流星群 0


「わあ、すごい星だね!」
 龍神温泉から宿への帰り道、望美が大きな感嘆の声をあげた。その声に、一緒に歩いていた八葉と朔は足を止め、ともに空を見上げた。弁慶も、同じように空を見上げる。
 晴れ渡った夜空には、無数の星が瞬いている。星で埋め尽くされて、闇が消されてしまうのではないかと思うほどだ。だが、星など晴れている夜にはいくらだって頭上にあっただろうに。今までは戦や慣れない異世界での生活に追われて、ゆっくり夜空を見上げる余裕もなかったのだろう。望美は『源氏の神子』として気丈に頑張っているが、やはり実際は十代半ばの少女でしかないのだ。関係ない戦に巻き込まれ、つらくないわけがないのだ。せめて、戦の心配のないこの熊野でくらい、心を休めて欲しいと、弁慶は思う。
「なにか知ってる星見えるかな」
「どうでしょうね、ここと僕たちの世界の星が同じとは限りませんし……でもこんなに数が多くちゃ、どれがどの星座だか分からないな」
 望美の隣を歩いていた譲が生真面目に答える。その譲と望美の間にわざと割り込むように、ヒノエが望美の隣に来てその肩を抱き寄せた。
「神子姫は、星に興味があるのかい? 俺が教えてやろうか?」
 夜の海では、星を標に航海をする。当然ヒノエも、星についての知識は幼いころより叩き込まれていた。望美に星を語ることくらいたやすいことだろう。
「おいヒノエ! 先輩から離れろ!」
「おー、怖い怖い。男の嫉妬は醜いね」
「なんだと!?」
「譲、落ち着けって。ヒノエもそんなふうに挑発すんな」
 喧嘩になりそうな二人の間に、将臣が割り込む。この二人は仲が悪いわけではないのだが、なにぶん望美が絡むとすぐに口論になってしまうのだ。
 そんな彼らを横目に、弁慶はさりげなく望美の隣に並んだ。
「あっ、流れ星!」
 夜空に一筋走った光に、また望美が嬉しそうな声をあげる。
「望美さんの世界ではヨバイボシのことをナガレボシと言うのですね」
「夜這い!?」
 弁慶の言葉に望美が目を丸くする。それに気付いて弁慶が笑う。
「違いますよ。このヨバイは『呼はう』が変化したもので、恋人の名を大きな声で呼ぶこと──ひいては正式に結婚を求めることなんですよ」
「そうなんですか。流れ星は落ちるときに恋人の名を呼んでいるってことなんですかね? なんだか素敵ですね」
 少女らしい夢見がちな感性を刺激されたのか、望美が嬉しそうに笑う。
 実際は、『夜這い』もこの『呼はう』を語源とした言葉であり、通い婚が存在するこの世界において『夜這い』にも結婚の意味があるのだが、それは彼女に言わないでおく。わざわざ少女の夢を壊すこともないだろう。
「私たちの世界ではね、流れ星にお願いごとをすると叶うって言われているんですよ」
「それはおもしろい話ですね」
 星が願いを叶えるなど、望美達の世界であっても迷信なのだろうが、弁慶はその話に興味を引かれた。この世界の迷信では、星が落ちると人が死ぬなどと言われたり、凶兆とされていることが多いのだ。同じ現象なのに、ここと望美の世界では解釈がまったく違うのだ。
「これだけ星がたくさん見えるなら、流星群もきっとすごくきれいに見えますよね」
「りゅうせいぐん? なんですかそれは」
「ある時期に、流れ星が一斉にたくさん降る現象のことです。流星雨──流れ星の雨とも呼ばれて、雨のように星が降るとも言われています」
「ああ、秋とか冬にたまに見られるあれのことですね」
 弁慶は、望美が言うその現象を何度か見たことがあった。空の一点から、幾筋も星が落ちていくのだ。時には、星がすべて落ちてなくなってしまうのではと心配になるほどに。
 この世界において、星が落ちることは凶兆なのだから、当然、流星群などは忌み嫌われている。航海術に必要な天文学がかなり発達している熊野出身の弁慶にとって、それはただそれだけの現象でしかなかったが、比叡や京では、凶兆だ何か悪いことが起こる前触れだと大騒ぎになったこともあった。
「私たちの世界だと、流星群が来ても、あんまりきれいに見られなかったんですよ。せいぜい流れ星が2個か3個くらい見えただけで」
「見たいのですか、流星群を」
「はい! だって、流星群が来て、たくさん流れ星が流れたら、お願いごとも叶いそうな気がするでしょう」
 凶兆の迷信も、この少女にかかってはひっくり返されてしまう。だがそれを、弁慶は心地よく思った。自分に理解できない現象に怯えて悪い前触れだと騒ぎ立てるよりも、吉兆だと信じるほうがどれほどいいだろう。
「それなら僕は、ヨバイボシにちなんで、望美さんが僕の妻になってくれるように星に願いましょうか」
「もう、弁慶さんったら!」
「おいお前たち! 置いていくぞ!」
 いつのまにかずいぶん先に行ってしまっていた九郎が叫ぶ。話している間、足を止めてしまっていたようで、気付けば他のみんなから遅れてしまっていた。
「みんなから離れてしまいましたね。すこし急ぎましょうか」
 弁慶は望美の手を取った。ここは山道だ。慣れている弁慶にとってはどうということはないが、こう暗い中で望美にとっては非常に歩きにくいだろう。
「べ、弁慶さん、手……」
「大切な君が転んで怪我でもしたら大変ですからね。さ、行きましょうか」
 暗くて見えないが、きっと望美は耳まで顔を赤くしていることだろう。戦場に立つときは戦女神と呼ばれるほどに凛々しく気丈な彼女であるのに、その反面、こんな初々しさも持っている。そんな彼女に惹かれていることを、弁慶は自覚していた。それは咎人である彼には決して口に出せない想いではあったけれど。
 またひとつ、鮮やかな軌跡を残して星が流れる。



 もしも本当に流れ星が願いを叶えてくれるというのなら。
 降り注ぐ星たちに、何を願おうか?



 To be continued.

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