妄想劇場 <京都旅行>


 鳳グループが手がけるリゾート施設のモニターになれと言われて、ハルヒは鏡夜に連れてられて、京都に来た。
 今までは上流階級向けの高級施設が主だったが、市場拡大ということで、庶民向けのホテルやリゾート施設も手がけることになったそうだ。そこで庶民代表のハルヒの意見を聞きたいということらしい。
 名目はどうであれ、週末を利用した、鏡夜とふたりきりの小旅行だ。
 年頃の娘が男と泊りがけで旅行することを、父である蘭花が笑顔で送り出してくれたのがちょっと恐ろしい。鏡夜と蘭花の間で一体どんなやりとりが交わされているのか、ハルヒには想像も付かない。
 施設のモニターといっても、一日中そこにいなければならないこともないので、鏡夜に案内されて、ふたりで京都の観光名所を回る。ハルヒは京都には中学の修学旅行で一度来たことがあるだけだ。修学旅行では団体行動のうえ時間も限られていてゆっくり観光することが出来なかったため、どこへ行くのも新鮮だ。
 金閣寺、清水寺と回って、ふたりは三十三間堂に来た。
「一般には三十三間堂と呼ばれているが、正式には蓮華王院という天台宗の寺院だ。本堂の内陣の柱間が三十三あるために三十三間堂と呼ばれている」
 他の観光客に混じって境内を歩きながら、鏡夜が解説してくれる。
「鏡夜先輩、詳しいんですね」
「ああ。環が日本に来たばかりのころ、日本の文化に触れたいとかで旅行にはまっていてな、いろいろなところに連れまわされた。そのときに覚えたんだ」
 本堂に入ると、ひときわ大きな本像のまわりに、ずらりと観音像が並んでいる。その様は荘厳で圧巻だ。
「ここには本像の観音像を含め、全部で1001体の観音像があり、その中には必ず会いたい人に似た像があると言われているな」
「会いたい人……」
 そう言われて思い浮かぶのは、やはり母の顔だ。そうして次に、父やホスト部の面々が思い浮かぶ。この中には、両親に似た像や、ホスト部の面々に似た像もあるのだろうか。ハルヒはまわり中に立ち並ぶ像に目を走らせる。他の観光客達も、誰かの面影を探しているのか、並ぶ観音像を熱心に見ている。
 鏡夜はどうだろうとふと見れば、彼と目があった。彼は仏像に興味がないのか、仏像ではなくハルヒのほうを見ていた。不思議に思って尋ねてみる。
「鏡夜先輩は探さないんですか? 会いたいと思う人に似た像」
「実物が目の前にいるんだから、別に像なんか見てもしょうがないだろう?」
 鏡夜の言葉に、ハルヒは目を丸くする。
 これが環のホスト接客時のように芝居がかって言われるのなら軽く流せるのに、なんでもないことのように、あまりに当たり前のように言うから、困ってしまう。
「なんだ?」
「……なんでもありません」
 どういう反応をすればいいか分からなくて、ハルヒはなんでもないふりをする。まだ心の速度に、頭と体がうまくついていかないのだ。でもきっと、そんなことすら鏡夜にはばれてしまっているのだろう。
 鏡夜はちいさく笑って、ハルヒに手を差し出す。
「次は隣にある国立博物館に行ってみるか」
「いいですね。行きましょう、鏡夜先輩」
 ハルヒは差し出された手を取って、指を絡める。
 手を握り合ったまま、ふたりはゆっくりと歩いていった。


 END

おまけ