Kyrie eleison <キリエ・エレイソン> -2-


 司令部からどうやって宿まで帰ってきたのか、アルフォンスははっきりと覚えていない。ただ、姉が大佐に犯されて腰を振っている姿がずっと頭を回っていた。
 あの、姉が。
 快活で男勝りで、ちょっと口が悪くて、でも誰よりも優しい、アルフォンスの大好きなあの姉が。男に跨って自分から腰を振っていた。床に這いつくばって後ろから突き入れられるたびに嬉しそうに鳴いていた。いつのまに、いつから。
 姉の様子からして、今日がはじめてということはないだろう。おそらくは、ずっと昔から。アルフォンスが知らなかっただけで。
 そう考えれば、思い当たることはいくつかあるのだ。いつも一緒に行動しているが、東方司令部に来たときは別行動をすることがあった。国家錬金術師だけに呼び出しがあったとか、何かと理由がつけられていたけれど、それらはすべて嘘で、そのたびに姉はあの男とのセックスに興じていたのだろう。
 今日だって、姉だけが司令部へ向かったのだが、提出するはずの書類の一枚が宿に置き忘れられているのを見つけて届けようとして後を追いかけたのだ。
 顔見知りの番兵に頼んで司令部に入り、姉がいると思われる大佐の執務室へ足を向けて──。
(あんな、ことを)
 普段の姉の姿からは想像も出来ない。
 普段の姉は、わざとそう見せているということもあるが、一見すると少年のようで、身長の話題を出せば切れて暴れる、牛乳嫌いの子供なのだ。研究第一で他のことなんて省みず、無鉄砲で、いつも弟であるアルフォンスのほうがしっかりしていて年上のようだとみんなに言われる。
 アルフォンス自身も、そう思っていたのだ。姉は、まだ子供だと。だから自分がしっかりして、いつだって姉を守ってやらないと、と思っていたのだ。
 だがそれは大きな間違いだった。
『たいさっ……イク……っ、も、……』
 姉は、アルフォンスが見たこともないような顔をしていた。”女”の顔だった。
 いつも一緒にいて、姉について知らないことなんてないと思っていた。母が生きていた頃も、いつも一緒に遊んで、母が死んでからはなおさら、身を寄せ合うように生きてきた。
 禁忌を侵し鎧の身体になってしまってからは、さらに絆は強まった。片時も離れたことなんて、なかった。
 それなのに。
 何でも知っていると思っていた姉に、自分の知らない一面があったことがショックだった。しかもそれが、あんな獣のようなセックスをする姿だったことが拍車をかけた。
 アルフォンスにとって、姉は大事な大事なひとだった。姉は子供で、まだ性的な知識も経験もろくにないと勝手に決め付けていた。自分にとって姉が絶対で至上で唯一無二であるように、姉にとっての自分もまたそうであろうと、思い込んでいた。
 でもそれは、すべて大きな間違いだったのだ!
(姉さんは……姉さんにとって僕は……僕は?)
 今まで信じていたものを否定されて、足元から崩れていくようだった。生身の肉体を失ってしまったときだって、こんな喪失感はなかった。
 目の前に両手をかざして、鎧の手を見つめる。
 この手は、姉に触れてもわからない。この身体にあるのは視覚と聴覚だけで、他の感覚はないのだ。たとえ触れても、ぬくもりも、やわらかさも感じられない。触覚のない身体では力加減が難しくて、いつも姉に触れるときはこの鋼の身体が姉を傷付けてしまいやしないかと、おそるおそる触れていた。
 この世で一番きれいな人は誰かと問われれば、アルフォンスはためらいなく姉と答えていただろう。
 大好きな、大切な、きれいな、姉──。
 脳裏に浮かぶその姿に、今日見たいやらしく腰を振る姿が上書きされていく。
 胸の中に渦巻くこの気持ちは怒りなのか、哀しみなのか、憎しみなのか、嫉妬なのか。うまく説明などつけられない。だが、衝動的に暴れだして叫びだして、すべてのものを破壊してしまいたい気分だった。そうしなければ収まらない。
 何かを──誰かを、傷付けなければ収まらない!
 アルフォンスは鎧の両手をきつく握り締めた。



「ただいま、アル」
 夜も更けてから、姉が宿に帰ってきた。
 その様子に、なんら変わったことはない。いつもなら、それに騙されていただろう。だが、アルフォンスは見てしまったのだ。姉はこんな涼しい顔をしているけれど、ほんの数時間前までセックスをしていたのだ。
 今言葉を発しているこのくちびるで男のものを舐め、自分から床に這いつくばって入れてくれといやらしく懇願したのだ。
「あのな、大佐に新しい情報もらってきたんだ。これなんだけどな、さっきちらっと読んだだけだけど、なかなか……」
「大佐とのセックスって、そんなに気持ちいいの?」
 その言葉に、一瞬で姉の顔色が変わるのがわかった。血の気を無くして、青白く。書類を持つ手がかすかに震えている。
「アル、おまえ」
「すごかったよね、姉さんアンアン言っちゃって、自分から腰振っちゃって。犬みたい」
 昼間のことを見られていたのだと、姉にも分かったのだろう。青白い顔のまま、泣きそうに眉が寄せられ、そのままうつむいた。
 ここで姉が、羞恥に顔を紅くして、照れたような顔でもしてみせたならよかったのかもしれない。そうすれば、結局は姉もただの女だったのだと、多少は納得できたのかもしれない。
 けれど、怯えたような顔をして、わずかに手を震えさせながらうつむく姿は、アルフォンスがいつも守らなければと思っていた姉そのままだ。こんな顔をしているくせに、実際はいやらしく男を咥え込み腰を振るのだ。
 破壊的な衝動と残虐な気持ちが一気に膨れ上がった。
「……アル、俺は」
「ひどいよ! 姉さんは、僕をこんな身体にしたくせに! 僕は、誰に触っても何に触れても、感触も分からないのに! 鋼で空っぽで気持ち悪いって言われるのに!」
「俺は……!」
 姉の細い腕を掴んで寝台の上に引きずり倒した。その突然の行動に驚いているようだったが、彼女は抵抗しなかった。
 引きちぎるように、黒のズボンを脱がせる。ベルトのバックルが壊れて外れてベッドの下へ転がった。
 上着はそのままに、白い下半身だけが晒される。ちょうど、昼間と同じように。それがさらにアルフォンスを煽った。細い両の足首を持って大きく割り開く。目の前に、紅く色づいた女性器が見えた。女性のものを、こんなに間近で見るのは初めてだった。先程の姉と大佐の交わりでも、はっきりとは見えなかったのだ。
 はじめて見る、姉の大切な部分。貝の身のような奇妙な形だった。肌の白さとコントラストを描くように、きれいな紅色をしている。だが、ここはすでに男に汚されているのだ。大きな男の性器を突き入れられ、精液を注ぎ込まれているのだ。何度も何度も!
 昼間の情景が、まざまざと脳裏に浮かび上がった。
「──ひぃっ」
 慣らしもせずに、目の前の膣の中に指を入れた。姉の身体が跳ねる。それを押さえつけて、さらに奥まで指を突き入れた。姉が痛がっていることは分かったが、ついさっきまでここに男のモノが入っていたのだと思うと、残虐な気持ちになった。
 男の勃起した性器と自分の指を比べたら、いくら鎧の指とはいえ、指のほうがずっと細い。あんなものを嬉しそうに飲み込んでいたのだから、指くらいどうってことはないだろう。さっき見た光景では性器はずいぶんと滑らかに出入りしていたのに、指はぜんぜんうまく入っていかない。それが、濡れていないからだとアルフォンスは気付けない。ただ無理矢理に力任せに指を押し込む。
「う、ぁ────!!」
 引きつれたような、掠れた悲鳴が上がった。無理矢理持ち上げられ開かされた足が、痛みにこわばって震えていた。
「痛いの? なんで? 姉さん平気だよね?だって昼間はもっとすごいの簡単に飲み込んでたじゃないか」
 その言葉に、姉の顔がぐしゃりと歪む。身体の痛みより、もっと痛いというように。
「ごめん、ごめんアル」
 抵抗することもなく、姉は泣きながら謝ってくる。
 罵ってくれればよかったのだ。やめろ、と。俺は悪くない、と。俺にだってしあわせになる権利があると、叫んでくれればよかったのだ。そうすればきっと、アルフォンスもそこで手をとめたのに。
 謝られれば謝られるだけ、アルフォンスの心にわだかまりが積もっていく。じゃあどうして、と。そしてそれがそのまま、姉への責めになっていた。
 入れていた指を、二本に増やした。
 快感などではなく、痛みに背が反り返って、悲鳴にならない掠れた声がほとばしった。それでも制止の声は聞こえない。相変わらず、ただ謝る言葉を繰り返している。
 アルフォンスは自分が何をしているのか、何をしたいのか、もうよく分かっていなかった。力の加減など分からず、膣に入れた指を激しく出し入れする。多分、できることなら、姉をイかせたかったのだと思う。あのとき、大佐が姉にしていたように。けれど、鋼の指は力加減も分からなくて、暴走する心はとめることができなくて、ただ乱暴に傷付けるだけの動きしか生み出さない。
「──姉さん?」
 それからどれくらい経ったのか、いつのまにか姉からの反応がなくなったことに気付いて顔を覗き込めば、血の気をなくした顔で姉は気を失っていた。
「姉さん? 姉さん!」
 頬に触れようと手を伸ばして、自分の手が血にまみれていることに気付いた。下を見れば、姉の剥き出しにされた太股も、その下のシーツも、真っ赤に染まっている。
「あ……」
 アルフォンスは、自分のしてしまったことに、呆然とする。下肢から大量の血を流したまま、彼女は動かなくなっていた。


 To be continued.

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