だろう。身体もけだるい。もういちど目を閉じようとするのを、やわらかい声が引き止めた。
「望美さん」
 これは誰の声だったろうかと意識の片隅で考えて──望美は勢いよく目を開けた。
 すぐ目の前に、弁慶の顔がある。それを認識した途端に、昨夜のことが脳裏によみがえってきた。
「あ……」
 一気に体温が上がって、顔が熱くなる。きっと今、耳まで真っ赤になっているだろう。そんな望美の様子を見て、弁慶はちいさく笑う。
「身体は、大丈夫ですか?」
「は、はい……だ、大丈夫、です……」
 身体と言われて、望美は自分の身体のほうに目を落とした。そこで自分の置かれている状況を認識して、更に体温が上がる。望美も傍らにいる弁慶も、何も身にまとっていなかった。布団の中で肌を触れ合わせるように向かい合わせに横になっている。望美の頭の下にあるのは弁慶の腕だ。つまり腕枕をされた状態で、あいた手で頬を撫でられている。
「すみません、起こしてしまうのは忍びなかったんですが、陽が昇る前に部屋に戻らないと、まずいかと思いまして」
「あ、そ、そうですよね」
 昨夜、望美は同室の朔に気付かれないよう部屋を出てきたのだ。彼女が起きる前に部屋に戻らなければいけない。そうでなくても、陽が昇ればみんなが起き出してくる。望美が弁慶の部屋にいれば、何があったか気付かれてしまうだろう。別に悪いことをしたわけでもないのだが、知られてしまうのは恥ずかしくて耐えられない。
 望美は弁慶の腕から体を起こした。その瞬間、ちいさく下肢に痛みが走る。
「……っ」
 それを敏感に察知して、弁慶も身を起こして彼女の体を支えた。
「大丈夫ですか? 無理はしないでください」
「あ、はい。あの、その……」
 望美は身をちいさく縮めて、しどろもどろになってしまう。
 痛みはわずかで、我慢できないほどではない。それよりも今気になるのは、何も身にまとっていないことだ。先ほどまでは布団に隠されていたが、今は起き上がってしまったせいで、望美の身体も弁慶の身体も薄暗い中とはいえそのままさらされている。さらに望美の体を支えるために、弁慶の肌が密着している状態なのだ。
 あせって首をめぐらせて着物を探すが、薄暗いせいと混乱しているせいで、着物が見つからない。
「ああ、すみません、気付かなくて」
 弁慶が布団のわきに放り出されていた着物を拾って、肩にかけてくれる。弁慶も自分の着物を拾って身につける。それでやっと望美は人心地がついた。
「あの、弁慶さん……」
 望美は改めて、弁慶に向かい合った。陽が昇る前の部屋で、すでに蝋燭は燃え尽きていて薄暗い。はっきり顔を見ることができなくてよかったと思った。
「ありがとう、ございました。へんなこと頼んでしまって、ごめんなさい」
 ちいさく頭を下げる。乱れた髪が肩からこぼれた。弁慶はその彼女の髪の一房を掬い上げる。
「何故謝るんですか? 僕は嬉しかったですよ、君が僕を選んでくれて」
 弁慶は手にしたその髪に恭しく口づける。髪に神経などないはずなのに、触れられたところが熱を持つような気がした。
 たとえこのひとときだけだとしても、そうやって恋人のように優しくふるまってもらえるのは嬉しかった。このやさしい記憶は、きっと望美を守ってくれるだろう。
「あの、それじゃあ私、部屋に戻りますね」
「部屋まで送りましょう」
「いえっ、大丈夫です! ひとりで戻れますから、弁慶さんはもう少し寝てください。ほんとに、大丈夫なんで!」
 望美はばね仕掛けの人形のように立ち上がると、襖に手をかけた。これ以上、どういう顔をして弁慶の前にいて、何を言えばいいのか分からない。すぐに昨夜のことが思い出されて、羞恥でどうにかなってしまいそうだった。
「望美さん」
 襖にかけた手を、上から包み込まれる。いつのまにか弁慶が背後に来ていた。ゆるく腰を引き寄せられて、ぴたりと密着する形になる。着ているものは、お互い薄い単一枚だ。体温が伝わって、嫌でも昨夜のことが思い出される。身体をかたくする望美の耳元に、弁慶は口づけを落とした。
「弁慶さん……?」
 ちいさく身を震わせながら、望美は弁慶の名を呼んだ。彼女を抱きしめる弁慶の腕はゆるまない。
 抱きしめられていたのが一瞬のことだったのか、それともそれなりに長い時間だったのか、緊張の極限にいる望美には分からない。それでもやがて弁慶はそっと彼女を解放した。
「すみません、君があまりにかわいらしかったもので、つい」
 いつもの調子で悪びれずに言う弁慶に、望美の緊張も解けていく。
「もう! 驚かせないでください!」
 今度こそ望美は弁慶から離れ、襖を開けて部屋を出た。続き部屋になっている部屋から廊下へ出る。空の端は色が薄くなってきている。けれどみんなが起きだすにはわずかに早く、あたりは静まっている。
「おやすみなさい、弁慶さん」
 もう明け方近い時間でその挨拶はおかしいかもしれないと思ったが、何を言えばいいのか分からなかったので、望美はそう言った。
 そのまま振り向かずに、できるだけ足音を立てないよう気をつけながら廊下を走っていく。
 廊下を曲がるとき、部屋の入り口にたたずむ弁慶が一瞬視界に入ったけれど、望美はそのまま朔の眠る部屋へと走っていった。


 To be continued.

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