confidence game [6]


 着物の合わせから入り込んだ弁慶の指が、望美の胸の頂きに触れる。そこを刺激されるたびに、望美の体は面白いほどに反応した。
「やっ……」
 声を上げかけて、望美はとっさに手で自分の口を覆った。
 熊野の宿では、弁慶の部屋は、においの強い薬草や不用意に触れたら危険な薬もあるということで、他の八葉や一般の泊り客の部屋とはすこし離れた場所にあった。だからあのときはあまり気にしていなかったが、ここは違う。大きな声を上げたら、誰かに気付かれてしまうかもしれない。この世界の家は、基本的に防音など考えて作られていない。望美に与えられているこの部屋は、母屋からはすこし離れているものの、すぐ近くの部屋では朔が寝ているのだ。また、邸のまわりを見回っている兵が近くを通らないとは限らない。声を、出してはいけない。
 声を抑えようとする望美の意図を悟ったのだろう。弁慶はちいさく笑うと、口をふさいでいる望美の手の甲に軽くくちづけた。そのまま、わざと声を引き出そうとするかのように、胸に触れる指の動きが激しくなる。耳を甘噛みされ、ねとりと舌で舐められる。
「…………っ!」
 望美はあがりそうになる声を必死で抑えた。
 腕を突っぱねて弁慶の体を引き剥がしたいのに、触れてくる腕を押さえてとめたいと思うのに、今口から手を離したらその瞬間に声を上げてしまいそうで、そうすることが出来なかった。弁慶を止めることが何も出来ず、望美はなすがままだ。望美が何も出来ないのを見越しているかのように、弁慶の動きは激しくなる。
 望美を布団の上に横たえると、当然のように着物をはだけさせ、手だけでなく、唇や舌でも触れてくる。前の一度だけで望美の感じる場所をすでに見つけ出しているのか、的確に望美を責め立てる。それでも望美は上がりそうになる声を必死に抑えた。
 散々胸をなぶって、それから弁慶の腕は下肢へと下りた。またそこに触れられるのかと望美は足をこわばらせた。あの夜の、感触と熱と痛みを思い出したからだ。かすかに怖いと思うのに、同時に体の奥がうずく。足が震えてしまうのは、前とは違い、多分恐怖のせいではないのだろう。
 浅ましい自分が嫌になる。これが愛のない交わりだとしても、この体は無様に濡れるのだろう。たとえそれでも弁慶が欲しいと、醜く求めるのだろう。こんな自分を、彼はどう思うのだろう。
(べんけいさん)
 震える足に、弁慶の手が触れた。前と同じように優しく触れられるのだと思い、弁慶の指の感触を待つ。しかし弁慶はそれを裏切って、望美の膝を割るとそこに顔をうずめた。
「────っ!!」
 まだ経験の浅い望美にとって、感触そのものよりも、行為自体が衝撃だった。そういう行為もあると知識としては知っていても、体と心がついていかない。とっさに足をばたつかせようとするけれど、そんな望美の行動を見越していたように足を押さえ込まれてしまう。彼は薙刀だけでなく体術も習得しているのか、押さえ込まれた足はびくとも動かなかった。
 やわらかく濡れた感触が望美の秘部に触れる。望美は口を押さえる手の力を強くした。それでも咽喉から引き攣れたような音が上がってしまう。触れる感覚は、多分指のほうが強いのだろう。けれど、そこに触れているのが舌だと──弁慶がそこに顔を近づけ、視覚や嗅覚や味覚で望美を感じているのだと思うと、指以上の感覚が望美を襲った。水音がするのは、望美の蜜なのか弁慶の唾液なのか。ばたつかせようと思っていた足にはいつの間にか力など入らなくなり、押さえつけられていなくても、ただびくびくと跳ねるばかりだ。
「べ……け、さ……」
 口を手で覆ったまま、くぐもった声で彼を呼んだ。はじめてあげる声らしい声に、弁慶はやっとそこから顔を上げた。
 弁慶の舌が離れて、けれどそれで終わりではないことを、望美は知っていた。
 足の間に熱い塊を押し付けられて、それがゆっくりと中へ入ってくる。前のときのような痛みはない。けれど、圧迫感は変わらない。前のときは、一瞬で押し入ってきたのに、今度はゆっくりと入ってくる。痛みがなく意識に余裕があるせいで、ことさらその感触を感じてしまう。
「────!」
 いちばん奥まで入り込んで、弁慶がいちど動きを止める。
「望美さん」
 弁慶が身をかがめて、望美の顔を覗き込む。もし口を押さえる手がなかったらくちびるが触れそうなほど顔を寄せられて、望美は無意識に避けるように顔を振っていた。その仕草に、弁慶が眉根を寄せる。
「もう僕になど、触れられたくありませんか?」
 思考力の落ちている望美は、弁慶が何を言いたいのか理解できない。ただ、声を上げないようにと、それだけがわずかに残った理性だ。あとはただ、身のうちにある弁慶の熱が与える感覚に、飲み込まれるばかりだ。
 望美の態度をどう受け取ったのか、激しく弁慶が動き出す。
 前はこのあたりで意識を失っていた。けれど今度は二度目のせいか、望美の意識は保たれたままだった。けれどいっそ、意識を失ってしまったほうが楽だったかもしれない。弁慶が腰を動かすたびに、湧き上がる疼きに声を上げてしまいそうになる。
 目を開けていれば、覆いかぶさっている弁慶の顔が間近にあって、恥ずかしくて目をつぶれば他の五感が鋭くなってしまう。聞こえてくる水音や肌のぶつかる音が、自分の胎内で動いている熱の感触が、余計に望美を辱める。
「──、──っ!」
 さんざん熱を煽られて高みまで押し上げられて、頭の中が一瞬白くなる。ほぼ同時に、今まで激しく動いていた弁慶が、動きを止める。
 終わったのだと思った。体を駆け巡る熱がまだ消えたわけではないけれど、いちど達したことで、とりあえずは落ち着いた。もうこれで、必死で声を抑える必要はないだろう。
 望美は、ずっと自分の口を押さえていた手を離した。ずっと鼻で呼吸していたものの、激しい動きに酸素が足りなくなっていて、口から大きく息を吸い込む。
 まるでそれを待っていたかのように、弁慶が望美のくちびるにくちづけた。
 はじめにくちづけられてから、あとはずっと声を上げないように口を手で覆っていたから、最中にくちづけられることは一度もなかった。それを補うように激しくくちづけられる。舌を絡め取られて、口内を弁慶の舌が動き回る。
(弁慶さん)
 思うがままにくちづけられて、くちびるを離したあと、きつく抱きしめられる。
(ずるい)
 何も纏わない体を覆う弁慶のぬくもりに、涙が浮かんでくる。声を上げて泣いたら、隣の部屋で寝ている朔に気付かれてしまうかもしれない。誰かに聞かれてしまうかもしれない。そう思うのに、あふれてくる涙を止めることが出来なかった。
 望美は、弁慶にすがり付いて声を殺して泣いていた。弁慶は、そんな望美をずっと抱きしめていた。



 泣き出した望美がある程度落ち着くのを待って、弁慶は抱きしめていた腕をほどくと、淡々と行為の後始末をした。望美の体についたいろいろな体液を布でぬぐって清めてくれる。手馴れたその仕草は、情事の後始末というよりも、患者の介護のようだ。その間中、望美はただなすがままにされていた。意識はちゃんとあるし、体が痛いとか動かせないとかいうわけでもないのだが、泣き疲れて動く気になれなかった。
 前のとき、望美は途中で意識を失ってしまったが、目が覚めたとき着物は着ていなかったが体にべたついた感覚や濡れた感触はなかった。おそらくはあのときも、こうして弁慶が始末をしてくれたのだろう。
 弁慶は優しい。行為自体もそうだが、こういう行動や何気ない仕草まで優しい。
(たぶん、それは、私が『白龍の神子』だから?)
 弁慶は望美に着物を着せ掛けると自分も身支度を整えた。
「体は、大丈夫ですか?」
「はい……」
 望美の体をいたわるように、そっと髪を撫でてくれる。その手はとてもやさしい。心地よいけだるさも手伝って、そのまま眠ってしまいそうだった。けれど望美は眠気を振り払って、布団の上に体を起こした。弁慶に向かい合って座る。彼にどうしても言わなければならないことがある。
「あの、弁慶さん」
「はい?」
「私は弁慶さんのこと、嫌いになったりとかしてません。だから、別にこんなことしなくても、源氏の神子として、これからも頑張ります」
 望美はうつむいたまま、一気にそう言い切った。
 何故今夜弁慶が望美の部屋に来て彼女を抱いたのかといえば、籠絡するためだろう。そうとしか思えない。
 熊野では、望美から抱いて欲しいと言い出したとはいえ、弁慶がヒノエの叔父であることを黙っていた件を怒っているようなそぶりを見せた。望美は大事な『源氏の神子』だ。怨霊を封印できる力はもちろん、神子の加護があるということで兵の士気は大きく左右される。もし望美がへそを曲げて戦に出ないなどということになれば、源氏軍は苦戦を強いられるだろう。──だから弁慶は、ここへ来たのだろう。
(そんなことする必要、ないのに)
 今夜は流されて抱かれてしまったけれど、もし弁慶が望美を籠絡するつもりで抱いたのなら、そんなことをする必要はないのだ。望美は弁慶が好きだけれど、別に体を求めているわけではない。そんなふうに、弁慶に気を使わせたり、無理に行為をさせたりする気はないのだ。
 今の望美は自分の意志でここにいて戦っているのだ。前に辿った運命を変えるため、大切なみんなを助けるために、ここにいるのだ。弁慶がヒノエの叔父であると──熊野で弁慶に抱かれる必要などなかったと黙っていたことに関しても、だまされたような気はするけれど、弁慶には弁慶の事情もあるのだろうから、それ自体を責めるつもりはない。
「……君は」
「え?」
 低い弁慶の声が聞こえたと思った瞬間、弾けるような音がして一瞬視界が消えた。何が起こったのかすぐにはわからない。それから徐々に頬が痛んで、やっと、頬を叩かれたのだと理解した。
 叩かれたのだ。あの、弁慶に。
「あ、の……弁慶さん」
 何も言わずに弁慶が立ち上がる。薄暗いせいもあって、弁慶の表情が見えない。それが望美の不安を余計に煽った。弁慶を、怒らせてしまったのかもしれない。望美はとっさに謝ろうと、立ち上がった弁慶の腕を掴んだ。
「弁慶さん、あの」
「望美さん、もう遅いですから、今夜はもうゆっくり休んでください」
 近づいたおかげで、今度は弁慶の表情が見える。弁慶はいつものように穏やかに笑っていた。まるで、何事もなかったかのように。望美の頬を叩いたことなど、嘘のように。
 弁慶は笑っているのに──望美の心には、余計に不安と焦りが募る。
「弁慶さん……っ」
 そっと、弁慶は自分の腕を掴んでいる望美の手をはずさせる。引き剥がされたわけでもなく、穏やかな力でそっと腕を外されただけなのに、そこには強い拒絶が含まれているようで、望美は動けなくなる。
「おやすみなさい」
 それだけ告げると、弁慶は部屋を出て行ってしまった。望美はひとり、部屋に残される。
「…………」
 望美は布団の上にへたり込む。
 何故弁慶が怒っているのか分からない。いや、怒っているのかどうかさえ──彼が何を考えているのか分からない。どうすればいいのかも分からない。
(だって)
 望美は叩かれた頬に手を当てた。そう力を込めて叩かれたわけではないから、もう痛みはひいている。そうだ、物理的な痛みは、もうない。
 それなのに、こんなにも、痛いのは。


 To be continued.

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